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ポリシーなき採用一点集中主義に未来はあるのか?

圧倒的な人手不足感が生み出す働き方改革の光と闇

2018年08月22日 10時00分更新

 先日、公開された(「求人広告や採用広報って本当に必要なの?」)というYoshiki Kojimaさんのブログには、働き方改革やエンジニア界隈の取材を通じて、自分が漠然と感じていたことがまとめて問題提起されていて驚いた。美しく快適なオフィス、連日のように開催されるイベント、どんなわがままでも通りそうな社内制度など、企業の人材不足感から生まれる採用一点集中主義がもたらすメリットとデメリットをアンサーブログという形で書いてみた。

取材すればするほど見えてくる企業の人材不足感

 昨年からTeam Leadersの連載で働き方にまつわる制度や文化、テクノロジーを追っているが、取材でいつも感じるのは企業の圧倒的な人手不足感だ。実はこの「人手不足感」というふんわりした表現がけっこうキモで、業界によってはそれほど深刻というわけではない。しかも、AIやRPA、ロボットの導入で多くの業務は自動化されることが見えている。しかし、採用をがんばらないと企業は生きていけないという空気感が真綿のように日本企業を締め上げているように見える。

 一般企業の人手不足感も相当だが、Web事業者やスタートアップの採用への熱意は、記者の予想をはるかに超えている。誰でも知っている大手Webサービス事業者のCTOが「採用こそが主戦場である」と断言していたが、今や多くのCTOはサービスで採用する技術のリードや社内組織作りより、まずは採用に軸足を移しているのは事実であろう。採用こそ水、採用こそ食料、採用こそガソリン。「採用に成功している企業に人が流れる」といった危機感から、多くのWebサービス事業者やスタートアップは採用を重視、いや一点集中しつつある。

 多くのIT企業が採用一点集中主義を打ち出した結果は、Yoshiki Kojimaさんのブログの通りだ(「求人広告や採用広報って本当に必要なの?」)。エンジニアのブログは宣伝ツールとなり、勉強会は転職活動やスカウトの場になっている。勉強会でのセッションの締めが「いっしょに働きましょう!」になることも多い。オフィスは、いかにも働きやすそうなカフェやブースのしつらえになり、ランチや誕生パーティ、イベントが連日のように催されている。出退勤はいつでもOKになり、家と会社が近くても、同僚とランチしても、会社から補助が出る。こんなに従業員におもねる時代って、過去にあっただろうか? 

採用一点集中主義にはメリットもある

 連日タイムラインを賑やかすイベントも、おそらく人材獲得の成功モデルを追いかけた結果だろう。Yoshiki Kojimaさんのブログも「これまで働いてきた会社での締め会やパーティは苦痛でしかなかった。」とまとめられているが、私のように外から眺めている記者ではなく、元当事者や中の人に近い立場からの発言はやたら重い。参加者が自主的に楽しんでいるのであれば口を出す筋合いはないが、会社に背負わされたKPIを達成するため、あるいは社内の同調圧力を受けてやっているのであれば、かなりブラックだ。そもそも記者はすでにおっさんなので、単純に「あんなに毎日のようにイベントやっていて、つかれないのか?」と思ってしまう。

 Yoshiki Kojimaさんのブログの通り、そもそも求人広告や採用広報に効果があるのか?という素朴な疑問もあるし、とにかく採用費がかかる。個人的には採用費を削ったからといって、他の社員の給料が上がったり、サービスがよくなるとは思わないが、多くのIT企業がかなりの予算を直接・間接で人材獲得に使っているのは事実だ。もちろん、Yoshiki Kojimaさんもこうした施策を全否定しているわけではない。「『あの会社がやってるから』そのループに巻き込まれて本質を見失っている採用活動を見ていると、なんだか痛い。」とのことで、盲目的に成功モデルを模倣することに警鐘を鳴らしているというのが意図なはずだ。実際、「スタートアップでよくやるコミュニケーション施策をだいたい辞めてみた話」のように、いったん施策自体の棚卸しをしているスタートアップもあるし、「なんだかおかしい」と思っている人も少なくないようだ。

 ただ、ここからがYoshiki Kojimaさんとやや意見の異なるところなのだが、採用一点集中主義がエンジニア界隈にさまざまなメリットをもたらしているのも事実だ。「採用に寄与する」という錦の御旗があるからこそ、エンジニアは会社のスペースをイベントや勉強会の会場として借りることができ、場合によっては飲食まで提供される。公民館や大学、専門学校などを回って勉強会の会場を探しているような地方からすればあり得ない贅沢さと言える。キラキラオフィスや充実した福利厚生だって、それが当たり前の人にとってはすでにありがたみを感じないはずだが、トイレに行くのすら躊躇するような古いオフィスビルで、朝からタイムカードに縛られた仕事をしている人からすれば、のどから手が出るほど欲しい「働きやすさ」とも言える。

IT業界以外、新卒採用にまで波及する採用一点集中主義

 こうした採用一点集中主義は、外資系の文化を受けやすく、国内でも成功モデルのあるIT業界がメインだが、今後は人手不足に悩む他の業界にどんどん波及していく。つまり、これからの日本の会社は対外的に見て「いい会社」にならないと、「いい人材」どころか人自体が集まらない時代になっていくのだ。会社が人を選ぶのではなく、人が会社を選ぶようになるというのは、まさに不可避な流れと言ってよい。さらに言ってしまえば、これからの時代、いい会社がなければ自ら起業したり、フリーランスとしても生きていけるので、企業側はやはり採用に労力をかけざるを得ない。だから、Yoshiki Kojimaさんが提案するように、採用費をなくしてしまう会社は少ないだろうし、キラキラオフィスも、充実した福利厚生も増え続けるはずだ。

 また、今のIT業界は経験者を求める傾向が強いが、母数は限られているため、今後は若手や新卒の採用に注力されていく。これからは若いだけで価値があり、若いだけでちやほやされる時代が来る。2000年代初頭の就職難からすると想像できないこうした企業の厚遇は、同じく売り手市場だったバブル期すら思い出す。ご存じ半沢直樹の小説には、他の会社に行かないよう採用企業からスキー場や海外旅行に連れて行かれるような事態がバブル期の思い出として描かれていたが、今後はいい企業アピールがどんどん若年層に向けられていくはずだ。そして、ミレニアル世代とも言える彼らにアピールするには、今まで重要だった給料や待遇だけではなく、あらゆる「働きがい」と「働きやすさ」を詰め合わせた幕の内弁当が必要になる。採用偏重の傾向はこれからも続くし、採用後の定着も企業にとって大きなテーマになってくる。

 しかし、複数の会社から内定をもらい、ちやほやされまくるこれからの若手が、マニュアルのないこれからの時代を生き残って行けるのか?とは思う。もちろん、そんなこと提言したところで老害扱いしかされないのはわかっているので、せめて中学生の自分の娘にだけには、いろいろ口酸っぱく言っておこうと思う。その上で、私は人を惹きつける企業のキラキラした光と、キラキラした分深くなってしまう闇まで含めて「正見」し、Team Leadersで追っていきたいと思う。

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