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参考にしたのは『マネーボール』 UIデザイン企業グッドパッチの働き方とは:土屋尚史代表

2015年07月08日 06時30分更新

 エンジニアもデザイナーも人手が足りないというのはよく聞く話。だが、実際に人が集まっているケースでは何が違うのか。「チームでつくることを重要視している」という、UIデザインで有名なグッドパッチ社で聞いてみた。

Goodpatch
グッドパッチの土屋尚史代表取締役CEO 「現実的なところで、10年後には世界中に10の拠点と500人が目標。世界的なデザインスタジオであるIDEOやフロッグデザインなどは30年で500人規模だった。それを10年でやりたい」

「スタートアップをやるとき、『最初の10人が肝心だ。まずとびきりを集めろ』と言われるがそんなのは無理。実績があるシリアルアントレプレナー(連続起業家)でないと……」

 そう語るのはグッドパッチの土屋尚史代表取締役CEO。ベンチャー・スタートアップ業界ではどこも人集めには苦労が多いと聞くが、取材をするなかで、人集めの部分で同社が順調だという話を聞いた。だが実際にうかがってみると、一筋縄ではいかない多くの苦労や失敗があった。

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起業してからの3年間は、苦難の連続

「自身でもわからないが、自由な働き方が(グッドパッチには)あるとメンバーは言ってくれている」と語る土屋代表。

 グッドパッチは国内でも珍しいUI(ユーザーインターフェース)デザイン・設計に特化した会社。有名なところでは、ニュースアプリ『Gunosy』の初期デザインや、自動家計簿アプリ『マネーフォワード』のUIを手がけている。

 65名の社員を抱える社内の雰囲気は活発だ。UI関連での企業からの依頼は増えており、また受託業務以外でも、自社開発の高速プロトタイピングツール『Prott』や、アットホームとの共同事業『TALKIE』を手がけている。順調に拡大する一方で、起業してからの3年間は苦難の連続だった。

 2011年、サンフランシスコのコンサルティング会社btrax(ビートラックス)で日本企業の海外進出サポートやJapanNightなどのイベント企画に土屋代表は従事。帰国後、大阪から誰も知り合いがいない東京へ出てきて起業した。

 UIデザイン以外に、コワーキングスペース支援や海外スタートアップ支援などを行ったが、すべてが中途半端になり失敗、起業から半年でさっそく資金が尽きる。同時に共同創業者も他社へ引き抜かれて社員は土屋代表のみに。だが、サンフランシスコにいたときの縁から手がけたGunosyの初期UIが評判となり奇跡的に会社は盛り返した。

 ぎりぎりの状態から、定期的な受託業務を獲得し、自転車操業のような期間を経て30名の規模まで成長。だが今度は、頼みの綱だった得意先がなくなり一気に半数が退職。再び盛り返してメンバーを集めるも、土屋代表ワントップの下30名の社員のキャパシティーがあふれて炎上案件が頻発した。

 創業からの3年間で退職者が少なかったわけではない。実際ここまで聞いてみると、とてもデザイナーやエンジニアは集まるようには思えない状況だ。変化のきっかけとなったのは、創業の地だった秋葉原から2014年6月に渋谷へ転居したタイミングだ。

 意識を変えるために、移転直後に10年後を考える社内ワークショップを行ったのだという。そこで、会社としてのビジョンが初めて明文化した。移転前にナンバー2として加入した、VOYAGE GROUP出身の藤井幹大執行役員の存在も社内文化の伝染で大きな役割を果たす。様相は激変。この1年で退職者はほとんどいなくなったという。

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自由な働き方はまずチームから

 ビジョンの共有と言えば単純だが、それだけではない。グッドパッチならではの働き方も関わっている。グッドパッチが考えるUIデザインは、個人で実現するものではない部分が大きいと土屋代表。それはどういうことなのか。

 通常、デザイナーが企画のスタートラインから関われるケースは少ないが、グッドパッチではUIに関する仕事を受けるうえで、スタート地点から関わることが必須となっている。

 企画・コンセプトメイキングから入って、徹底的にクライアントと議論し、ローンチまですべてを受け持つ案件だけを受ける。負担が多いようにも見えるが、「そのほうが作りやすい。掛け持ちしないので、案件単位にコミットできる。集中・進捗度合いが違う」のだという。

「今はエンジニアのほうが増えている。結局はデザイナーだけではいいUIは作れない。そのためいいUIプロダクトには、一緒の場所・時間・ディスカッションが必要となる。グッドパッチでは1人で仕事は絶対にさせない。最初にチームビルディング。いいプロダクトはいいチームから必ず生まれる」

 仕事が固定化、属人化するのを避けるため、社内共有も重視。「毎週、全プロジェクトのレビューを行っており、社内で誰が何をやっているかわかるようにしている。また制度としてのシャッフルランチなど、コミュニケーションをさせる取り組みでカバーしている」

 デザイナーだけでなくエンジニアも募集した結果が60人以上に増えた社員数だ。「3年前、何もなかった状態と違って今は積極的に情報発信をしている。働き方もかなりオープンに出している。それを見て共感した人が来てくれる」

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『マネーボール』をかなり参考にしている

 採用面接で、土屋代表は起業に至る前から現在までの話をする。ストーリーも含めて、どういう会社か理解できるようにするためだ。

「大前提として、ビジョンに共感できるかが大事。我々がどう考えているのか、そのための情報発信はめちゃめちゃしている。そこで引っかからないようなら優秀な人でもお断りしている」

 同社にとってはチーム力で高いクオリティーを出すことが最重要課題となっているため、ビジョンも含めた共有が必須となる。チームとして働くことが必須条件だ。

「うちは完璧にでき上がっている人はとらない、飛びぬけた天才もいない。最初にグッドパッチを立ち上げたときに、そもそも何もなかった。大学を中退して、有名でもない、以前に起業したわけでもないので、とんでもなく優秀な人は集められない。来てくれないだろうと思っていた」

 土屋代表が引き合いに出したのが映画『マネーボール』だ。『映画「マネーボール」に登場する17のセリフに学ぶスタートアップの教訓』にある「4. 野球で初めての仕事?どこにいようとそれは私の初めての仕事だ。」などは、「かなり参考にしている」という。

 同記事は、負け続けの高年棒の選手がいない弱小球団が強豪チームとなる過程を描いた映画のセリフを参考に、スタートアップでの教訓を説いたものだ。

「本当にいいことが書いてある。例えば、経験を過大評価しないこと。スタープレーヤーにお金を払う余裕がまったくないスタートアップはどうすればいいのか。これを習って、キャリアの初期段階にいる人も積極的に採用した。大学卒業したばかりで全くの未経験のデザイナーも今では立派に成長してくれている」

 UIデザインや働く環境だけで人は集まるのではない。何をやっている仕事なのかが見えており、企業がかかげるビジョンに共感を得る人を集める点がかみ合っている結果だろう。

「組織も100人の壁もあると聞いている、その段階でまた何かあるのだろう。実際30人の壁はあった。大きな壁にぶつかった。たぶんウチは端から見ると、順調そうに見えている。ただ、30人のときは相当苦しいときがあった。だいぶ入れ替わっているが、目線に共感している人は残ってくれた。今後も現在掲げているビジョンと、UIデザインという軸はぶらさない」

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↑「デザイン会社だが、ホワイトを明言できる」として、20時にはオフィスから人をなくすのが土屋代表のこだわりだという。だが、「それでも不満は出る。そんなものはしょうがない。恵まれた環境はないものねだりになる。隣の芝生は青く見える。不満をつぶしても新しいものが生まれている。課題のない組織はどこにもない」とも……。

写真:編集部、LIKE A SILICON VALLEY

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