週刊アスキー

  • Facebookアイコン
  • Twitterアイコン
  • RSSフィード

クルマ好きの憧れ! 国宝級スポーツカー「日産 GT-R」をドライブ!

スペック至上主義者に捧げる
最新自動車ゆるふわレビュー第3弾は日産 GT-R!

 最新のテクノロジーは最新の自動車にあり! をコンセプトに、アスキー編集部のスピーディー末岡とつばさが魅力的な自動車を街乗りでゆるふわにレビューする企画第3弾! サーキットなどで自動車の限界性能を追求するレビューではありません!

 高級車を軽々と乗りまわす(?)つばさの、一般女子視点による自動車レビュー動画はのちほどYouTubeのアスキーチャンネルにアップ予定!

 クルマ好きにとって、「GT-R」の名は尊敬と憧れの象徴だ。量産車をベースにあらゆる部分に手を加え、その時代の最先端の技術をもってレースに投入、そして勝ちまくった。そして今でも世界中のスポーツカー、スーパーカーを相手に戦っている。

 ということで、今回お借りしたのは……

 日産 GT-R

の2017年モデル! 1969年から脈々と続く日産のレーシングスピリットの象徴だ。

エンブレムのRは不敗神話のR!
キングオブスポーツカー「GT-R」の歴史を振り返る

 現行GT-Rをレビューする前に、このGT-Rというクルマについて振り返りたい。GT-Rは日産のセダン「スカイライン」をベースに「スカイライン GT-R」として1969年に初代が誕生した。この初代GT-Rはなんと4ドアセダンのボディーで発売された珍しいタイプである(GT-Rは2ドアボディーがメイン)。一見するとファミリーカーのような立ち姿にレーシングスペックのエンジンというギャップは「羊の皮をかぶった狼」と呼ばれ、マツダのロータリー「サバンナ」(RX-3)と国内のツーリングカーレースでしのぎを削っていた。余談だが、このサバンナにGT-Rの50連勝を阻まれたという苦い過去がある。

 1973年に2代目スカイライン GT-Rが登場したが、エンジンが当時の排ガス規制に適合しなかったため、なんとわずか197台が生産されただけで、レースにも参戦せずに終了してしまう。この後、しばらくGT-Rは姿を消すことになる。

 2代目から数えて16年後、1989年に登場したのがR32型と呼ばれるスカイライン GT-Rだ。名実共にスカイライン GT-Rを一大ブランドにまでのし上げたのがこの3代目GT-Rである。8代目スカイラインをベースに日産の最先端技術だった電子制御で前後輪へのトルク配分を行なう「アテーサ E-TS」、同じく電子制御の四輪操舵システムである「スーパーハイキャス」、そして今でも名機と言われるエンジン「RB26DETT」が搭載された。馬力は自主規制いっぱいの280馬力を誇り、まさに公道を走れるレーシングカーだった。

 輝かしい経歴のまま3代目R32GT-Rは1994年に生産終了。1995年にR33型へと生まれ変わった。しかし、この4代目R33GT-R。当時はまったく歓迎されなかった。その理由としては、コスト削減のため、シャーシをローレルと共有したことにより車体が大きくなってしまったこと。ずんぐりむっくりのボディーゆえに、R32のようなスパスパ曲がる爽快感がなくなったことなど。だが実際はR32より遙かに進化しており、世界中のクルマのベンチマークテストコース「ドイツ・ニュルブルクリンク」ではR32を大きく上回るタイムを記録している。当時は酷評されたが、今ではその性能が見直され、R33でなきゃ! というファンも多い。

 1998年にR33GT-Rは生産を終了し、次世代へとバトンタッチすることになるが……。1999年に誕生した5代目GT-RはR34型と呼ばれ、今でも根強い人気を誇っている。もちろんスペック的に極限まで進化をしたというのもあるが、2002年の排ガス規制に伴い姿を消すことになり、「スカイライン GT-R」として最後のモデルになったからだ。また、先代で不評だった大柄なボディーはシェイプアップされ、フロントマスクは精悍になった。様々な限定モデルが発売されたが、どれも即日完売してしまうほど大人気のGT-Rであった。また、ゲーム「グランツーリスモ」に歴代GT-Rが収録されたことで、飛躍的に世界的な知名度があがり、海外の熱烈なファンが増えたのもこの頃。

 2002年のR34GT-R生産終了とともに、再びGT-Rは雌伏の時を迎える。

この記事をシェアしよう

週刊アスキーの最新情報を購読しよう

この連載の記事