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行列のできるラーメン屋 ビッグデータでつくれる?

2015年12月11日 06時00分更新

 飲食店の商売はきびしい。

 店主の役割はいい料理を出すだけではない。開業資金を工面し、料理人や給仕を雇い、店を宣伝して、新メニューをつくり、家賃や材料費のバランスを調整し……プレッシャーや問題が増えるにつれ、つい弱気になってしまうこともある。

 本来、飲食店の本業はうまいものを作って人々に喜んでもらうことのはず。にもかかわらず、それ以外のことにとられてしまう時間がほとんどだ。

 そこで注目を浴びているのがIT技術だ。

 ウェブサービスやアプリを使い、たとえば宣伝費をかけずに話題を作り、手間のかからない予約のしくみを整え、解析データによって流行にのったメニューをつくるなど、小さな店から大手チェーンまでもが新たな取り組みをはじめている。

 新技術を導入したことで「年商が400万円も増えた」あるいは「2回転の店が3回転するようになった」という店もあらわれたというから驚きだ。

 大江戸スタートアップが先月30日にひらいたセミナー「ITが変える食の現場 クラウド、ビッグデータ分析で増えるおいしい店」では、注目のIT企業3社が集まって、いま繁盛店の裏側で何が起きているのか、そのカラクリを明かした。

セミナーには情報感度の高い業界関係者が集まった

食のクラウドファンディング キッチンスターター

キッチンスターター プロジェクトページ

 『キッチンスターター』は、食のクラウドファンディングサービスだ。

 クラウドファンディングは、新しいアイデアに金銭的な支援者を募るためのサービス。世界最大手のキックスターターでは2000万ドル、24億円を超える開発資金を集める企業もあらわれた。(ちなみにペブルというスマートウォッチだ)

 しかし同社代表の渡辺浩志社長は、現段階でのクラウドファンディングは資金調達というよりマーケティングツールという意味合いが強いと話す。

「とくに飲食店の場合、アイデアがウケるかというリサーチや、初期のお客さんを確保するマーケティングに貢献できます」

 つまり、フリーペーパーのような宣伝先として使えるというわけ。

 飲食店のプロモーションは、フリーペーパーの存在がいまだに大きい。が、プロモーション費用が高いうえ、伝えられる情報も限られてしまう。結局は値引きクーポン券などでしか訴求ができず、集まるのは値引き目的の一見客ばかり、常連候補である「濃い客」の確保が難しい。

 一方キッチンスターターの場合、徹底的に「濃い客」向けにこだわりを伝えられる。同社では店のストーリーを引き出し、写真や動画をふんだんに盛りこみ、まるで一流グルメ雑誌のような記事をつくっている。試食会などを組み込み「体験できる」フリーペーパーにすることもできる。しかも金銭的なリスクはない。

 飲食店が支払うのはプロジェクトが成功したときの手数料のみ。今までのプロモーション費用にくらべれば破格だ。ソーシャルネットワークでのクチコミ効果もあり、資金が少ない開業時に使われることが多いという。

キッチンスターター 渡辺浩志社長

 読者はストーリーにひきこまれ、「ここだけの限定プラン」という殺し文句に背中を押され、支援を決める。「値引きだけで成功した人はいません。むしろ付加価値を与え、値上げしたことで成功する」と渡辺社長は豪語する。

「もうすぐクリスマスですが、女性とそれなりのレストランにいってクーポンを出すのは気恥ずかしい。しかしクラウドファンディングで出資したというと、女性の見方も変わるかもしれません(笑)」

 一方で従来のクラウドファンディングは、プロジェクト期間が終われば利用者が離れてしまうという問題点も抱えていた。キッチンスターターはただのキャンペーンサービスであってはならないと渡辺社長は考える。

 最も重要なのは、継続的な顧客になってもらうこと。

 今後は無料サイト、イベント、コマースなど飲食店が使える機能を追加して、プラットフォーム化を推進する計画だ。メーカーや生産者、自治体、食にかかわるすべてのプレイヤーを巻き込み、つねに飲食店に「限定性」と「ストーリー性」を与えられるような場所を作りたいと、渡辺社長は話していた。

予約管理と顧客台帳を1つに トレタ

予約管理・顧客台帳アプリ『トレタ』使用イメージ

 キッチンスターターが開業支援とすれば、トレタは開業後支援。飲食店で使える予約管理と顧客台帳を1つにしたサービスを展開している企業だ。

 いまも飲食店の多くは紙の予約台帳を使っている。しかしグルメサイトがネット予約をはじめたことで「ネット予約を紙に移す」「満席になったらサイトの予約受付を終了させる」という作業が必要になり、店員の作業量が増えてしまった。

 そこに、ネット予約はもちろん電話予約もすべて一元的に管理できるサービスとして登場してきたのが『トレタ』だ。

 トレタは2014年からはじまり、2年弱で登録店舗数が4000店を超えた。現在市場シェアのトップを走っている。月額1万2000円のサービスで、課金継続率は99.7%ときわめて高い。トレタからの予約件数は500万件を超えているという。

 なぜトレタが使われているのか。同社代表の中村仁社長は元飲食店経営者。大手企業が予約管理サービスをつくっているが、実際に現場で使われることを徹底的に現場目線で考え抜いたサービスがなかったのではないかと考えている。

 使われるためには、紙の予約台帳とおなじくらい簡単で、より便利でなければならない。「一瞬でも紙にメモをとろうとしたらダメなんです」と中村社長。

トレタ中村仁社長

 たとえば、店に予約の電話がかかってくる。iPadアプリでも、紙とおなじ流れで空いている日を確認し、予約を入れられるようにした。メモの手書きもでき、店員の声を録音してあとから通話内容を確認したりもできる。

 ネット予約ともつながっているため、サイトから予約が入ったときはすぐ自動で反映される。顧客台帳からデータを引っ張ることで、電話を受けたとき「前回と同じテラス席もご用意できます」といった会話もできる。

 すでに成功している店もあらわれているという。

 リピート率が18%から32%に上がった店、3店舗で予約を回せるようにしたことで年商が合計400万円増えた店、1日で1700件の予約をさばく店、予約の傾向から開店時間を変え、回転数を2回転から3回転に上げた店などが出てきたそうだ。

 欧米を中心にネット予約は伸びはじめている分野。「地味ながら面白いポジションにいます」と中村社長はにやりと笑った。

クックパッドのデータ解析サービス たべみる

クックパッド『たべみる』サンプル画面

 大手のサービスにも注目だ。

 『たべみる』は、日本最大のレシピサービスを運営するクックパッドが開発した食品業界向けのデータサービス。

 クックパッドで検索されたキーワードをデータベース化し「いま家庭で何が食べられているか」がわかるというもの。流行りの季節のメニューや食材を知ることで客に響きやすいメニュー開発に使えるというわけだ。

 たとえば「沼サン」「おにぎらず」「ジャーサラダ」といった流行レシピはすぐトレンドに上がってくる。思わず写真を撮りたくなる、ツイッターで話題にしたくなるなど、商品開発のヒントが見つかりやすい。

 また「セブン-イレブン おでん」など、いわゆる“再現レシピ”の検索トレンドもデータとして見えてくる。たとえばステーキチェーンの「びっくりドンキー」ならハンバーグではなくオニオンリングやナゲットが検索上位にあるという。

 クックパッド・たべみる事業責任者の中村耕史氏は、データ分析にかんする著書もある解析の専門家。たべみるのシステムは「前日の情報を見られるため鮮度が高い点、また地域ごとに異なる特性も把握できる点」(中村氏)が自慢だ。

クックパッド たべみる事業責任者 中村耕史氏

 また「内食と外食には共通点も多い」と中村氏。

 たとえばスーパーフードやグルテンフリー食材などの機能性食品は外食・内食がほぼ同時にブームになった。あらかじめ兆候を知ることで、チアシード、ココナッツシュガー、バジルシードなどを話題の時期に取り入れることもできる。

 ちなみに最近は「コロッケの材料をグラタン皿で焼く『スコップグラタン』」、「餃子の皮を材料にした『餃子の皮鍋』」など、定番だがコンセプトが新しいメニューがトレンドになっているという。(余談ながら平野レミさんを思い出した)

 クックパッドが抱えるデータを生かし、トレンドを逃がさず、また内食から外食に興味を向かせるきっかけを作れる。サービスは月額15~35万円と店舗単位で利用できる金額ではないが、食品メーカーを中心に契約者数が伸びているそうだ。

 なお最近はテレビで話題になった料理情報が見られる「たべみるニュース」という無料から使える新サービスをはじめている。これなら小さな店でも使えるだろう。旬のデータを知ることで、行列のできるラーメン屋も作れるかもしれない

テクノロジーが飲食店を変える

 人口減少にともなって、国内外食産業の成長は止まってしまっている。

 しかし外食産業そのものが衰退しているわけではない。むしろいまは訪日外国人客が増えたり、ネットを通じていきなり店に注目が集まるようになるなど、今までになかったチャンスが増えている時代でもある。

 テクノロジーをうまく使えば、たとえ小さな店であっても、ムダを省き、名を広め、客をさらに深く知ることもできる。

 客を呼ぶうまい料理をつくるのは料理人の腕だが、繁盛店を切り盛りするのは店主の腕だ。テクノロジー、そしてデータが苦しい現状を打開する手がかりになるのは間違いない。いま一歩を踏み出せるかどうかが、飲食店の将来を変える。



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