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最新少女型アンドロイドもゲスト出演。石黒浩教授・特別講義

2014年06月30日 09時00分更新

人間の心なんて誰も見たことがない、ならばアンドロイドのほうがいいじゃないか!

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(写真提供/ケイズデザインラボ)

 2014年6月20日に東京渋谷で、ロボットやアンドロイドの研究で著名な石黒浩大阪大学特別教授の「特別講義」が行われた。実際にアンドロイドの制作を行っているメーカーの責任者や、3D CGによる人体デザイナーも交えて、アンドロイドの値段から「人間とはなにか」という哲学的な考察に至るまで、幅広い領域の話題が繰り広げられた。
 このイベントは、Perfumeなど芸能人の3Dスキャンや、3Dプリンタの活用など3Dテクノロジーの分野で知られる株式会社ケイズデザインラボが「3D道場(人体3Dデッサン講座)」というセミナーの初回特別イベントとして開催した。

 石黒氏は、人間そっくりなロボット=アンドロイドの研究者として世界的に著名なだけでなく、企業やアーティストとのコラボレーションを積極的に行って世間の耳目を集めてきた。
 石黒氏が自分そっくりの遠隔操作可能なアンドロイド=ジェミノイドを作って、自分の代わりに会議に出席させたエピソードは有名だが、この日は人間国宝をモデルにした「落語アンドロイド」やデパートで対面販売したアンドロイド、人間と一緒に舞台に立った「アンドロイド演劇」などのエピソードが紹介された。

落語アンドロイド

 「落語アンドロイド」は人間国宝(重要無形文化財)の落語家・桂米朝にそっくりなアンドロイドで、米朝と同じように高座で落語を噺すことができる。米朝は1925年生まれで、すでに88歳の高齢で高座に立つことは難しくなっているが、アンドロイドならばいつまでも演じ続けられる。
 これは科学的には一種のアーカイビング(保存)技術だと言える。有限な命を持つ人間を保存するには「アンドロイドの技術が必要」と石黒教授は語る。
 この米朝アンドロイドの制作には、米朝本人の姿形をケイズデザインラボが所有する世界で一台しかない3Dスキャナで取り込んで使用した。ところが、スキャンした時点で米朝はかなり高齢であったため、スキャンしたデータからそのまま造形してしまうと米朝に見えないという問題が生じた。
 なぜかというと、人の容貌が一度記憶されてしまうと固定されてしまい、記憶された本人の容貌が加齢などで変化しても記憶のほうはアップデートされない。そのため、年をとったり事故などで姿形が変わると記憶の中の姿と本人の姿が一致しなくなってしまう。現在の米朝そっくりにアンドロイドを作ると、米朝には見えなくなってしまうのだ。そのため、米朝アンドロイドは、多くの人の記憶にある現役時代の米朝に合わせて制作された。
 米朝アンドロイドは昨年5月に人間の落語家と一緒に初高座を経験したが、観客には大受けだったそうで、石黒教授は「もはや本人より受けている」と言っていた。

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石黒浩教授(写真提供/ケイズデザインラボ)

対面販売で40着を販売!

 昨年秋には、大阪高島屋で20代の女性の姿をしたアンドロイド「ミナミ」が衣料品売り場で接客を行い、カシミヤのセーターやカーディガンの対面販売を行った。訪れた客と座って対話し、色の好みなどを聞いてカラーコーディネートしてお薦めを提案した。その結果、2週間で40着のセーターなどを販売したという。この数字は人間のスタッフの平均を下回るものではあったが、フロア全体の売上は2.5倍にもなった。
 なお、アンドロイドの接客を受けた男性は50%が購入するが、女性は90%がカラーコーディネートが終わった時点で逃げてしまうそうだ。男性と高齢者は、アンドロイドに対して「嘘をつかない」「いつでも断れる」という気持ちから最後まで話を聞いて、結局購入に至るのだという。
 石黒教授は「高島屋のスタッフの半分くらいをアンドロイドにしたい」と話した。

完璧に演技をすると人間らしくない

 2012年の秋には平田オリザの演出で『アンドロイド版 三人姉妹』が上演された。チェーホフの『三人姉妹』を元にした作品で、石黒教授が制作した アンドロイド「ジェミノイドF」が人間の役者と一緒に舞台に立って演技を行った。
 平田オリザは人間に対してもアンドロイドに対しても同じように「そこ30cm前に出て」というように曖昧性の無い演出を行い、「人間に客観的な心は存在しない」という点で石黒教授とは一致しているのだという。
 なお、この点について平田オリザはYouTubeの公式動画で「人間に対する見方、あるいはロボットに対する見方が最初から一致していた」、「どう見えるか」が大事で「俳優の心なんてわからない」と述べている。
 さらに石黒教授によれば、「あまりに完璧に演技をすると人間らしくない」とのことで、間違ったり嘘をつくことで人間らしさが生まれるとした。
 このイベント全体を通して石黒教授は、「人間らしさとは主に見た目である」「人間の心なんて誰も見たことがない、つまり心なんて客観的に存在しない」と主張し、「ならばアンドロイドのほうがいい」と言い続けた。

自分で稼いで身体を手に入れる少女アンドロイド

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(写真提供/ケイズデザインラボ)

 今回のイベントでは、石黒教授の依頼を受けて実際にアンドロイドの制作を行っている株式会社A-lab(エーラボ)の最高ブランド責任者・島谷直志氏も登壇して、アンドロイド制作の実際や技術的なポイント、コストなど貴重なエピソードを多数紹介し、同社の少女型アンドロイド「アスナ」も披露された。
 15年間アンドロイドの開発に携わり続けてきて、そこで人間らしさとはなにかというと、人間の「癖」や「しぐさ」が重要だと肌身で感じるという。たとえば人間はあまりまっすぐ正面を向いて話さない。また静止していることはない。少し身体を斜めに傾けて、わずかに揺らすことで人間らしさがあらわれる。とくに目の動きが大事で、目の焦点が合ったように見える動きを取り入れており、アンドロイドと目があうと制作者でもドキっとするという。
 現在は未公開のA-labのホームページと少女型アンドロイドの「アスナ」も公開された。アスナは15歳のアジア人の少女の姿形をしたアンドロイドで、実はまだ首から上しかできていない。首から下はただのマネキンだ。それでも首から上だけで14も自由度があり、頭を振って身体全体を揺らすことで人間らしさを表すことができる。
 A-labではアンドロイドによるコンテンツ・ビジネスを企画しており、今後ホームページとアスナを正式公開してから、アスナをさまざまなイベントに貸し出してコンパニオンなどとして働かせ、稼いだお金で残った手足や身体を作っていく予定だという。つまり、自分の身体を自分で稼いで獲得する、働くアンドロイドなのだ。

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アンドロイド「アスナ」とエーラボ島谷氏(筆者撮影)

時代の要請があれば歩ける

 実際に間近でアスナと対面すると、そのリアルな表情にとても作り物とは思えなくなる。とくに瞳孔がすぼまって焦点があうと、その瞬間は人間の少女としか思えない。周りに集まった人々はみな、その一番人間らしい表情を写真に収めようとアスナの顔の前で一所懸命に手を振って気を引こうとする。
 しかし、まだ目にはカメラが入っていないので、見えていない。ランダムな動きを繰り返しているだけなのだ。ここでも、アンドロイドの「見た目」に人々は人間らしさを感じ、シンパシーを自然に示していた。
 石黒教授とA-labが作るアンドロイドの人間らしさは、間近で見ると驚くばかりだが、これが歩いたらもっと凄いことになるだろう。「いつ歩けるようになるんですか?」と島谷氏に聞いてみた。すると答えは「時代の要請があればすぐにでも」というものだった。すでにメカニカルな技術は存在しているので、あとは歩かせるソフトウェアと、「歩くアンドロイドを作ってほしい」という要請と予算があれば、歩かせることは可能だろうという。
 その際に必要なソフトウェアについて、二足歩行時に自動的にバランスをとる「クラタスのV-sido」みたいなものですか? と聞いたところ、そうではなく、人間らしい動作で歩かせるためのソフトだという。すでに二足歩行の技術は難しいものではなく、その先の「人間らしく歩かせる」ことが課題なようだ。

人体は筋肉の曲線が大事

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FreeFormによる人体モデリングのデモ(写真提供/ケイズデザインラボ)

 今回のイベントは3D CGソフトウェア「Freeform」の基礎講座「3D道場」の特別企画ということで「人体とは」がメインのテーマになっている。そこで、3D道場で講師を務めるケイズデザインラボの山口典子氏から3D CG制作の観点から見た人体についても説明があった。
 FreeFormはプロユースの3D CGソフトウェアで、マウスではなく専用のペン型デバイスで操作を行う。このペン型デバイスを彫刻刀のように使って、バーチャルな3D空間に配置した球や立方体を削って立体モデルを作ることができる。山口氏は3D CGでもまず骨格を作り、それに書籍などを参考にしながら筋肉をつけ、その上に表皮をかぶせることでリアルな人体を作成する手法を紹介した。面白いのは、筋肉についてはかなりリアルなのに、その内側の骨格はリアルな骸骨ではなく、抽象的な円柱や楕円球を組み合わせたオモチャみたいなものだったことだ。表現するレベルにもよるのかもしれないが、筋肉がそれらしく表現されていれば、その下の骨格を省略しても人間らしく見えるようだ。
 石黒教授やエーラボ島谷氏による「人間らしさの表現において見た目が重要である」という主張に半ば通じる話だった。

最先端3D CGツールによる「3D道場」

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ペン型ツールによるFreeFormの操作例(筆者撮影)

 あとで実際にFreeFormに触れさせてもらったが、画面内の立体にペン型デバイスを操作して触れるとフィードバックがあって、まるで本当に触っているかのような感触がある。従来の3Dソフトウェアとはまったく異なる操作で、これを使うことで3Dの造形方法が革命的に変わることが実感できた。
 3D道場の講師である山口氏も、もともとは現代美術のアーティストであり、FreeFormに始めて触れてからようやく1年ちょっとという状態で講師を務めるまでになった。アーティストとしてのセンスを差し引いてもFreeFormのツールとしての汎用性や機能性がうかがい知れる。
 FreeFormは素晴らしいツールだが、ワンパッケージが450万円もするもので、一般の人が触れて学べる機会はほとんどない。そこで、ケイズデザインラボでは、FreeFormの基礎講座として「3D道場」を企画した。詳しくは以下のURLを参照してほしい。
http://www.3dds.jp/dojo/

5年後はアンドロイド・アイドルが?

 この日は3時間にわたるイベントで、ほかにも非常に抽象的なデザインなのにとても人間的に感じる人型クッション「ハグビー」や携帯電話端末「エルフォイド」を通して、人間が感じる人間らしさが、ポジティブな解釈と自動的な補完に基づいている話など、非常に刺激的で面白い話に満ちていた。
 石黒教授は、ソフトバンクの「Pepper(ペッパー)」などの話題にも触れながら、今後3Dプリンタの進化でより優れたアンドロイドの制作が可能になり、今後5年間でロボットやアンドロイドをめぐる状況は大きく変わるだろうと将来を予測した。
 会場では、アンドロイド「アスナ」の魅力に「嫁と持ち家を諦めれば買える」とアンドロイドとの生活を夢見る男性参加者たちもいた。石黒教授が開発するアンドロイドがお天気お姉さんやアイドルを務める時代が近い将来訪れるのかもしれない。

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