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VAIO株式会社 関取社長に聞いた“本質+α”の真意

2014年07月02日 07時00分更新

 7月1日、ソニーから事業譲渡を受け、日本産業パートナーズ(JIP)が出資して設立された新しいPCメーカー“VAIO株式会社”がスタートした。VAIO株式会社は、VAIOブランドを冠したPCを発売し、VAIO Pro 11/13、VAIO Fit 15Eの3ラインアップで新たな船出をすることになったのは既に別記事でお伝えしたとおりだ。

 代表取締役社長として新会社の舵取りを任されたのが、ソニー出身の関取高行氏だ。ソニー時代にはコーポレート企画推進部門長トランスフォーメーション・マネジメント担当であり、2000年代の前半にもVAIO事業に携わった経験を持っており、その後ソニー・エリクソン(現ソニーモバイル)やコンスーマープロダクト&サービスグループで企画戦略部門長を歴任するなどしており、経営のプロとして新会社をリードしていくことになる。

 今回筆者はその関取氏にインタビューする機会を得たので、その模様をお伝えしていきたい。関取氏は、ソニー時代のVAIO事業が抱えていた課題や、新会社を設立する上でそれをどのように変えていくのかなどについて率直に語ってくれた。

VAIO株式会社

新会社の哲学は“本質+α”、選択と集中を進めてユーザーが本当に必要な製品を確実に届ける

――関取氏の経歴を教えてください。

関取氏:ソニーに入社してオーディオ事業を担当、その後初めてIT関連の事業に関わることになりました。2000年前半ですね。VAIOが海外事業を拡大し、経営面やオペレーションなど、苦労していた時代です。私の強みは経営企画やオペレーションだったので、事業の立て直しの中核メンバーとしていい経験をさせてもらいました。結果としてその後最高益を達成したり、新しいグローバルオペレーションを確立できたり、貴重な転機になったと思います。その後、ソニー・エリクソンに移動して携帯電話のビジネスを2年担当し、2009年から現ソニー社長の平井氏の下で、コンシューマー&ネットワークグループで企画戦略を担当してきました。

――2000年台の前半と言えば、VAIO事業部が非常に元気だった頃ですね。その頃の製品で印象に残っている製品は?

関取氏:モバイルノートで圧倒的な薄型を実現したバイオノート505エクストリーム(X505)は強い印象を持っています。その他にも、VAIO第2章としてAVとPCの融合を本格的に目指して6チューナーを搭載したVAIO type Xなど、新しい取り組みをどんどんやっていった時代でした。しかしながら、後で振り返ってみれば、そうした取り組みのうちモノになった取り組みがどれだけあったかと考えると、やや空振りな面があったことは否めません。そこで新会社では、お客様にとって本当に大事なことは何なのかを真剣に検討し、それを本質と定義していきたいです。かつ、そうした本質に加えて、何らかの“+α”を提案していきたいです。本質+αという哲学を製品の企画でも、製造でも、オペレーションでも中心に据えていきます。

――その本質とは、そして“+α”というのは何なのでしょう?

関取氏:VAIOの出発点だったAV PCというビジョンは、ある意味において役目を終えていると考えています。すでにユーザーの手元にはタブレットやスマートフォンといった新しいデバイスもあり、それらでもAV PCが目指していたことは充分実現できています。では、これからPCでないとできないことは何かと考えると、それは生産性のための道具ということです。その観点で、我々が何ができるのかを徹底的に議論し、そこを本質として研ぎ澄ましていきたいんです。その上で、その本質に+αとしての魅力を付加していく。これまでもこだわってきたデザインも、バッテリーライフもそうだし、変形タイプであれば気持ちよく変形できるなど、本質的な魅力に加えてもうひとつの何かを必ず製品に付加していきたいのです。そうしたことを弊社のエンジニアと徹底的に議論しながら研ぎ澄ましていければと考えております。

――まさにそれは“選択と集中”ですが、流通の経路をダイレクトセールスに限ったのは、そうした考え方に基づいてということでしょうか?

関取氏:その通りです。弊社は従来のソニー時代のように規模がある訳ではなく、コスト競争力も他のPCメーカーに比べてアドバンテージがある訳ではありません。従って、確実にお客様にリーチする販路が必要だと考えました。VAIOの価値を理解してくれるお客様に対して、お客様が欲しがるような製品を確実にお届けしたいと考えています。実際、ソニー時代のVAIO事業においてソニーストアを通して販売していた台数をひとつのチャネルとして捉えるのであれば、ある量販店に次いで第2位でした。かつ、CPUやストレージなど、より高価な構成を選ぶお客様が多く、平均単価は店頭モデルに比べても高かったので、それを中心に据えていくのは論理的な選択でした。

――PCビジネスは規模のビジネスです。しかし、新会社では日本以外をターゲットにし、かつ付加価値が高い製品を中心にという戦略でいくことになります。その結果ボリュームは減ることになるので、部材の調達コストなどの点で不利になるのではないでしょうか?

関取氏:その通りで、そこはチャレンジだと考えています。しかし、ひとつだけ言っておきたいのは、我々のパートナーは、我々の新しいチャレンジに対して協力的にやってくれているということです。それはCPUベンダーやOSベンダーといった部材メーカーもそうですし、ODMメーカーのような製造のパートナーもそうです。弊社 執行役員で副社長である赤羽(筆者注:赤羽良介氏、ソニー時代には業務執行役員 SVP 兼 VAIO&Mobile事業本部 本部長で、事業部長に就任する前は部材メーカーとの交渉など調達を担当していた)が良好な関係を築き上げてきたことが効いています。実際、新会社がスタートするとなったときに、あるLCDベンダーの方が来られて「我々にできることなら何でもやるので協力したい」という申し出を頂きました。お話をうかがってみると、そのベンダーの新しいテクノロジーを採用したLCDをVAIOがいち早く採用したことにより、ビジネスとして立ち上げることが成功したのだとおっしゃります。それゆえに、また協力して、そうした新しい技術を一緒に立ち上げていきたいという申し出を頂いております。これは非常にありがたいことで、そうしたパートナー様の期待を裏切ってはいけないと、決意を新たにしているところです。

――PC製品はもやは斜陽産業だという人も少なくありません。その中で新しいPCメーカーとしてスタートすることにいろいろ言う人もいると思いますが、そのあたりに関してはどう考えてますか?

関取氏:私が言いたいことは、PCはオーディオで言えばテープのように、市場が消滅してしまった製品ではないということです。PCの市場を見てみると、一部確かに縮小している部分もありますが、デジタルカメラほど落ちているわけでもなく、市場が消滅しているわけではありません。実際にはPCの使い方が変わったということだけだと思っています。昔はPCで音楽をやったり、ビデオをやったりということが、今はタブレットやスマホでやれるようになっています。それでも、ないと困る人は、家庭でも沢山いると我々は考えています。ただ、市場の形は変わりつつあるので、そこの攻め方を間違えていれば利益は上がりません。我々は量は追えないので、本質で勝負する、それが基本姿勢です。

――それではソニーはなぜVAIO事業を売却しなければならなかったのでしょう?ソニーができなかった事業がなぜ新会社ではできるのでしょう?

関取氏:ソニーがなぜVAIO事業を売却したのかについて私は答える立場にはないので、お答えは差し控えさせて頂きます。しかし、新しいPCメーカーの社長として答えるのであれば、本質を追うことができてなかったのではないかと考えています。ソニーのような大きな会社の場合には、様々なことをやらないといけません。例えば、日本市場だけでなく、世界中の市場を考えてビジネスをしないといけないとか、規模を追わないといけないなど、これはソニーに限らず、大きな会社の宿命です。我々が目指していくのは、本質を追究していき、選択と集中を目指すということです。今回の新会社では、日本市場とダイレクト販売という絞りをかけて本質を追いかけていきます。ただ、絞るというのは単に縮少するということを意味しているのではなく、誰をお客様として設定するのかということを明確にし、そのお客様のためにどんな商品を作るか、という順で商品を作っていくということです。

新会社は当面はPCへフォーカスするが、将来的にはPC以外の展開も当然あり得る

――新会社の社名が“VAIO株式会社”と非常に直球な名前ですが、なぜ、こうした社名になったのでしょう?

関取氏:VAIOというブランドは長い間お客様に愛されたブランドだったので、認知度も高く新会社のブランドにしても違和感がないということはありました。実際、決まるまではいろいろと議論をして、それこそ“~コンピュータ”みたいなありきたりの名前も含めて選択肢はいくつかありました。しかし、ある会議でソニーの平井社長に“ベタですが、そのままブランドを社名にしたい”と思い切って提案してみたところ、二つ返事で“いいですよ”という快諾を頂いたんですよね。かんかんがくがくの議論になるんだろうと思っていたので、快諾を頂けて私も周囲もびっくりしたほどです。というのも、VAIO株式会社は7月1日をもってソニー株式会社からVAIO事業の譲渡を受けたましたが、それまではVAIOはソニーのブランドだったので、我々の新会社の社名として発表していいのか、など様々な論点があると考えていたんです。そうした諸処の問題があるのに、平井社長はそれを快諾してくれたんです。それは言ってみれば旅立っていく我々への餞別だったのかもしれません。ただ、ソニーの法務部はびっくりしていたと思います(笑)。

――ラインアップに関してはVAIO Pro 11/13とVAIO Fit 15Eを選んだのはなぜですか?また、今後新機種に関しても積極的に取り組んでいくのでしょうか?

関取氏:基本的にはお客様の支持を得られる製品を選びました。新製品に関しては現時点では明らかにできませんが、現在弊社のエンジニア達に発破をかけて作っているところで、ぜひ期待して頂きたい。私が出している指示はB2C(筆者注:Business to Comsumer、一般消費者向け)でも、B2B(筆者注:Business to Business、エンタープライズ向けなどビジネス向け)でも売れるようなすごい製品を作れ、です。どちらかだけに売れる製品であれば、誰にでも作れます。でも弊社にはそんなリソースはないですから、どちらにも妥協がない素晴らしい製品を作って欲しいと思っています。それが我々の言う“本質”です。

――B2CだけでなくB2Bのビジネスも狙っていくとのことですが、その戦略は?

関取氏:ソニーマーケティング株式会社(以下SMOJ)と総代理店契約を結んだので、SMOJを通じてB2B販売を強化していきます。実はSMOJのビジネスで最も伸びているのが法人営業です。これまでVAIOは法人専用モデルというのを作ってこなかったのですが、それでもSMOJが地道な努力を行なうことで徐々に販売を伸ばしてきてノウハウがたまってきており、それらを梃子にして伸ばしていきたいと考えています。

――これまでVAIO事業では、エンタープライズの要求スペックに合わせて用意して入札に参入してというラージエンタープライズ向けのビジネスはあまり展開してきませんでしたが、今後はそういう展開もありますか?

関取氏:そこにも参入していかないといけないと考えています。ただ、現在でも“ビジネスパーソナル”と呼ばれる、自分の予算で自前のPCを買ってビジネスに使っているビジネスユーザーからはVAIOは熱い支持を受けています。実際、日本のエンタープライズ向けのPC市場では東芝、NEC、Lenovo、富士通あたりでほとんどのシェアを持っていますが、新幹線の中でPCを開いてまで熱心に仕事をしているユーザーが使っているPCは、大抵がパナソニック社のLet's noteシリーズかVAIOです。そうしたビジネスパーソナルに喜んでいただける製品をこれからも作り、ダイレクト販売を通じて提供できるようにしたいと考えています。ただ、これまでもVAIOはそうしたビジネスパーソナルな方にお選び頂けていたとは思いますが、不満もあったことは認識しています。例えば、VGAポートがないとか、スロットが足りないとか……そういうことはラインアップ的に意識していない部分があったので、そういうビジネスユーザーのニーズもつかんだ製品作りが大事になると思います。

――本業はPCになりますが、それ以外のジャンルの製品ということはあり得ますか?例えば、Androidタブレットとか……

関取氏:国内のPCビジネスだけというのでは、安定した事業になるとは思っていません。将来的には国外でPCを販売することも目指していきたいし、安曇野にいるエンジニアを使って様々な展開を目指していきたいです。もちろん、Androidタブレットも考えたいですね。

安曇野の熱いエンジニア達が現在“本質+α”を具現化した製品の開発に取り組んでいる

――安曇野のPC設計のエンジニアは、世界的に見てもおもしろい製品を作り出すことができるエンジニアだと思うのですが、そうしたエンジニアのノウハウを“デザイン”という形で輸出するというビジネス展開はあり得ますか?

関取氏:可能性としてはあり得ると思います。ライセンスを取って、オペレーションはODMメーカーでやってもらい数を出していくという展開はありでしょう。それをやることで、コスト削減という形で日本のお客様に還元することができます。我々としては、良い製品ができたのなら、それを世界中のユーザー様に使って頂きたいという意向は持っています。しかし、当面はビジネスとしては国内に集中していくので、国外のユーザー様にはVAIOというブランドは使えませんが、製品としてお届けできる形が構築できれば良いと考えています。そのためには、良いパートナーを探していきたいです。

――本社が置かれている旧ソニーの安曇野事業所、その位置づけはどうなりますか?当初はどちらの製品もODMの工場で作られる製品で、その工場のファシリティなどは使われませんか?

関取氏:我々は盛んに本質+αという言葉を繰り返し使わせて頂いていますが、それを実現するために、日本発の設計、製造は必要です。そのために安曇野の工場を維持できるだけの最小限のメンバーは残しており、それを利用したPCの製造は行なっていきたいです。とはいえ、その一方でコストもかかるので、ODMメーカーの工場も使っていきます。ただ、ソニー時代のVAIOと大きく違うことは、ODMメーカーで製造した製品であっても、最終的なフィッティング、例えばOSのインストールや品質確認に関しては必ず安曇野工場で行ないます。我々はこれを“安曇野フィニッシュ”と呼んでおり、お客様にとっても品質向上のメリットがあると考えています。安曇野で最終確認をすることがコストの上昇になるのではないかという質問を受けますが、中国のODMの工場でカスタマイズを細かくやる方が実はコストがかかります。というのも、SKU(筆者注:スキュー、ひとつの製品に設定される複数のモデルのこと)が増えれば増えるほど工程が複雑になり、ODMメーカーへの支払いは増えることになるからです。ODMメーカーには半完成状態で納品してもらい、そうした最終的なカスタマイズは安曇野でやるようにすれば、結果的にはコストの上昇を抑えながら品質確認も行なうことができます。また、その安曇野フィニッシュを付加価値にするための+αについても、今後は積極的に検討していきたいです。レーザー刻印を安曇野で行なうなどの展開は考えています。

――ソニーVAIO時代にVAIOの設計を担当していたエンジニアも、多くが新会社に移ったと聞いています。彼らに期待しているところは?

関取氏:彼らは非常に熱くて、ピュアにモノ作りに向き合っています。我々の新会社は、従来のソニー時代よりもリソースが制限されています。その制約があるからこそ、ピンポイントに優れた製品を作らないと生き残っていけません。結局全部に張ることができれば成功するのはあたり前ですが、我々の新会社ではコスト面でそうしたことはできないから、彼らのような優秀なエンジニアの存在は鍵になると考えています。ただ、エンジニア達はモノ作りには長けていますが、もう少し商売も覚えてほしいです(笑)。そのあたりは我々マネージメントがきちんとコントロールしつつ、彼らに気持ちよく良い製品を作れる環境を用意する必要があると考えています。

――従来のソニー時代のVAIOのサポートは新会社で行ないますか?それともVAIO株式会社で行ないますか?

関取氏:ソニーが販売したVAIOに関してはこれまで通りソニーが責任を持ってサポートを行ないます。これに対して、弊社から販売するVAIOに関しては、弊社が安曇野に設置する部門が責任をもって行ないます。従来と大きく違うのは、製品を設計する部署、そしてサポートする部署、それらがすべて同じ建物にあるということです。従って、お客様からの声も、サポートを通して設計に届くようになるのも従来とは比較にならないほどスムーズになると思います。大きな電機メーカーの中にあった場合には、サポートや保守の会社も別の企業が行なうことが一般的ですが、弊社の場合にはすべて同じ建物にある同じ会社で行なうことになるので、風通しもよくなると思っています。

――しかしそうした工場である安曇野を維持することは、コストにもなると思いますが……

関取氏:確かにコストになるのは事実で、それも決して安くはないかもしれません。しかし、経営者としての私の視点としては、コストであってもお金が流動し続けるならそれは問題がない思っています。だから、むしろそのお金がどこかで止まってしまうことが大きな問題だと考えています。かつ、もうひとつ言うなら、安曇野に工場、設計、サポートまですべてがひとつに集中していることをうまく活用していきたいです。先日、ある人と話していて、製品の箱にQRコードをつけて、それをスマートフォンで読み込むと、最終処理の様子を撮影したビデオを見ることができるようにしたらどうかというアイディアをもらいました。我々の会社はソニー時代のVAIOと違って、小さな会社ですが、小さな会社だからこそのフットワークを生かしてそういったこれまでのPCメーカーではなかったアイディアをどんどん取り組んでいったらいいと思っています。例えば、長野の名産でそばがありますが、箱を開けたらそれが入っていたらどうだろう……とか、もちろん実現するまでには様々な壁があるだろうし、いきなり実現はできないでしょうが、ユーザー様からもアイディアをどんどん出してもらってそれを実現していきたいと考えています。もはや我々は大企業の一員ではないので、従来のしがらみにとらわれない自由な発想を実現していきたいです。

――最後に読者にメッセージを

関取氏:新会社をスタートするにあたり、我々が最も真剣に考えたことは、これまでVAIOを愛してくれていたお客様に、VAIOの想いを継続してお届けしていきたいということでした。それがスタートにあり、VAIOを愛してくれているお客様とはどんな方なんだろうということを定義することから始めました。1度はそうしたユーザーの皆様の想いをつぶれるという形で裏切ったのだから、今度はそれを絶対に裏切りたくありません。我々の使命は、それを見える形にして、VAIOを愛してくださるお客様に継続してお届けすることだと強く思っています。

●関連サイト
vaio.com

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