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18禁春画展エロくて女子も喜ぶ理由 ポルノとは全然違うのよ

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喜多川歌麿「歌満くら」(部分)

「我が国フランスでは非常に高く評価されているにもかかわらず、日本では永年の間タブーとされてきたことが不思議でなりません」(シャネル代表取締役 リシャール・コラス社長)

 本日は愛と笑いの浮世絵、春画のお話。

 東京・永青文庫で、今年9月19日から国内初の展示会『春画展』が開催される。入場料は1500円。残念ながら18歳未満は入館禁止の“大人の美術展”だ。展示点数は前期・後期入れ替え制で合計120点。

 じつは2014年、先駆けてイギリスの大英博物館で春画展が開催、大成功をおさめていた。ロンドンでそれを見た宇多田ヒカルさんが日本での開催が決まっていないのを残念がった。それを新聞屋が書いて話題になったりもした。

 が、ふしぎなことはある。

 春画そのものは昔から大人気の美術ジャンルだ。芸術雑誌もたびたび春画の特集を組んできたし、書籍を出せば豪華版でも飛ぶように売れる。なのに、今になってようやく美術展開催の運びとはどういうことか。

 どうして本は出版できてもホンモノは見せられなかったのか。なんだって日本美術を海外の後追いで紹介しなくちゃならんのか。そしてなぜいま春画が“新しく”発見されたのか。理由を探るべく、編集部は春画展実行委員会をたずねたのであった。

編註:記事中に一部、刺激的な作品や表現があります。ご了承のうえでご覧下さい。

はじめに世界で大成功した春画展

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鈴木春信「煙管」

 まず、なぜいま春画が再評価されているのか。

 春画展の企画にたずさわった古美術商・浦上蒼穹堂の浦上 満さんいわく、大英博物館での展示は非常に学問的な裏付けが強い企画だった。

「大英博物館の展示は3年半にわたる国際研究プロジェクトの集大成なんですよ。大英博物館とロンドン大学、そして立命館大学と、文科省の下部組織である国際日本文化研究センターの間で進んでいた企画でした」

 とはいえ大英博物館も最初は不安があり、開館以来初めて16歳未満の入場を禁止した。が、いざ開けてみると大好評。ガーディアンのような一流紙はこぞって事実上の最高点となる四ツ星の評価を出し、入場者は3ヵ月で8万8000人を超えたという。

「面白いのは『日本人がこんなにも性に対しておおらかな人たちだったとは思わなかった』という声がアンケートに上がってきたこと。彼らの“まじめすぎる”日本人像がすごくプラスのイメージに変わったんです」

 フタをあけてみれば、拍子抜けするほどの大成功。調査では大英博物館側にとって意外な結果もわかった。女性ウケがよかったのだ。

「入場者の55%が女性だった。そのうえ95%が“満足”、96%が“期待以上だった”と答えているんですね」

ポルノのように不快なものがない

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「春画屏風」

 ちょっと意外に聞こえるかもしれないが、あけっぴろげなセックスを描いた春画はもともと女性の人気が高いジャンルだったのだ。

 春画まわりの著作もある橋本麻里さん、月岡雪鼎の研究をしている山本ゆかりさんをはじめ、愛好家も研究者も女性比率は高いという。

「いまは春画ブームといえるほど、若い女性にポピュラー。石上阿希さんという今月3月まで立命館のいわゆるポスドクをしていた研究者が春画の講義を開いたら、女子大生を中心に約260名もの受講者が講堂を埋めつくしたというんですよ」

 ややエグいところもある春画が女性の人気を集めるのはなぜなのか。浦上さんは「春画はポルノではないからじゃないでしょうか」と話す。

「ポルノは一般に、男1人で見るものでしょう。一方の春画は何人かで集まって『バカだね~』と笑いあって見るものなんですよ。『枕絵』『笑い絵』とも言われ、『馬鹿夫婦 春画の真似して筋違え』……なんて歌もあるほどで」

 実際に六本木の森美術館『LOVE展』で春画を展示したときは「(他の現代アートに比べて)いちばん健全な絵に思えた」という声が女性からあがってきたそうだ。

「基本的に春画には女性蔑視はないし、見ていて面白い。『ポルノで不快になることはあっても、春画には女性が見て不快なものが1つもない』なんて声も聞きました」

春画専門の作家はいない

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葛飾北斎「喜能会之故真通」(部分)

 また、ポルノとの決定的な違いは作家性にもある。よく勘違いされているというが「春画専門の絵師というのはいないんです」と浦上さん。

 春画は役者絵、美人絵、名所絵などと並ぶ浮世絵の1ジャンル。江戸の庶民風俗を生々しく、かつバカバカしく描くのにうってつけのジャンルなのだ。

「喜多川歌麿だろうと歌川国芳だろうと、浮世絵師で春画を描いてない人はいない。春画を描くのは当たり前だった。『春画を見ると絵描きの技量がよくわかる』とさえ言われているんです」

 葛飾北斎のような世界に名のとどろく天才画家も、タコとたわむれる全裸の女性を描いていたりする。北斎らしく、構図もポーズも斬新で面白い。

「江戸時代でも享保の改革のときなんかに発禁になっていたことはありますよ。でもそのときもアングラに潜ってつづけていたんです」

 浮世絵は特定のパトロンがいない町人文化。浮世絵はいまの出版社と似たような“版元”があり、注目作家の新作を江戸中の誰もが楽しみに待ち望んでいた。もちろん春画もその1つだったのである。

「町人からお侍さん、お殿様までいろんな層が楽しんでいたもの。有名なところでは、お殿様同士が春画の交換会をやっていた、なんて話もありますね」

 日本美術の大事な顔、春画。研究者も愛好家も多く、研究が進んでいたにもかかわらず、日本で展示会が開催されるまでは長い長い挑戦の道のりがあった。

逮捕されると脅された

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浦上蒼穹堂 浦上満さん

「スタートしたのは2011年7月。かれこれ4年ごしになりますか」

 浦上さんは遠くを見つめて言った。

 浦上さんと行動をともにしてきたのは同じく美術商の淺木正勝さん。淺木さんは東京美術倶楽部という美術商の集まりで会長をつとめる、美術界のドン。あるとき、東京美術倶楽部の持ちビルで春画展をやろうという話が持ち上がったのだ。

「最初は大英博物館で春画展をやるときのスポンサーになってくれないかという話だったんです。が、大英博物館展のあと、日本で巡回展をやろうという話になりまして」

 世界一厳しいと言われる大英博物館の設備審査(ファシリティーレポート)もクリア。いよいよ本決まりというとき、暗雲がたちこめてきた。

「古い体質の組織なので、コンサバティブな考えをする人たちから『しょっぴかれるんじゃないか』『今後、美術倶楽部が色眼鏡で見られるんじゃ』という意見が出てきまして」

 いわゆる“いかがなものか論”だ。

 自身も春画コレクターである浦上さんいわく、いままでも同じ理由から数多くの美術館で春画展の話が出ては消え、出ては消えをくりかえしてきたのだという。

 無理を押して開くこともできるが、反対者がいるところでやろうというのは本意じゃない。そんなわけで開催は中止。別の場所を見つけてやると言い、美術館めぐりを始めたのが2012年8月のこと。

 浦上さんは淺木さんと2人で『Shunga in Japan LLP』という組合を作り、大英博物館の春画展のスポンサーとして資金を提供しながら日本の会場探しを始めた。

 しかしその後、浦上さんは業界の壁にはばまれつづけることになる。

「意義はわかるが、うちでは」問題

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大英博物館(British Museum)
写真:Heather Kennedy

「そこから親しくしている美術館の館長や学芸員に話をしに行きました。しかし、意義は感じてくれるけどオッケーは出ないんですね」

 国立、財団法人、あらゆる美術館を回った。「子供さんと一緒に見られるような展覧会でないと」「もうそこの予定は埋まっておりまして」「伝統ある美術館で年齢制限のある展覧会はちょっと」──延々、断られつづけた。

「だいたいパターンが決まってるんです。館長に大英博物館の春画展の話をすると『いいですね、自費でもいいから見に行きたい』と盛り上がる。ところが『そちらでいかがですか』というと、『いや、意義があることはわかるんですが、うちだけはちょっと……』」

 テーマは春画だ。意義もある。話題性もある。展示を開けば人が呼べるのは間違いない。法律の裏付けをとれば開催の方法はあるはずなのに、なぜどこもオーケーを出さないのか。浦上さんは「結局は自主規制なんですよ」とあっさり言う。

「国公立の美術館は『教育委員会が恐い』。財団法人の美術館は大抵企業がバックにあるので『企業イメージが悪くなるのはまずい』。新聞社やマスコミは『読者からのクレームがきたらどうする』。みんな見えざる敵におびえて、自主規制してるだけなんです」

 こんなバカなことがあっていいわけがない。

 美術館だけでなく、大型商業施設などあらゆる施設を回りつづけた。会場探しに奔走して1年が経ったが、それでもまったく見つからない。

「美術商だから一儲けしようとしているんだろうと思う方もあるかもしれませんが、われわれはこの展覧会で儲けようなんてことは当初から一切思ってません。春画展において利益は追求しない。だからいろんな先生方が応援してくださっているんです」

 そんな折、ポッとあらわれたのが永青文庫だ。細川護熙元総理が理事長をつとめる美術館。当たれる場所はすべてあたったと思っていたが、なぜかひとつだけ抜けていた。話は驚くほどトントン拍子に進み、ついに開催の運びとなった。

本物を見れば、すべてがわかる

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永青文庫
写真:Satoshi Kobayashi

「まあおかしな話ですよね」とあらためて浦上さんは言った。

「25年前から本でも雑誌でも出版物は無修正でオーケー。青少年に悪い影響があるといけないと言いますが、今どき中学生が本屋さんで春画の本を見ていても、誰も何も言わないでしょう。ところが展覧会場入口でちゃんと年齢チェックもできるのに春画展と聞いた途端に『それはいかがなものか』。見る人全員に認めてくれとは言いませんが、それが大人の文化でしょう。なんでもかんでも『お子様と一緒に見れるもの』なんて言ってたら、この国はお子ちゃま文化なのか、ということじゃないですか」

 美術展が開かれてこなかった、という事実からも偏見は根強くある。あるときは春画を指して“日本の恥”呼ばわりされたこともあったらしい。

「当時の主催者から聞いた話ですが、2012年にヘルシンキで春画展をやったとき、現地にいる日本人の偉い人から『君たちは日本の恥を持ってきたのか』となじられたことがあったそうなんです。けど、展覧会終了後にもう一度挨拶しに行ったら、同じ方が『素晴らしかったですね』となった。地方の秘宝館レベルで考えていたり、ワイセツなものという先入観を持っていたのだと思うんです。その人も本物を見て、考えを改めたんだと思うんですよ」

 大英博物館の日本部長などは『春画の優れた作品は世界文化遺産にしてもいい』とさえ言っているそうだ。挑戦心を持ちつづけ、なんとか日本での展示にこぎつけた関係者の人々には、どこかスタートアップのような気骨を感じさせられた。

 浦上さんはうれしそうに、しかししみじみと語っていた。

「足かけ4年、ようやく実現する展覧会です。記者会見でも旧知のマスコミの人たちが『とうとうですね』と喜んでくれました。とにかくまずは、本物を見てほしいです」

■春画展—shunga—
2015年9月19日~12月23日
永青文庫 特設会場(2階~4階)
東京都文京区目白台1丁目1−1
開館時間 10:00~18:00(月曜休館)
入場料 大人1500円(18歳未満入館禁止)
※前後期入れ替え制
前期9月19日~11月1日、後期11月3日~12月23日
主催 永青文庫、春画展日本開催実行委員会
公式サイト

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