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アートから生まれた顔認証をスルーするテクニック

顔認証でセキュリティ覇者を目指す中国に「化粧」で対抗|中国

2019年04月08日 11時00分更新

まずはスマホカメラで、この人物の撮影を試みてほしい。顔検知のガイド枠が現れないか、現れたり消えたりして、うまく認識できないはずだ。ハーベイの卒業制作でもあるCVダズル迷彩

顔認証セキュリティ技術でアジアに進出する中国

 前回に引き続き、今回も顔認証セキュリティを巡るアジア周辺の動きをお伝えしていこう。

 iPhoneのFace IDを皮切りに、各社スマートフォンも顔認証テクノロジーを搭載していっている。さらに、中国では顔認証決済が普及し始めている。カルフールは昨年、新業態「ル・マルシェ」に顔認証決済を導入した。その他、ケンタッキーなどのファストフード店でも、新規開店店舗では顔認証決済を導入している。また、上海地下鉄をはじめとする公共機関でも、顔認証決済で切符が買える、改札が通れるようになってきている。また、中国招商銀行などの銀行では、ATMを顔認証対応にし、銀行カードがなくても、顔と暗証番号だけで現金が引き出せるなどのサービスを行っている。

 中国はこのような顔認証、顔認識技術を重要な戦略技術と考え、アジア各国に輸出することを狙っている。

 ところが、アジア各国は、この中国の攻勢に警戒感を抱いているかもしれない。

AI利用の顔認証技術で躍進する中国の依図科技

 タイ国防部のネットワークセキュリティ専門家のプリンヤ・ホムアネック(Prinya Hom-anek)氏は、顔認証技術の導入は、プライバシーにとって大きな脅威になることを考慮すべきだと警鐘を鳴らしている。氏は、タイ商業銀行、空港などでの導入、警察の犯罪捜査への応用などについては同意しているものの、一般商店などへの応用は、プライバシーを守るための厳格な保護策が必要だと、タイ政府に進言している。

 ホムアネック氏が、顔認証技術に対して警戒をするのは、開発元が中国の依図科技だということも関係しているかもしれない。顔認証技術に関しては、中国トップクラスの企業で、昨年、シンガポールに海外拠点を設置し、マレーシア警察が依図科技の技術を導入している。

 依図科技は、中国招商銀行などに顔認証ATM技術を提供しているだけでなく、中国公安部や各都市の公安局にも技術を提供している。その「ドラゴンフライアイ」と呼ばれるシステムは、路上や空港、駅、イベント会場などに設置された監視カメラから自動的に顔認証を行い、犯罪者データベースと照合、逃亡犯、スリの前科者などを発見するとアラートを発するというもの。照合にかかる時間は0.8秒程度で、18億人分の顔データベースに対応できる。

 上海南駅では、2017年1月から運用されていて、犯罪者を累計375人逮捕している。そのうちの20名は逃亡中の指名手配犯だったという。中国ではすでに30の省、150の市公安に採用され運用されている。

 依図科技の顔認証ATMシステムをアジア各国が導入するということは、その裏にあるドラゴンフライアイの導入のきっかけになる可能性がある。アジア各国のセキュリティ専門家は、プライバシーの問題と中国テクノロジーの進出の両面から警戒をしているようだ。

テクノロジーとアートの融合で顔認証を回避するCVダズル迷彩メイク

 このような状況下で、アジア圏のセキュリティ専門家やネット人権活動家が注目しているのが、アダム・ハーベイのプロジェクトだ。アダム・ハーベイは、ニューヨーク大学の修士課程を卒業したメディアアーティスト。プライバシーとデジタルの関係に注目をし、数々のアート作品を発表している。

 卒業制作のテーマだったCVダズル(コンピュータービジョンのダズル迷彩)は、ファッションとテクノロジーを融合させた作品。記事頭にある人物の写真をスマートフォンのカメラで撮影してみてほしい。多くのスマホカメラで表示される顔認識枠が現れないことに気がつくはずだ。メーキャップを施すことで、顔とは認識されないようにしている。

 2017年10月には、韓国ソウル市のコリアナ美術館でCVダズルメーキャップのワークショップも開催されている。


 動画は韓国ソウル市のコリアナ美術館で開催されたCVダズルのワークショップの様子。テクノロジーとアートが融合することで、CVダズルが実現できる。

ダズル迷彩メイクのロジック

 顔認識プログラムの代表格は、インテルが開発をした画像認識ライブラリーOpenCV(Open Source Computer Vision)だ。OpenCVの顔認識は極めて単純なことをやっている。そのため、高速であり、オープンソースでもあるため、多くの商用利用、研究利用のベースに使われている。

 このOpenCVは、いくつかの明るさコントラストのブロック状のパターンで、画像を操作し、画像も同じコントラストパターンになっているかどうかを判定していくというものだ。

 例えば、鼻であれば、影ができているため、左右が暗く、中央が明るい縦長のコントラストパターンとうまく合う。このようなコントラストパターンで画像を走査して、合致する部分が鼻だと認識する。

 CVダズルは、このOpenCVの動作原理を騙すために、不自然なコントラストで顔をメーキャップするというのが考え方の基本だ。

・肌とは対照的な色を乗せて不自然にする。
・髪の形やコントラストを不自然にする。
・顔のパーツの境界を不明瞭にする。
・顔の左右を不均衡にする。

などのコツがあり、これを組み合わせてCVダズル迷彩メイクを作っていく。

 アダム・ハーベイは、その後も多くのプライバシーとテクノロジーの領域での作品を発表している。

 こちらはCVダズルの動作原理を解説した映像。さまざまなコントラストパターンを画像にかぶせていき、有効なパターンに当てはまるかどうかを確かめている。

ほかにもある顔認証パスの手段

 ステルスウェアは、赤外線感知カメラに映らないようにするケープ。ハイパーフェースは、スカーフで、CVダズルとは逆に強く顔と認識されるパターン模様を多数配置したもの。このスカーフを首にまとっておくと、自分の顔よりもスカーフのパターンを顔として認識されるため、プライバシーが守れるというもの。

ステルス・ケープ。特殊な金属繊維を織り込んだ布でできており、赤外線感知カメラにも映らない。監視カメラやドローン監視からプライバシーを守る

ハイパー・フェイス。強く顔として認識されてしまうパターンがプリントされているため、首に巻いておくと、スカーフが顔認識されてしまい、利用者の顔は認識されなくなることを狙っている

 いずれもアート作品なので、ファッション的にも見栄えがするというのが、受けている理由だ。単に顔認識に引っかかりたくないのであれば、フルフェイスのマスクをすればいいだけだが、それではいかにも怪しすぎる。

 ハーベイの作品は、監視社会の目から逃れるために自分の個性を捨てるのではなく、監視から逃れながらも個性を主張するというものだ。中国、韓国、アジア圏などのネットでは、ハーベイのプロジェクトがたびたび話題になっている。CVダズルメーキャップをした若者が街を歩く日もそう遠くはないかもしれない。

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