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日本食とサッカー シント・トロイデンVVがつくる出会いの場

2019年12月23日 06時00分更新

 ベルギーのリンブルフ州にある人口4万人の地方都市シント・トロイデンで2019年10月27日、『ジャパン・デー』というイベントが開催された。

 壇上に上がり挨拶をしたのはベルギーサイドからはヒルデ・ファウトマンスEU議会議員、リンブルフ州知事のヘルマン・ラインダース氏、シント・トロイデン市のフェールレ・へーレン市長、日本サイドからは下川眞樹太駐ベルギー特命全権大使、蒔苗義昌農林水産省食料産業局課長補佐、前⽥篤穂JETROブリュッセル事務局次長といった面々だった。

 政治家や官僚の彼らは口々に日本とベルギーの絆の深さ、文化交流の重要性、二国間経済の発展――といったことを語ったが、「日本とシント・トロイデンのサッカーの絆」、「日本とベルギーのサッカーの重要性」など、両国のサッカーにまつわる話題をスピーチに盛り込むことを決して忘れなかった。このジャパン・デー、実は国や自治体が音頭をとったイベントではなく、ベルギーサッカー1部リーグに所属するシント・トロイデンVV(以下、STVV)がイニシアチブをとって開かれたものだった。会場はSTVVのホームスタジアム、スタイエンのイベントスペース。しかもSTVV対ヘント戦のキックオフ3時間前からスタートしたということもあって、STVVのファンも自由に参加できるイベントになった。

 ジャパン・デーのテーマは『日本食&日本食材』に特化したものになった。その背景には、STVVのオーナー企業が日本のDMM.comであること。そしてSTVVが2019年7月、JETRO(⽇本貿易振興機構)が推し進める『日本産食材サポーター店』制度の認定団体になったことがあった。世界中でおよそ4400店舗のレストランと小売店が認定されているという日本産食材サポーター店に今回、ベルギー国内の15店舗が新たに加わり、認定証がSTVVの立石敬之CEOから授与された。このサポーター店に認定されたレストランと小売店は今後、日本産食材を積極的に料理に使ったり販売したりするサポーターになる。それと同時にSTVV自身も、彼らのビジネスを後押しするサポーターになる。

 さらに、会場内にはラーメン、カレー、和牛丼、日本酒、焼酎、ビール、健康飲料、菓子類といった日本を代表する食事を振る舞うブースに加え、シント・トロイデン特産の野菜やフルーツを扱うブースも出て、多くの日本人やベルギー人で賑わった。

 日本料理を求めて長い行列ができていた。焼酎を恐る恐る口にしたベルギー人の顔が一気に明るくなり「デリシャス!」と叫ぶことが何度もあった。あまりの盛況にDMM.comからSTVVに出向中の日本人スタッフも「試合のキックオフまでかなり時間があるのに、こんなにたくさんの方たちに来てもらって本当に嬉しいです」と感極まっていた。

京屋酒造有限会社の渡邊眞一郎社長とともに、シント=トロイデン市内のバーで、ジャパニーズクラフトジンの営業活動。ジンの国ベルギーでも、その味は好評だった

 ジャパン・デーが成功裏に終わったのは明らかだった。しかも、本業であるサッカーの試合の方でも調子の良いヘント相手に貴重な勝ち点1を記録するなど健闘した。

 ジャパン・デーの企画実現に尽力した飯田竜貴DMM.com Football事業開発部長は「参加者と出店企業はもちろんのこと、サポーターからも『日本食を食べるいい機会になった』という声をいただいてます」とポジティブな反響に喜んでいた。

飯田竜貴DMM.com Football事業開発部長

 

 長い行列の出来たブースの一つが和牛丼だった。ベルギー人にとって、御飯の上に和牛と野菜を合わせてライスボール(丼)にした食べ方は驚きだった。そこでスタッフは「この和牛丼には、あそこのブースにある山椒の利いたビールが合うと思うよ」とアドバイスを送ると、今度はビールを求める行列が生まれた。

 「食事とお酒の相性を楽しむペアリングは、こちらの文化なんですよね。そこが今回、私どもが勉強になったところです。実は、日本人が得意とするところでもあります。我々には刺身があり、唐揚げがあり、お好み焼きがあり、いろいろなお酒と合わせることができますから」

 ブースを出した企業からは「こんなにSTVVのサポーターからウケたんだ」という喜びの声が挙がったという。今回のイベントに集まったのはあくまでサッカーファンで、「これは何だろう」という興味から日本料理を食べてみた人たちばかりだった。

 「『料理を出す→食べる→おいしい!』。これがワンサイクル。その流れを、ブースで料理している人たちがダイレクトに見ていた。企業さんは、かなり手応えを感じてました」

 しかし、STVVはあくまでサッカークラブである。サッカークラブが「食」という分野に関わる大義名分はなんだろうか?

 「Jリーグの各クラブは、選手が摂取する食事の栄養管理という点や、試合に来たサポーターに屋台を楽しんでもらうなど既に取り組んでますし、日本の方が進んでいる印象があります。STVVは1試合8000人から1万人が足を運びます。これをプラットフォームと捉えた場合、試食会としてテストマーケティングが出来ますし、出展企業社同士のマッチングの機会を作ったり、よりビジネスに繋がるような取り組みを進めていることがSTVVの独自性となっているかと思います。『日本食のことはSTVVに相談してみよう!』と言ってもらえるようになりたいです」

 ベルギー出張中の飯田は足繁くレストラン、市場、スーパーマーケットに足を運び、食や食材の研究に余念がない。

 「シント・トロイデンの土曜日に開かれるマーケットで買うりんごジャムは本当にフレッシュで、実が大きくて食べごたえがあり、お手頃な価格ですがリッチな感じになれる。馬肉を買って自分でワインで煮込んだりして食べてます。また、こっちの蜂蜜のこだわりはすごいですよ。ラズベリーで育てた蜂だけとか。あれをバニラアイスに垂らして食べたら最高です」

 特にシント・トロイデンは「フルーツの町」として知られている。今年、日本とEUの間でEPA(経済連携協定)が結ばれたことから、多くの貿易品目の関税が撤廃された。今回、出店したシント・トロイデンの野菜と果樹卸し業のニコライ・フルーツ&ベジタブル社は西洋梨やリンゴの日本輸出を準備している。彼らはSTVVの大事なスポンサーでもある。

 「スポンサーさんから『お金を出してもらって終わり』という関係ではもったいない。STVVは日本企業がオーナーですから、ベルギーの企業の中には『日本進出のきっかけになれば』という思いでスポンサーになるところもあるでしょう。私はそれも良いと思ってます。STVVを日本進出のハブにしてもらってもいいですし、逆に日本企業が欧州進出のための足がかりにしてもらってもいい。現地の企業をM&Aしたいのなら、我々の方で候補を探してもいいかもしれない。こうしてビジネスで成果を出してもらって、さらにスポンサーとしてSTVVに出資していただけたらウイン・ウインの関係になると思います」

 今回のジャパン・デーは企業同士のマッチングの機会創出になった。欧州進出に力を入れようとしている食材メーカーは、料理人と会ったり、食材ディストリビューターと会ったり、さらに人を紹介してもらったりしてマーケット参入のアドバイスやヒントをもらっていた。

 「そういう出会いの場をサッカークラブであるSTVVが提供できました」

 それにしても、DMM.comというデジタルカンパニーに入社して、STVVのサッカー事業に関わったと思ったら、「食」を担当している現状を飯田はどう思っているのだろうか。

 「まさかDMM.comに入社してサッカーに関わる事になるとは思ってもいませんでした。僕はサッカーが大好きなんです。事業開発という特殊な役割上、常に様々な業界の方と情報交換をしています。今回は『食』というテーマで関わりましたが、他にもどんな事が出来るのか、サッカークラブの固定観念に囚われる事なく、STVVならではの事業展開を模索し続けて行きたいと思います」

 つまり、彼が受け持つ案件は「食」だけではないということ。今回のジャパン・デーでは「サッカー×食」という組み合わせで相乗効果を生んだが、食とは違う分野とサッカーを掛け合わすことも考えているという。

 サッカーを本業とするSTVVは今、「ノン・フットボール・ビジネス」にも力を注ごうとしている。その未来図を次回、レポートしたい。

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