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将棋の次は人狼? ヒトと区別のつかない機械はつくれるか:CEDEC 2014

2014年09月10日 10時00分更新

 パシフィコ横浜で9月2日~4日に開催された日本最大のゲーム開発者向けカンファレンス“CEDEC(Computer Entertainment Developers Conference) 2014”。

将棋の次は人狼か?

 2日目のセッション“将棋の次は人狼か?”では、“将棋”に続く人工知能のグランドチャレンジとして、ゲームの『人狼』に注目。将棋ではニコニコ動画の電脳戦が話題だが、果たして人工知能に人狼をプレーさせるプロジェクトとはどのようなものなのか。研究者やゲームクリエイターが、人狼と人工知能の可能性について語ったセッションをレポートする。学生やゲーム業界関係者の注目もあり、会場には多くの受講者が詰めかけていた。

 人狼の簡単な概要を説明すると、対話などのコミュニケーションを行なって戦う多人数参加型の推理ゲームといえる。互いに演じる役割がわからない状態で、参加者は村人と人狼に分かれる。「ある村に現われた人食い人狼。普段は人間の姿のため区別がつかず、夜に村人たちをひとりずつ襲っていく。村の中に潜んだ人狼を暴きだすため、村人たちは互いを疑いつつ、毎夜ひとりを処刑していく」というもの。

 処刑を進めながら人狼を根絶やしにしようとする村人陣営と、村人に処刑されないように裏で画策する人狼陣営、それぞれの参加者どうしでの駆け引きが熱い。ゲーム中での情報提示と参加者どうしのコミュニケーションだけでゲームは進行し、最終的に生き残った陣営が勝利となる。

将棋の次は人狼か?

 はこだて未来大学の松原 仁氏、広島市立大学の稲葉 通将氏、筑波大学の大澤 博隆氏、ゲームクリエイター人狼会主宰のイシイ ジロウ氏が登壇。

将棋の次は人狼か?

 セッションでは、最初に司会を務める松原氏が趣旨を説明。「ゲームは人口知能研究対象のいい例題。設定されたルールが明快で、良し悪しが評価しやすい。プロと言えるような強い人も存在して、目標にもなるし、強い人の記録が学習材料にもなる。また、ゲームそれ自体がおもしろい」と語る。

 研究者の考えでは、人工知能が活躍しそうな例として挙げられるゲームのなかでも、将棋は2015年に、囲碁も2025年にはトッププロに追いつき追い越すとし、将棋に次ぐ何かおもしろくて難しいゲームはないかということで、人狼が有力な候補になったと松原氏は言う。

 人狼には、今の人工知能にとって非常に難しい課題である“対話”がある。さらに、プレイヤーが対話のなかで嘘をつくゲームであるため、相手の嘘を見抜くこともコンピューターにはまだまだ難しく、高度な挑戦となる。これからの人工知能のチャレンジとして最適な例が人狼だという。

将棋の次は人狼か?

 続いて登壇した広島市立大学の稲葉氏は、プロジェクト概要を説明。“人狼知能プロジェクト”では、「人間と自然なコミュニケーションを取りながら人狼をプレイできる人工知能の実現」を目指し、より高度な知能の創出と、より高度なコミュニケーションの実現を目的としている。

 将棋や囲碁、チェスなどお互いの情報がすべて完全に与えられているゲーム(「完全情報ゲーム」)では、すでにコンピューターが人間を上回るものが多い。一方で、麻雀など推論の対象が多岐にわたり、ゲーム情報が完全に与えられていないゲーム(不完全情報ゲーム)は、定型的研究も少なく、人狼も該当すると稲葉氏は語る。

 大きく分けて、カードとオンラインでの2つの人狼があり、研究対象となるのはオンライン人狼だ。カード型人狼はパーティーゲームで、1試合十数分程度のリアルにお互いの表情が見える環境での競争となる。短い会話でいかに嘘がつけるかが勝負。狼どうしの会話はジェスチャーだ。

 一方のオンライン人狼では、1試合に数日間を要するため、熟慮した発言が可能だ。また、キャラクター役割による匿名化が強く、性別や見た目の影響が排除される。狼どうしで個別のコミュニケーションができるため、カード型で起こる偶発的なコミュニケーションミスがなくなる。純粋な言語ゲームといえる。

 さらに人狼では、多段階の予測が必要となると稲葉氏。「相手に対して、自分がこう思っていると予測したうえで、さらに自らの行動を決めて多段階に動く必要がある。これは非常に難しく、コンピューターと人の対戦にまだ壁がある」という。

「まずはエージェント対話プロトコルの設計が必要。我々が一般的に交わす自然言語は、人工知能にとって扱いが難しい。そのため会話をモデル化し、プログラミングで言語化して実際に設計している」と稲葉氏は語る。

将棋の次は人狼か?

 実際のプロトコル開発では、プログラムで扱える範囲で、かつ記述可能な範囲をなるべく広げて人狼のための言語設計を行なっているという。プロジェクトの公式サイトには(人狼知能プロトコル)人狼プロトコルが公開されている。

将棋の次は人狼か?

 実際に人工知能が人狼を学習可能か検証しており、人狼陣営を相互にプロトコルで作成した研究結果も公開。結果、人工知能が戦略の学習によって勝率の向上が見られ、また上級者が用いる手法を学習から発見するような最適戦略が見られたという。

 今後はさらにプロトコルや対戦サーバーの開発を進めて、優秀なエージェントのゲーム実装を想定。2014年度中の人狼知能での大会を見込んでいる。

将棋の次は人狼か?

 続いて登場したのは、筑波大学の大澤 博隆氏。専門はヒューマン・エージェント・インタラクション(HAI)で、人と人間らしい人工物(エージェントやロボット)の相互作用・コミュニケーションを研究している。個人的にも十年来の人狼プレイヤーで、掲示板でのプレイスタイルや陣営どうしの戦いなど、特にオンラインでの人狼の魅力を語った。「本名を隠してキャラクターになりきる匿名化や、演じるキャラクターが男性か女性か、また年齢設定の影響がゲームに出るのもおもしろい」という。

 大澤氏が説明したのは、人狼知能プロジェクトの社会的な利点だ。他者への推論といった社会的な知能が要求されるゲームであり、人狼は相手の心の中を推測しないと解けない課題だ。研究自体が、相手の知能を読む社会的知能という課題へのチャレンジにもなっているという。

 もうひとつの魅力として、勝敗が明確な点を大澤氏は挙げる。勝ち負けがついて終わったあとも、感想戦で関係をリセットできる。一般的に社会的な行動で何が「良い行動」で何が「悪い行動」だったかの評価は難しいが、人狼では明確にフィードバックがしやすいため、関係性を解く手がかりが得やすい。さらに、ウェブ上には数多くのデータがあり、日本は世界でも珍しいくらいの有利なポジションになっているため、チャレンジがしやすいと大澤氏は語る。

 人狼の小説顔負けのプレイログ(会話履歴)のなかには、不注意な人間の行動をそれゆえに信じてしまうドラマなど、見る人を感動させる点があり、それこそが研究課題になると大澤氏は語る。

将棋の次は人狼か?

 社会的知能を持つ人口知能を作るうえで、本当に信頼されるキャラクターとは何なのか。「対話のなかでなぜお互い信頼できるのかがわかれば、そういったキャラクターを作るためのアルゴリズムは、スクリーンの中から実世界のロボットまで応用可能」だと論じた。

将棋の次は人狼か?

 続いて登壇したイシイジロウ氏は、プレイヤー側からエンターテインメントとしての人狼の魅力を語った。主宰を務めるゲームクリエイター人狼会は、ニコニコ生放送でも大きな反響を集めている。

「人狼とは10年以上のつきあいで、BBS時代からやっていたが飽きていた。ゲームとしての人狼は、実は不完全。ゲーム早々にひとり死んでしまうなど、楽しくないときもあり、だんだんやっていてつまらない人が出てしまう。また、時間拘束も長い。だが、人狼TLPT(『人狼 ザ・ライブプレイングシアター』)というお芝居を見て変わった」

 人狼TLPTは、実際に舞台上で人狼ゲームを行うが、役者によるロールプレイがアドリブの芝居になっている。ゲームが始まるとキャラクターごとの役割に沿って進むが、演技と言っても実際に死ぬような迫真性や、人狼自体の戦略性の高さがあり、見る価値のあるものになっているとイシイ氏は語る。

「もしかして人狼はプレイヤーレベルが上がると違うものになるのでは」と思ったイシイ氏は、ゲームクリエイター人狼会を結成・研究し、実際にニコニコ動画で公開してみたという。

「人狼には遊び方のレイヤー構造も複数ある。ただのゲーム勝ち負けだけでなく、プレイ自体の面白さも同時に考えながら遊ぶ。人を感動させるどんでん返しや、負け方にもやり方を考える、そんなレイヤー構造が新しいエンターテイメントにつながる」


 続いて行われたパネルディスカッションでは、人狼プレイヤー間での戦略の変容や、実際に人狼知能が人間に勝利するのがいつになるかについて議論。最後にそれぞれがメッセージを語った。

「人狼を好きな人間なので、ぜひ解いてチャレンジしたい。一人ぼっちでもプレイできたら、それはゴール」(大澤氏)

「対話エージェントの研究者なので、意外なことで笑わせてもらったりする。人間と一緒にプレイできる知能を作って、うまくコンピューターに騙されてみたい」(稲葉氏)

「将棋は解析の時代だが、人狼はまだまだ解析しきれない。個人的には人工知能の戦略ノウハウをもらって、対面で無双したい」(イシイ氏)

「人狼に勝敗はあるが、見せるという点も重要。目標は勝つのではなく魅せる点、そこがプロジェクトの成功。目標として、人間が見て楽しめるような試合ができればいい」(松原氏)

 すでに人間との対戦を実現している先行例である将棋では、電王戦第3回までの勝敗は「プロ棋士側が2勝しかしていない」ほど、人工知能は大きく進歩している。8月28日に開催された将棋電王戦に関する発表会では、棋士対コンピューターによる5対5の団体戦を最後とし、2016年からは棋士とコンピューターがペアを組んで対局する“電王戦タッグマッチ”を行なう。

 人狼についても、人間と人工知能が白熱したやりとりをニコニコ動画などで繰り広げる日が来るかもしれない。そのときには勝ち負けだけでなく、将棋が電王戦で大きく広がったように、人狼を舞台にした機械と人間の戦いがひとつのエンターテインメントになるように期待したい。

■関連サイト
人狼知能プロジェクト

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