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「音楽を作るだけではなく、サウンドを作るのが仕事」とは?

ファイナルファンタジーXIVの「音」を担当した祖堅正慶氏が語る「ゲームと音の世界」

2017年07月05日 17時00分更新

 ゲームと音楽。それは欠くことのできない関係だ。

 しかし「ファイナルファンタジー」シリーズなど多数のゲームを制作するスクウェア・エニックスのサウンドチームで、サウンドディレクターを努める祖堅正慶氏は「自己紹介の際に『音楽を作っています』ではなく、『音(サウンド)を作っています』と言うことにしています」と話す。

 それでは「音楽とサウンドの違い」とは何だろう? DAWの取材を通じて、祖堅氏のお話を聞いているうちに、世界を作り出し、そこにプレイヤーを没頭させる、ゲームのサウンド制作ならではの工夫や苦労を知ることができた。

音楽ではなく、音を作るという言葉に込められた意味

 「音楽は、ゲームにとっては数ある要素の中のひとつにすぎないのです。ゲームの要素というと、グラフィックスがあって、ボイス(声優によって吹き込まれたセリフ)があって、プレイヤーさんがいて、音楽の鳴らないシーンにも環境音があって……。いろんな要素が集まって、作品は成り立っていますよね」

 作っているのは「音楽ではなく、サウンド」。そう表現する意味を質問する記者に対して、祖堅氏はそんな風に説明し始めた。

 「クオリティーや使用機材の面で言うと、今のゲーム音楽制作は一般のアーティストさんのリリースされている作品と限りなく近いところにあると思いますよ。でも、ゲーム音楽っていうのは、あくまでもゲームを盛り上げる……そしてゲームの世界観を壊さないというのが大前提にあります。そこが一般的な音楽制作とは大きく異なる部分です」

 祖堅氏が「サウンドを作る」と表現した言葉の裏には、ゲームの中で使われる音の制作は、ゲームミュージックという範疇には収まらないという意味がある。考えてみてほしい。ゲームをプレイして臨場感や爽快感を感じるとき、そこには必ず気持ちのいい「効果音」がある。また、世界をよりリアルに感じるためには、私たちの身の回りにあるのと同じ「環境音」が必要だ。自然に接すれば森の木々が風になびく葉音や、鳥の声が聞こえて心が安らぐし、ダンジョンで背後から迫ってくる足音があれば敵の気配や緊張感を感じる。

 自分がいま広く開放的な平原にいるのか、それとも圧迫感のある建物の中にいるのか。音を通じてプレイヤーが得る情報は、ときとしてグラフィックス以上に雄弁である。

 こうした音を使った心理的な効果は、映画やドラマなどでも用いられる。しかしゲームが映像作品と大きく異なるのは、登場人物が決められたシーンの中を制作者の意図に沿って動くのではなく、あくまでもプレイヤーが自分自身の意思でゲームの世界を自由に動き回れるという点だ。そのために複雑な物理演算やシミュレーションの技術が使われる。

レコーディングブース脇の廊下。手前は、ファイナルファンタジー XIVがギネス記録を樹立した際のもの

 「音の大きさ……例えばたき火だったら、目の前で『パチパチ』と鳴っているのか、それともむこ~うの方で(小声で)『パチパチ』と鳴っているのかで聞こえ方が違いますよね。音量、方向、残響成分、伝達係数等など、1つの音源に対してそれらを全て1つずつリアルタイムに演算して、自然に聞こえるように設計しています」

 それを違和感なく、しかし真実味をもって聴かせることもサウンドデザイナーの仕事だ。

 「環境音という音は、自然に鳴っていることが第一です。言い換えると、聴いてる人に音自体をあまり意識させないことが仕事のひとつと言っていい。森に入って、例えば鳥の声が聞こえるとするじゃないですか、自然界では、鳥の声がいつ鳴るかは分からないですよね。仮にゲーム用に鳥の声が入っている1分の音源を用意して、それをゲーム内でループして再生するとしましょう。1分間に1回、必ず同じタイミングで鳥が鳴くことって自然界ではまずありえないですよね。

 つまり違和感なく自然に鳥の声を聞かせるためには、ランダムに鳥の声が鳴るような仕掛けと調整をしなければいけません。これがうまくできると、ユーザーさんは音の違和感を気に留めなくなる。それが環境音を作ることだと思っています」

 一方で人間の耳や脳は音について非常に敏感だ。

「例えば、ゲームでプレイヤーが移動する際、足音がしますよね。この靴の音ひとつとっても、足を動かすのに合わせて、全く同じ足音が規則的に連続的に鳴ると、ものすごく不自然に聞こえるのです。だから足音を違和感なく聴かせるためには、その音自体のパターンやピッチをある程度不規則にしなければならない。

 一方で人間はたったの1フレ(1フレーム=1/60秒)音が絵とズレただけでも、すごく気持ち悪く感じます。これは訓練された耳を持つ人ではなく、ごく一般の人でも分かる違いです。そのぐらい人の耳の精度は高いですから、サウンド再生処理の遅延は致命的です。たくさんのサウンド処理を行ってもそれによる遅延が起きない工夫が必要となります。テクノロジーは、最終的には神様の領域に近づくということかもしれません」

高性能なハードが提供される今でも容量との戦いは続く

 祖堅氏はMMORPG「ファイナルファンタジーXIV」のサウンドディレクションを担当。作曲や環境音、効果音の制作だけでなく、サウンドチームを統括し、ゲーム内の音の全てを管理する立場にもある。プレイヤーの操作に応じて適切なサウンドを出す「サウンドエンジン」の設計も重要な仕事のひとつだ。

 サウンドエンジンの開発はファイナルファンタジーシリーズで言えば、「ファイナルファンタジーVII」。ちょうど3Dのキャラクターがゲームの中で用いられるころから注目され、PS2の後半からPS3へとハードが進化するのに従って重要度が増してきたのだという。

 しかしその開発には苦労が絶えない。

祖堅氏の作業ブース。ここから数々のサウンドが生まれた

 「ゲームって、どうしても見た目(グラフィックス)の方に重点を置かざるを得ないのです。でも1タイトルに使えるデータの容量は決まっていますから、『グラフィックスにこれくらいの容量を使う』と決まると、自ずと『じゃあ音はこのくらいの容量で』となってしまう。『え、これしか使えないのに、発注にあるこんな音全部、入れられるか!』っていう状態になってしまいますよね(笑)』

 ファイナルファンタジーXIVのように、大量かつクオリティーの高いサウンドは、データの容量もかなり大きくなってしまいそうだが、その大きさも尋常ではない。「制作段階で言えば、ひと月で2TBのストレージがいっぱいになってしまうほど。だからストレージは半分消耗品みたいな感じで、作っているときはどんどん消費してしまいます」とのこと。

 音源制作の際には、200トラック程度を扱うことも珍しくないという。しかし当然のようにそのサイズのデータをそのままユーザーに提供することはできない。

 「ゲームに収録する際には、多くても1~2GBくらいに収めることが多いですね。音のデータでグラフィックが足りなくなっては大変ですから。なんとかそのくらいに収めています」

 まだ8bit機でゲームを遊んでいたころ、最大3和音のプアな音源で、休符の間に音符を組み合わせて、3和音以上の音が鳴っているように聞かせる技術があった。そんな昔話をしたところ「そうそう、同じですよ! 使っているソフトや環境は変わりましたけど、メンタリティーとしては全く一緒ですね」といった言葉が返ってきた。

 そのための努力について聞いてみたところ、聴こえ方やほかに鳴っている音の兼ね合いを考えながら、細かな調整を加えているのだという。

メモリーやストレージの情報も業務内容と密接にかかわるため、価格チェックをよくしているという。週刊アスキーもよくチェックしているそう

 「聞こえにくい帯域を削ったりもしますし、コーデックも音の種類によって圧縮率や聴こえ方に差が出るので、状況に応じて様々なものを使い分けるのが当たり前です。例えばMP3で言うとイマドキ音楽で96kbpsの品質で音楽を聴く方はいないですよね。でもそんなビットレートでもうまく使えば、そうと感じさせないように聞かせられます」

 同時に効果音や環境音とBGMが打ち消し合わないようにするのも重要だ。例えば戦闘中にズシンとした低域の効果音が入るのであれば、音楽のほうでそれとはかぶらない帯域を使ったアレンジにする。

 「そういったことは日常茶飯事ですね。効果音に合わせてEQを削ったりするのは、いつも当たり前のようにやっていることという感じです」

 世界を作ると書いたが、効果音の制作に際しては、開発初期に作られたモックアップの中でキャラクターを様々に動かして、世界観に合った音を作っていく作業も取り入れているという。コンセプトからグラフィックス、そしてサウンドまでタイトルによってはすべての要素を社内でまかなうスクウェア・エニックスであればそれぞれのセクションのコミュニケーションを密に取ることができる。

プレイヤーの感情に合わせて、音楽が切り替わる秘密!

 この日、祖堅氏と少し話しただけでも、気の遠くなるような作業の積み重ねがゲームの「音」を作っていることを思い知らされた。ゲームのグラフィックスが向上するのと同じように、音や音楽も、実際の世界で鳴っている音に近づいている。それでは、ゲーム内の音楽はどのようにして生まれるのだろう?

 まずはプレイヤーの感情や気分を邪魔しないというテーマに沿ったゲームならではの工夫から。心理状態や戦闘の状況に合わせて同じメロディーでもBGMのアレンジを変えるといったことをしている。

 「MMORPGだと、信じられないほどのプレイヤーが同じ世界にいて、ひとりひとり、どのタイミングでどう戦闘に入るかなんて、制作の段階ではわからないですよね。戦闘用のBGMを用意して、いきなりパッと切り替えても、なんとなく気持ちが削がれてしまうし、これが感情移入の邪魔をしちゃうことも考えられます。BGMの話でいうと、クロスフェードするなど単純な切り替えではなく、同じ曲の中で、自由に起伏を演出することができる、例えるなら急に激しい動きをする指揮者に応えるように音楽が盛り上がる工夫を入れています」

 例えば敵の行動や、プレイヤーのステータス、戦闘の状況などを見て、異なるアレンジの曲をつなぎ目が分からなくなるように聞かせるのだという。

 「一例としては、同じメロディーだけどアレンジの異なる2つの音源を同時に流しておくんです。そして戦闘がクライマックスに入ったら、表に出ていた音源の音量を下げて、裏で鳴っていた音源が大きくなるようにする。それをボスキャラが必殺技を繰り返したタイミングに合わせて切り替えるなどすれば、同じ曲なのに、急に激しく盛り上がったように聞こえたりとか。このようなプレイヤーの感情を盛り上げるための色々な仕掛けが入っていますね」

 ゲーム音楽では、ひとつの曲調やテイストにこだわるというより、シーンに応じて適切な音楽を考える必要があるだろう。苦労はあるのだろうか。

 「例えば、『ここのシーン、ドラムのキックの音がうるさいんだけど』などの注文がつくこともあるんです。でも、この曲からキックの音を抜くのはなんか違う。そういうときは、そもそもアレンジから変えて、キックのうるさくない曲を再度作ったりしますね。アレンジから変えてしまう

 「ファイナルファンタジーXIV」ではリアルな楽器の音を聴くことができるが、使用している音源はソフト音源※が多いという。

※実物の楽器や声(=生音)と区別する用語。PC内で、楽器や、特定の機材の音をモデリングした音。多くはMIDI規格に対応し、作曲者が入力した譜面に合わせて、実際に演奏しているかのように音が鳴る。

 「基本はソフト音源ですね。ボーカルとかは難しいのでやっぱり生音ですけど。一方、ソフト音源では雰囲気が出せない楽器は収録することもあります。例えば胡弓※の音はソフト音源ではなかなか人間臭い感じが出せなかったので、生録しています。そのほか大きなスタジオでオーケストラを収録することもありますし、どうしてもここは生音感を出したい、というときは実際にその音源を収録して使います」

※弓で単弦を弾くアジアの弦楽器。狭義には日本のものを胡弓と呼ぶが、中国などでも見られる。

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