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IoTを語るなら『Pebble Time』というスマートウォッチを触ってからにしてほしい by 遠藤諭

2015年07月23日 09時00分更新

Pebble Time

 Apple Watchが発売されて、Android Wearが、モトローラ、ソニー、LGエレクトロニクス、サムスン、ASUSなどから次々と発売されて、“スマートウォッチ”はとてもメジャーなジャンルになった。しかし、一方で「スマートウォッチって本当いるの?」という声もチラホラ耳に入ってきたりする。スマートウォッチというのは、スマホが成熟して、その袋小路から次のブレイクスルーの扉をひらくパズルのようなところもあるから無理もない。そこへこの6月、第3のスマートウォッチともいえる『Pebble Time』が発売された。

 第3と書いたが、前モデルの“Pebble Watch”(企業名と区別するためWatchとつけます)が発売されたのは2013年でむしろ早かった。キックスターターで1000万ドルという過去最高の調達額を記録して話題となった(『ギネス世界記録』にも載っている)。そして、この種のデバイスとしては異例の100万台を出荷したと言われている。そのPebbleがどう進化したのか?とても気になって、私も出資者(予約購入者)になったのだが、これが「スマートウォッチとはこういうものだ!」と小膝をポンと叩きたくなるシンプルにして明快なコンセプト。前述の多くの会社がハマっているパズルを解く糸口をつかんでいると思う。

 まず外形は、金属製のベゼルにスクリーンにはゴリラガラスを採用。腕に当たる側がわずかに凹んだケースはプラスチック製で、バンドも柔軟でよくはできているが樹脂製である(しかも、ピンを穴に通す一般的な時計バンド)。本体カラーは、黒、赤、白しか用意されていない。なんとなく、ユニクロや無印良品的のようなテイストというべきか。それもあって、お世辞にも見やすいとはいえない64色の電子ペーパー表示が、なんとなく再生紙に印刷したようなエコなイメージになる。

 実際に使い始めて感じるのは、画面を飾るアイコンやそのアニメーションが、シンプルでカワイイことだ(ぜひ公式サイトやYouTubeで見ていただきたい)。カジュアルな普段着の世界にはスッと溶け込むデザインになっている。1点、日本では正式に発売されておらず、日本語表示にも対応していない。日本語を表示したいなら(Cryingneko氏による)“日本語言語パック”という有難いものが公開されているので、それのインストールが必要となる。

Pebble Time
↑Pebble Timeの公式サイトでうたわれている4大特徴。

 ハードウェア的には、本体サイズは40.5(W)×9.5(D)×37.5(H)ミリ、重量は実測で24グラムしかない(ベルト込みでは42.5グラム)。水深30メートルまでの防水性能もセールスポイントで、日常生活の中でラフに使ってほしいということだろう。日常的といえば、電子ペーパーの恩恵とされるのが1週間のバッテリーライフだ。実際に、フル充電して3泊4日の台湾旅行に出かけて帰ってきたところで、バッテリー残量は“40%”となっていた。昼間は、1時間に2、3回は通知があり、ときにはメールなどの中身も読むというような使い方でだ。

 操作性に関していえば、画面タッチではなく本体に4つものボタンがある。ただし、これも本体右側に“上へ”、“選択”、“下へ”、本体左側に“戻る”とシンプルなものだ。ちなみに、"マイク"は装備しているが音声コマンドなどの類のためではなくメッセージに応答するためだ(英語、スペイン語、ドイツ語、フランス語、イタリア語などをテキストに変換して応答可能)。また、スピーカーはないのでハンズフリー通話はできない。

 全体的には、一般的な腕時計に見えるくらいシンプルで、コンパクト。操作性はとても直感的なのでスマホを使える人なら迷わず使えると思う。

Pebble Time
↑比較のためにApple WatchとPebble Timeの基本スペックをまとめてみた。
Pebble Time
↑左はApple Watch、右のPebble Timeは画面をタッチすることもできなければデジタルクラウンもない。キラキラ感では圧倒的にApple Watchだが。

シンプルでわかりやすい“時”についての新しい情報フォーマット

 今回のPebble Timeでいちばん注目すべきは、時間表示の画面からはじまる一連の動作かもしれい。言うまでもなく、時計というのは“いまの時刻”を知るための道具である。かつて多くの人々が腕時計をしていたのは、時刻をベースに活動していたからだ。たとえば、むかしは時間を正確に守れないとすぐに相手に迷惑をかけたが、いまは携帯電話やメッセンジャーがある。つまり、“時刻”の延長上には“予定”や“約束”といったイベントがあったわけだ。Pebble Timeでは、まさにそれをそのままUIにしてしまっている。

 Pebble Timeで採用された“タイムライン”と呼ばれるインターフェイスでは、時刻の表示されている画面から“下へ”のボタンを押せばこの先に予定(私の場合はGoogleカレンダーの内容)が表示され、順次スクロールして見ていくことができる。逆に、時刻の画面から“上へ”のボタンで過去のスケジュールが見れるようになっている。これは、“時”という情報の新しいフォーマットの試みといえるものだ。一見、なんでもなくこれに似た考え方がほかの製品でもありそうなものだが、ハードウェアのシンプルさもあってとても自然に使える。

Pebble Time
↑Pebble Timeの公式ページにあるタイムラインのコンセプト図。
Pebble Time
↑時刻を知る道具としての時計の基点はこの時計画面(ウォッチフェイスを変更してある)。
Pebble Time
↑時計画面から“下へ”のボタンで簡単なアニメーションとともに“次の予定”が出てくる。さらに“下へ”を押していくことで、順次ふたつずつ予定が表示される。ここで“選択”ボタンを押せば“場所”など詳細情報が表示される。スケジュール以外に、“日の出、日の入り”や“天気予報”もこれに混じって表示されるところが楽しい。
Pebble Time
↑時計画面から“上へ”のボタンで過去のスケジュールを見ていくことができる。過去は1日、未来は2〜3日ぶんが表示されるようだ。

 タイムラインの中に、Pebble Timeが勝手に天気予報や最高・最低気温、日の出、日の入りまで表示するのは、ちょうどアナログ腕時計の“昼夜”をあらわす小さな窓みたいである。ちなみに、このタイムラインには、サードパーティー製アプリも情報が出せるようになっているので、今後はさまざまな使い方が提案されるはずだ。たぶん、GoogleがAndroid WareやGoogle Nowでやろうとしていることは、これの“インテリジェント高級バージョン”というようなものだろう。しかし、いまのところかもしれないが、これはちょっと不思議な感覚で、“手首”が賢すぎるというのは気持が悪い気がしないでもない。

省電力でなんでもできる画面付きのプラスチックの固まり

 タイムラインとともに、Pebbel Timeで、もっともお世話になるのは通知である。私の場合は、Gmail、Facebookのコメント、Facebook Messenger、Twitterのメッセージやリツイート、LINEのトークが着信するとバイブレーションするように設定している。これらは、受信とともに随時表示され、その場でメールの内容を読んだり(冒頭300バイト程度のようだが)、メッセージを(定型文やボイス入力を使って)返信したりできる。

 こうしたことがひとつの環境のなかでどんどん見られることも、想像以上に快適な体験である。ちなみに、Androidではよりリッチな通知が可能となるようだ。逆に、これは米国ではニュースにもなっているが、iOSではこれらの機能が十分に使えずかなり違った使用感になるので注意が必要である。

 しかし、初代Pebbleで素晴らしかったのは、このような平凡な使い方ではなくウェアラブルの研究者たちの役に立ったことだろう。バッテリーライフが長いことに加えて、Pebble Watch上で動作するオリジナルアプリを組み込んで、私の知り合いも実証実験的なことに使っていた。それが、アプリが動くだけなら、いまやApple WatchやAndroid Wearのほうが見栄えもして高度な処理も可能なはずである。RunKeeperなどの健康・フィットネス系アプリが用意されているが、心拍センサーもなければ画面の表現力も劣っている。それでは、Pebble Timeは、未来の可能性を切り拓くプラットフォームとしてはもはや魅力のない位置づけのデバイスになってしまったのか?

 この点でひとつ面白いフィーチャーが、ケース裏側の充電コネクトポートがデータ通信も可能であることだ。センサーなどのモジュールを搭載した専用バンドをつくって、ここに接続することができるというのだ。そうした拡張バンドを開発する人たちに100万ドルの開発支援をするプログラムが始まっており、すでに、中国深センを拠点にMAKEムーブメントを先導するSeeed Studioや、やはりIoT分野で注目されるSpark.ioが名乗りをあげている。

Pebble Time
↑Seeed Studioは、同社のArduino互換モジュールと組み合わせてNFCや心拍センサー、GPSなどを使えるように、Spark.ioは、SIMを搭載するバンドを提案している。Pebble Timeは、ウェアラブルということもさることながらIoTの入口になる不思議なプラスチックの固まりなのかもしれない。

 Seeed StudioやSpark.ioといった会社の名前が登場してきたことで、すでにピンと来た人もいるかもしれない。Apple Watchは、アップルが描くモバイルヘルスケアや決済システムについての体系を構成するパーツとも言える。一方、Android Wearはクラウドや人工知能的といったアプローチによる同社らしい情報整理と活用の先兵になるべきものだ。それに対して、Pebble Timeのアイデンティティーは、それらよりも一世代若い新しいものづくりのパラダイムから生まれてきたところにだけある。

 その結果、Pebble Timeは、スマートウォッチとしてはとてもピュアで、しかも一世代洗練されたといえると仕上がりとなっている。それは、身のまわりのものがネットにつながるIoTの重大なヒント(それこそウェアラブルのパズルを解くような)とやり方に関係している。これをしていないヤツは、いまのデジタルをまるで理解しようとしていないと言ったら、言い過ぎかもしれないが。

(2015年7月23日15:30追記:記事初出時、Pebble Timeの獲得額と出荷台数が異なっておりました。お詫びして訂正いたします。また、Pebble Watchのディスプレーについての表記も変更しました。)

【筆者近況】
遠藤諭(えんどう さとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。元『月刊アスキー』編集長。元“東京おとなクラブ”主宰。コミケから出版社取締役まで経験。現在は、ネット時代のライフスタイルに関しての分析・コンサルティングを企業に提供し、高い評価を得ているほか、デジタルやメディアに関するトレンド解説や執筆・講演などで活動。関連する委員会やイベント等での委員・審査員なども務める。著書に『ソーシャルネイティブの時代』(アスキー新書)など多数。『週刊アスキー』巻末で“神は雲の中にあられる”を連載中。
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