2019年05月14日09時30分

AIとデータ分析でテレビを変えたスペクティから見た放送業界

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 機械学習の技術を活用し、SNSの投稿から自然災害や事件・事故を自動収集するサービスを展開するSpectee(スペクティ)。国内の放送業界では事実上の標準となったサービスがどのようにして生まれたのか? 放送業界に浸透していった背景や課題感、InterBEE出展の背景などをSpectee代表取締役の村上建治郎氏に聞いた。

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Spectee 代表取締役 村上建治郎氏

「SNSの投稿なんて報道で使えない」と言われてきた

 スペクティの創業は東日本大震災が起こった2011年。現地のボランティアに参加していた村上氏が、被災地で正確な情報が得られないマスメディアに大きな課題を感じ、位置情報を用いて、地元の投稿を集めるアプリを作ったのがきっかけだ。今となっては放送局向けのサービスとして展開されているスペクティだが、もともとは既存のマスメディアに対するアンチとして作られたわけだ。

「新聞やネットメディアを見ていても、正確な情報はなかなか伝わってこないし、現地の状況と報道されている内容が異なっていることも多かった。一方で、TwitterのようなSNSを見ると、現場のリアルな映像が発信されていた。こうしたSNSの投稿をうまくまとめられたら、よいメディアになるはず。テレビのようないわゆるマスメディアで伝えられない情報を伝えられるのではないかと考えました」(村上氏)

 当初はGPSの位置情報でローカルな情報を収集するサービスだったが、2015年から本格的に機械学習を導入した。画像認識でなにが映っているかを識別するとともに、SNSのテキストを解析することで、投稿されている内容が、自然災害なのか、火事なのか、事故なのかを正確に識別できるようになった。特に画像や自然言語による解析で発生場所まで特定できるのが同社の特許技術になる。

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SNS上の自然災害や事件・事故を自動抽出するスペクティ

 その後、2年くらい個人向けアプリとして展開し、累計で2万ダウンロードはいったが、マネタイズまでは難しかった。メンバーも少なかったし、場所もコワーキングスペース止まりだった。そこで、Orange FabやOpen Network Labなどのインキュベーションプログラムの支援を受け、ビジネススキームを大きく変更した。

「元のアプリを記者の方々が重宝してくれていたんです。だったらということで、放送業界にシフトしたんです。でも、当時TV局にヒアリングで回ったら、抵抗感がすごかったですね。取材は足で稼ぐものだし、SNSの投稿なんて報道で使えるわけないとまで言われてました」(村上氏)

きっかけは熊本地震 SNSが地震を情報をリアルタイムに伝える

 日本では長らく融合しなかった放送とインターネットの世界。「SNSの投稿なんて報道で使えるわけではない」と言われたスペクティもその放送業界の抵抗をまともに受けた。

 潮目が変わったのは、2016年4月に起こった熊本地震の報道で大手メディアがSNSの視聴者動画を積極的に採用したことだ。深夜に起こったにも関わらず、大手メディアが地震の状況をリアルタイムに報じられたのは、人手を介した検索に限界を感じた大手メディアがスペクティのサービスをいち早く試用していたからにほかならない。

「被災地が熊本で、しかも深夜だったので、報道陣が全然現地に入れなかった。でも、現地の人たちが次々とSNSで情報をアップしてくれたので、それらを用いて翌日の朝にはニュースとして載せることができたんです。その後、熊本地震の放送を振り返るという民放の集まりでスペクティの名前が出て、そこから一気に問い合わせが増えました」(村上氏)

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「現地の人たちのSNSを用いて、翌日の朝にはニュースとして載せられました」(村上氏)

 大手メディアが本番導入したインパクトは大きかった。ゴールデンウィーク明けから問い合わせが一気に増え、キー局が次々と導入を始めた。SNSを解析するサービスはいろいろあったが、放送業界のニーズにここまでどんぴしゃりで応えたサービスはなかったのだ。その後、2016年7月にフジテレビから出資を受けることになり、サービス開発と放送業界への導入は一気に加速したという。

 放送業界のニーズを汲み、視聴者に向けて「どこよりも速く、正確に、事件・事故・災害の現場をリアルタイムに伝える」というメリットを提供するスペクティのSNS緊急情報配信サービス。現在、導入は世界40ヶ国、220社を超え、国内の放送業界では事実上の標準となっている。

AIアナウンサー「荒木ゆい」が生まれた背景

 SNS緊急情報配信サービスとともに、もう1つのユニークな取り組みが、AIアナウンサー「荒木ゆい」だ。名前の通り、AIが記事を読んでくれるというサービスだが、アナウンサーを謳うだけあって、しゃべりもなめらかだ。

「もともとスペクティで来たニュースを読み上げるために作られました。ユーザーからは『ずっとスペクティの画面をにらめっこしているわけにはいかないので、音でお知らせほしい』という声をいただいており、当初はアラート音を入れたのですが、鳴るたびに画面を見なければならないので、どこでなにがあったかというヘッドラインを読み上げるようにしたんです」(村上氏)

 とはいえ、音声合成による読み上げは、当時の技術ではロボットっぽくて聞くに堪えなかったという。「もう少しうまく発声できないか」という素朴な発想から、ニュース原稿をなめらかに読めるAIの開発がスタート。リリースされてまだ2年も立たないが、キー局やラジオ、インターネットなどで数多くの出演をこなし、現在は20社くらいラジオ局が採用しているという。

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しゃべりもなめらかなAIアナウンサー「荒木ゆい」

「もともとあった音声エンジンの補正に機械学習を用いています。実際のアナウンサーが原稿をどのように読んでいるかというデータを半年間かけて学習させた結果、自然に読めるようになりました。だから、ニュースや天気予報は聞き取りやすく、きれいに読んでくれます。ただ、普通の会話はちょっと苦手。朗読とかは固くて、胸に入ってこないです(笑)」(村上氏)

 スペクティでのAIとデータ活用は日々深化しており、2019年4月にはAI開発プラットフォーム「SIGNAL」を発表した。これは同社が培ってきた画像分析や自然言語解析、音声認識などAIとデータ解析の技術とノウハウを集結し、AI開発を容易に実現するサービスだ。

 実際、フジテレビと日本気象協会はこのSIGNALを活用し、渋谷のカメラ映像を使った服装情報と気象情報をかけあわせた「AI天気」を実現した。AIによる解析により、カメラ映像からコートの着用率を解析することが可能になったという。

スペクティが放送業界のイベント「InterBEE」に出展した理由

 放送業界にフォーカスしたスペクティは、サービスのアピールもIT業界を飛び出している。具体的には、放送業界向けのイベントであるInterBEEに4年連続で出展しており、確かな手応えを感じている。放送業界に特化した製品やサービスの展示会だったInterBEEも昨今は様変わりし、IT系の企業が積極的に出展するようになった。スペクティもそんな1社だ。

「最初は放送局向けにダッシュボードをアピールするつもりで出たのですが、2回目以降はAIアナウンサーの荒木ゆいを出したり、3回目はさらに実験的な展示をしました。サービスのアピールというより、今までやってきたことを出し物として発表する文化祭的なノリですね」(村上氏)

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2018年のInterBEEに出展した様子

 InterBEEは放送業界やメディアのイベントなので、とにかく取材が多い。しかも、ITやAIのイベントと違って、テクノロジー最先端ではないため、テックスタートアップが出展すると、非常に目立つという。AIアナウンサーもInterBEEに出展したのは初めてだったので、TV局からの取材が殺到したという。放送業界に特化した会社以外も、InterBEEに出展することでのビジネスチャンスが生まれている。

「僕たちは放送業界が対象なので、InterBEEはむしろ主戦場。放送局の技術系の人も多かったし、地方局の方々も来ます。なんでもありというIT系のイベントは、競合や大手も多いし、埋もれてしまいます。スタートアップは、業界特化しているこういうイベントの方が目立つし、お客様も来ます」(村上氏)

 もちろん、今年11月のInterBEEにも出展する。スペクティとしては、先日発表したばかりのAI開発プラットフォーム「SIGNAL」をアピールしつつ、映像とAIをかけあわせどのような世界が実現できるかを披露していくという。その1つがスポーツ中継のダイジェスト作成をAIで自動化するというソリューションだ。

「ダイジェストでは、見逃してはいけないシーンをつなぎあわせ、短時間で試合の流れを追えるようにします。今までは人手で編集して作っていましたが、これでは数多くのスポーツ中継に対応できません。でも、AIを活用すれば、中継が終了した時点でダイジェストができているという世界です」(村上氏)

ネットと放送の融合に向けてポジティブに進め

 ITスタートアップの立場で放送業界に接してきた村上氏は、「放送業界はIT化が遅れている」と指摘する。確かにさまざまな機材は少しずつデジタル化しているが、多くの作業は人海戦術で、効率化には至ってないという。そして手つかずなので、ITが一番入っていきやすい分野と捉える。

「最初、スペクティを提案したとき、『取材は足で稼ぐモノ』と言われたし、荒木ゆいを披露したときは『アナウンサーの仕事をAIが奪うのか』と言われました。確かに一理あるのですが、放送業界の方には『これからも字幕付けやSNSの検索を人力でやるのですか』と問いかけたいのです」(村上氏)

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「『これからも字幕付けやSNSの検索を人力でやるのですか』と問いかけたいのです」(村上氏)

 放送業界も大きな変革のさなかにいる。5年前の調査では、新入社員が買いたい家電のトップ5に、もはやデバイスとしてのTVは入っていない。その一方で、Netflixを代表とする動画配信サービスは成長を続けており、動画の消費自体も増えている。コンテンツの消費形態が大きく変化し、長らく標榜されてきた「ネットと放送の融合」がいよいよ実現する時代にさしかかってきている。

「本来、放送とITは密接につながってくる業界なのに、今までネットと放送は正直仲悪かった。でも、動画配信業者も増えてきたし、TVのネット配信も増えていくはず。5Gが出てくると、高画質なデータをそのまま伝送できるようになります。日本はTV局の番組制作力が圧倒的に強いので、もっとネットに近づいてほしいと思います」(村上氏)

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