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人工知能が本当にかしこくなったときの最初の仕事はなにか?

2017年12月13日 09時00分更新

文● 遠藤諭(角川アスキー総合研究所)

米国プラットフォーマーによる独占から日本を解放せよ

 『iNTERNET magazine Reboot』に寄稿させてもらった「マストドンと分散型サービスへの回帰 ~米国プラットフォーマーによる独占から日本を解放せよ~」が、ウェブで全文公開された。前週には、村井純さんの「30年かけた準備が終わり、これからが本番」が掲載されていて、これはぜひともネットに関わる人すべてに読んでほしい内容である。

 私の原稿は、今年4月にこのコラムで書いた「マストドン」に関してだが、その背後にあるのは“ネットの集中”である。インターネットマガジン創刊編集長でインプレスR&D代表取締役の井芹昌信さんが書かれているとおり、キーワードは本来ネットがそうである「分散」というわけだ。そして、私の原稿に編集部がつけてくれた副題が「米国プラットフォーマーによる独占から日本を解放せよ」である。

 なんとなく米国プラットフォーマーを目の敵にしたようなモノ言いになってしまっているが、これはとても難しいお話である。これと同じような内容のことを、私は何度か話をしたり文字にも一部しているが、だいたい相手は「うーん」となるだけである。アマゾンにしろグーグルにしろフェイスブックにしろ、高度な技術とセンスをもとに、正当なやり方でわれわれの生活習慣や世の中のしくみを変えているだけだからだ。

 ネットの集中に関しては、2016年6月に「非集中型ウェブ」(Decentralized Web)に関する会議がインターネットアーカイブで開催されている。そして、これは目下米国のネット業界を震撼させているFCC(米連邦通信委員会)による「ネットの中立性」についての規制撤廃の動き(12月14日に採決予定!)とも大いに関係している。「米国プラットフォーマーによる独占から日本を解放せよ」というような無責任な表現は、私のようにネットをひとまわり外側から観察している人間だから言えるのかもしれない。

 それでは、米国プラットフォーマーにやられっぱなしの日本はどうやって対抗していくのか? それに対する1つのヒントが「分散」である。たとえば、グーグル、アマゾン、フェイスブック、マイクロソフトは、人工知能技術については極めて激しくしのぎを削っている。アマゾン×マイクロソフト、グーグル×フェイスブックのタッグマッチの様相も呈してきている。学習データの標準化の議論も進んでおり、これから長期に渡って続くであろう土台がどうできあがるかという時期である。

 ところが、彼らは「分散」に関しては、技術的にはさまざまな試みをやっているはずだが、サービスの形では微塵もその方向性を示していない。彼らがいちばん嫌いなのが分散型サービスである。

全国の書店で発売中の『iNTERNET magazine Reboot』。私は、“分散”+“ソーシャルメディア”(その1つの例がマストドン)がネットの集中に対する回答の1つになるし、日本のチャンスになりうると書かせてもらった。

分散するネットワークこそが“創造性”を生み出す

 11月29日に開催されたGHELIA(UEI、ソニー、Wilによる人工知能の会社)の発表会は、とても興味深かった。冒頭、ソニーCSLの北野宏明社長は「iPodは技術的に新しいものだったわけではない。使いやすいから広がったのだ」と発言された。人工知能も、現在は研究者や先進的な企業のものだがそれによって得られるメリットは、あらゆるジャンルの企業に広がる可能性がある。

 GHELIAの清水亮社長のプレゼンでは、今後、「ヒトと人工知能(AI)の共生環境を構築する」という同社の目的を達成するためのさまざまなプランが示された。その中で私が楽しいと思ったのは、世界初のAIマーケットプレイスであるとする「みんなのAI」の部分である。これは、学習済みモデルのYouTubeのようなものらしい。たしかに、映像だってかつてはビデオマニアか専門家のような人しか人に公開したりしなかった。それが、Flip Videoのようなものが登場して一気に大衆化したのだ(日本はまだ写真のほうが引っ張っていると思うが)。

プログラミングスキルを必要とせず深層学習AIを教育できるという「GHELIA Studio」をベースに「AIのマーケットプレイス」や「AIのテンプレート化」は、人工知能のユーザー層を広げてくれそうだ(GHELIA発表会にて)。

 ここからは私の勝手な想像だが、AIのYouTubeのようなものができたら、ソーシャルメディア性を生じうると思う。ディープラーニングでは、学習済みモデルに対して追加学習できる。転移学習やFine Tuningなどもキーワードだが、Aさんが作った学習済みモデルをもとに、Bさんが学習モデルを作ることで、新たな人工知能を作るというのはさらに進むはずだ。

 YouTubeよりもTwitterのほうが説明上はわかりやすいかもしれない。Twitterでは、誰かの発した言葉の価値が高ければ「RT」されていく。Twitterのサーバー上にある個人個人のアカウントが神経細胞で、RTはその間にシナップスが張られる感じだ。そのときに、新たな情報が加えられたり、情報がそぎ落とされたり、あるいはそれに刺激されてまったく新しいポストが行われる。そのごちゃごちゃしたポストと再ポストまでのサイクルこそが生産物なのだ。

 実は、これと同じことは人類の歴史の中では、さまざまな形で行われてきた。誰かが本を書いたり、論文を書いたりする。それが、“版”として固定され評価の対象になる。書評が新聞にのったり、誰かが口コミで宣伝したり、教科書になることもあるだろう。それを読んで影響を受けた人が、あらたに別の本を書いたり、論文を書いたりする。まさに、物理学者ジョージ・E・ハーシュの「h指数」や数学者ポール・エルデシュの「エルディッシュ数」のように、“知”こそネットワークなのだといえる。

 そして、本や論文も学習済みモデルのようなものなので、こうした“知”のサイクルを、人工知能で自由に行えるような世界になってもおかしくない(実際にはさまざまな事情があるのだと思うが)。

Twitterなどのミニブログも従来の紙メディアによる知の再生産も間にネットワークが介在することが重要(図では単純に3本の矢印になっているが)。こんなことは何百年以上も前に言われていることだと思うがそれが新時代に入っている。しかも、これを人工知能がやることになったらどうなるのか?

 ところで、Twitterは、ほかでもない私が『iNTERNET magazine Reboot』の原稿の中で「集中しすぎた」と書いたサービスそのものである。重要なのは、どのレイヤーで分散するかなのだと思う。原稿の中で「(ブロックチェーンがまさにそうだが)分散と共有は同時に成立しうるもので、まさに“集中”と“分散”の二元論に終止符を打つことが非集中型Webの核心だ」などと書いたのだが。

 ところで、上の説明図だが、Twitterなどのミニブログと本や論文では粒度がまるで違っている。ということは、さらに粒度の異なるものも同じ図式になることも考えうる。たとえば、人類がいままで培ってきた学問分野ごとの巨大な“知”のグループもありうる。人間の大脳皮質のメモリ容量からくるであろう専門分野という枠を超えられるチャンスがある。今後、人工知能が本当にかしこい十分に高度な人工知能になったら、いままでジャンルや述語や体系によって分かれていた壁を取り払うことが最初の仕事になりそうだ。

 そうやって、レベルもスケールも異なる分野ごとの“知”をとりこんで互いに反応させた先で“新しい知の段階”に踏み出すことになる。個人的には、そのときの人工知能は、質問に答えて理解をうながしてくれることしかやらない、頭がいいだけのパートナーであってほしいと思う。

訂正とお詫び:初出時上記段落に誤字があったため、著者の意図とは異なる表現となっておりました。読者のご指摘に感謝するとともに、修正してお詫び申し上げます。(2018年2月7日)

 しかも、それはどう考えても分散しているべきなのだ。

高度な人工知能(十分かしこくなったAI)の最初の仕事の1つは学問分野(あるいは人類がかかわるすべての分野)をつないで融合することに違いない。

 などと考えをめぐらせたくなるタイミングで『iNTERNET magazine Reboot』が刊行されたというのはとても意味がある(ぜひ書店で手にとってみよう)。



 人工知能に関しては、『AI白書 2017』(独立行政法人情報処理推進機構 AI白書編集委員会編、角川アスキー総合研究所発行)を刊行中だ。ディープラーニングで大きく変わったその世界を、技術動向や豊富な事例、データなどで詳しく紹介したものとなっている。また、12月17日(日)に「角川アスキー総合研究所 × MaruLabo「ディープラーニングの基礎を画像認識で学ぶ」ハンズオンセミナー」を開催する。アマゾン ウェブ サービス ジャパン株式会社 ソリューションアーキテクトの松尾康博氏をお招きして「AWS re:Invent 2017」のフィードバックもあるので、この分野を体験も含めてキャッチアップしたい方はこの機会に。さらに、16(土)、17日(日)は、ディープラーニングには必須の「道具としてのPython」講座。2018年1月29日には「1日で学ぶ “人工知能” で失敗しないプロジェクト発注の仕方」を開催。詳しくは以下の画像リンクからご覧いただきたい。

訂正とお詫び:上記でご紹介している、2018年1月29日セミナーは、主催者側の都合により開催中止となりました。参加お申込みや参加ご検討くださっていた読者さまに深くお詫び申し上げます。(2018年1月25日)

遠藤諭(えんどうさとし)

 株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。また、2016年よりASCII.JP内で「プログラミング+」を担当。著書に『ソーシャルネイティブの時代』、『ジャネラルパーパス・テクノロジー』(野口悠紀雄氏との共著、アスキー新書)、『NHK ITホワイトボックス 世界一やさしいネット力養成講座』(講談社)など。

Twitter:@hortense667
Mastodon:https://mstdn.jp/@hortense667


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