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“存在しない商品”日経の依頼で8年間作った:パラレルワールド御土産帳

2015年06月29日 06時30分更新

文● 盛田 諒(Ryo Morita)/大江戸スタートアップ (架空の)製品写真●黒羽 俊之

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そろばん型CPU。誰が珠をはじくのか
写真:パンタグラフ

「そろばん型CPU」「風力発電パソコン」「自走式ビールサーバー」──

 ありそうでありえない、並行世界なら売ってるんじゃないかな、という製品を集めた不思議なカタログ『パラレルワールド御土産帳』(1944円)。

 製品の“開発”を手がけたのは、広告美術やコマ撮りアニメなど映像・楽曲の企画制作を手がけるアーティスト集団パンタグラフ。

 最近ではエイプリルフールにグーグルが出した『Google日本語入力ピロピロバージョン』、むかしならGoogle ChromeのCMもパンタグラフの制作だ。

エイプリルフールGoogle日本語入力ピロピロバージョン
Google日本語入力ピロピロバージョン

 現在、六本木21_21 DESIGN SIGHTで開催中の『動きのカガク展』にも作品を出している、その筋では名前の知られたクリエイティブ集団だ。

「昔からプラモ好き、工作好きなんですよ。筑波大学で明和電機やクワクボリョウタさんの後輩として現代美術を学んだんですけど」とは、パンタグラフ井上仁行代表。

 そんなパンタグラフがつくる存在しない商品たちは、CGではなく実際に広告美術として存在するもの。2006年から2013年までのおよそ8年間にわたり、パソコン雑誌『日経パソコン』の表紙に使われてきたグラフィック用のオブジェなのだ。

存在しない商品をつくろう

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パンタグラフ吉竹伸介氏(左)、井上仁行代表(右)。同社アトリエで
写真:アスキー

「日経パソコンさんも歴史は長いんですけど、なにか新しいイメージをつくってくれないかというオーダーがあったんです」

 それまでミニチュア家具が飾ってきた表紙に「道具」というコンセプトを新たに提案した。ミニチュアより”実物大”のほうが製作期間を短縮できる。実際に使われる部品を使えば、リアリティも出しやすいと考えた。

 特集にからめたユーモラスな表紙はなかなか評判がよかったが、号が進むにつれ、アイデアがだんだんせばまってくるという問題があったそうだ。

「時代の変化が激しい。最初のころはマウスなりHDDがモチーフにできましたが、そのうちブラウン管もなくなるしHDDもなくなるし、スマホなりタブレットなり、ただの黒い板になっていって……どんどんとっかかりがなくなっていくんです」

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アンティーク・スマートフォン。紙芝居かな?
写真:パンタグラフ

 実現可能な面白さを求めても、実物にかなわなくなっていく。さすがにこれはないだろうというモノが、どんどんと実現されていってしまう。

「『筆で書けるタブレット』というアイデアがあったんですが、実際にあったり……実現されるとしてもこっちじゃないだろというのを入れないといけないんです」

 実際にアイデアノートを見せてもらうとバカバカしくも「あっ、これあるかも」と思える企画がチラホラ。

 いまではKickstarterのようにハードウェアスタートアップや発明家たちが腕前を存分にふるう場所ができており、メーカーならボツにされているような企画も普通の顔をして流通をはじめていたりする。「ありえない商品」づくりも大変だ。

 しかし、もっとも驚かされたのは制作時間だ。「最終的には2日くらいで作って1日で色をつけてました」と井上代表はあっさり。なぜそんなことができるのか。

ノウハウをゼロから蓄積してきた

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手書きワープロ。ワードライターに実現された
写真:パンタグラフ

「短納期のノウハウは広告美術でつけたものなんですよ」と井上代表。

 とはいえ、大手広告制作会社でバリバリでやってきたわけではない。

 パンタグラフはもともとソニー・ミュージックで明和電機のマネジメント業務をしていた井上代表が「モノをつくる場所が欲しいな」と思ったのが始まりだ。いわば独立独歩、デザイン系のスタートアップだった。

 平面のグラフィックとちがい、広告美術やコマ撮りアニメのスタジオには、かなり広い空間が必要になる。井上代表は知り合いに声をかけ、お金を集めて、みんなが自由に使える小さな共同のアトリエをつくった。

「仕事で空いた時間に使えるようにと思って。そのうちにソニーのつながりでゲーム『XI』『ウンジャマ・ラミー』など広告美術の仕事をいただけるようになって、徐々に明和電機のマネジメントから制作の方に軸足を移していったんです」(井上代表)

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蒸気式USB抜き差し機。意味などない
写真:パンタグラフ

 小さなアトリエからはじまった広告美術制作。仕事は刺激的で楽しかったが、ノウハウはまったく持ち合わせていなかった。

「大学でやってたのは現代美術、モーターで動く作品とか。広告美術の勉強をしてたわけじゃないので、すべて独学でやってきた。ざっくりした落書きみたいなのを渡されて『週明けに撮影なんだけど』『えー!』とかやっていて」(井上代表)

 それでも10年近く仕事をこなしていくうち、どうにかこうにか広告美術のノウハウがたまっていく。2000年代後半になると今度はメディア側が傾き、いわゆる広告美術の仕事が減り、以前とちがう仕事が入ってくるようになった。動画だ。

努力が実った『パラレルワールド』

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紙製プリンター。永久回路めいている
写真:パンタグラフ

「6~7年前から、コマ撮りの仕事が増えてきたんです」と同社スタッフの吉竹伸介氏。

 IT企業から、ウェブで出せる“モノ”の制作依頼が増えていった。冒頭に紹介したChromeのコマ撮りアニメCMがまさにそれだ。

「やっぱり勉強していたわけじゃなかったので、動画も独学で。ただ、そこにも広告美術の時代に学んだことが役立っています。予算や時間の制限が決まっている中でどうやって作るか、ということで」(吉竹氏)

 『パラレルワールド』で展開されている商品も「なんでも作っちゃう技術」が脈々と流れているわけ。「短い時間で、ありものを使っていかにそれっぽく見せるかという技術の集大成です」と井上代表は笑う。

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部品は秋葉原のパーツショップでそろえる
写真:アスキー

「スイッチやランプはアキバで買いだめておく。ラジオ会館とかパーツショップに行って買ってくるんです。『ローラースケート式の下駄』を作るため、ゲタ屋さんに行っておばあちゃんに『鼻緒だけちょうだい』とか言ったりして」

 写真に撮られたときCGのように見えないよう、あえてウェザリング(汚し)をしたり、手くせを残したり。時間をかけず、しかしホンモノらしい『ありえなさ』を作るための技術は、たえず走りながら考えてきた歳月が培った賜物なのだ。

「知らないものの強みでやったところが目立つことになった。もちろん大変は大変だったんですが、試行錯誤する時期もなくいきなり作家的な仕事をすることになったらもっと大変だったはず。遠回りでも結果よかったかもしれないと今では思います」

『存在しない商品』を見に行こう

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青山ブックセンター本店

 『パラレルワールド』で紹介された製品たちの実物は本屋さんに並んでいる。青山ブックセンター本店はじめ、東京・大阪の7店でフェアを展開中だ。どんなものか見に行ってみよう。「あっ、裏側こうなってるのね」と驚かされることうけあいだ。

●フェア展開店リスト
青山ブックセンター本店
PAPER WALL エキュート立川店
PAPER WALL エキュート品川店
MARUZEN&ジュンク堂書店 梅田店
スタンダードブックストアあべの店
パルコブックセンター渋谷店
中目黒ブックセンター

(29日掲載時点でフェア展開しているお店です。都合により終了している場合もあります。ご了承ください)

パラレルワールド御土産帳
著者:穂村弘 / パンタグラフ
定価 1944円
Size:A5判
Format:150mm×150mm
Pages:160 Pages (Full Color)
Binding:ソフトカバー
ISBN:978-4-7562-4597-7 C0072
発売元 パイ インターナショナル

●関連サイト
パラレルワールド御土産帳

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