2013年11月01日22時00分

宇宙という言葉はどこから来たの?

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「宇宙人はいるの?」
「ブラックホールに入るとどうなるの?」
「宇宙の果てはどうなっているの?」

 子どもに宇宙についての質問をさせると、この3つが必ず上位に入るのだそうだ。

宇宙という言葉はどこから来たの?
(C)NASA/JPL

 小学生も高学年になれば、“宇宙”の言葉がもつ意味を知らない子どもはいない。さらに、宇宙には果てがある、ブラックホールという現象まで当然のように知られている。では、その肝心の“宇宙”いう言葉は、いつごろ誕生したのだろう?

 日本には、古代中国から漢字が伝わったのだが、当然ながら、漢字と同時に宇宙論に関する知識までもが伝わったわけではない。明治大学文学部助手 金木利憲さんは、日本文学・漢文学の専門家として、『太平記』などを題材に、日本人が漢文をどう読んだのかの研究を行ないながら、イプシロンロケット、H-IIAなどロケット打ち上げ見学に足を運び、“宇宙”という言葉の由来を探っている人物。その金木さんに、今の“宇宙”という言葉の歴史をうかがった。

■古代中国では、宇宙=世界を覆う屋根

 古代中国、後漢時代(25年~220年)に編纂された最古の部首別辞書『説文解字』によれば、“宇”の文字はもともと建物の屋根の縁を示しており、そこから時間とともに“この世の限りを覆う大屋根”を指すようになっていったという。また、“宙”の文字は、もともと建物の屋根の中心である“棟木”の意味で使われていたが、徐々に“過去・現在・未来の時間の広がり”といった意味を含むようになったことが記されている。

宇宙という言葉はどこから来たの?
(『説文解字』のテキスト、『説文眞本』)

 まず、この“宙”という文字が、なぜ棟木という物体を示すものから、時間という抽象的な意味を含むようになったのか。それは“由”の部首に理由があるようだ。

 “由”は、酒壺を横から見た時のカタチから生まれたもので、元来は“出っ張ったもの”という意味がある。“由”を含む“宙”は、屋根の中心にあって出っ張ったものとなり、これが棟木を意味する。そこから、同じ“由”をもつ“軸”(車軸の意。これも出っ張っている)のイメージ、車輪と結びついたことで、“宙”は、ぐるぐる回って循環するものを意味に含むようになった。古代中国の“時間”は、季節が1年でぐるっと回って、変化せずに戻ってくるイメージだったので、“宙”は時間の概念を含むようになったのだとか。

 これら2つの文字を組み合わせた“宇宙”は、“過去から未来まで、全ての時間と空間を覆う屋根”、つまり我々のいるこの世界全体を指す言葉として、はるか昔、春秋戦国時代(紀元前770年~紀元前221年)から登場した。“宇宙”の記述は、『荘子』や『淮南子』といった文献で見つけることができる。

■日本では、宇宙=この世の世界

 古代中国で成立した“宇宙”は“世界”と同じ意味をもち、どちらも漢字と共に日本に輸入されたと考えられている。金木さんが確認した、日本でもっとも古い“宇宙”の言葉が使われた文献は『日本書紀』だ。

宇宙という言葉はどこから来たの?
(『日本書紀』720年成立)

 『日本書紀』神代上
 故、其の父母二神、素戔嗚尊に詔したまはく、“汝甚だ無道し、以ちて宇宙に君臨たるべからず。固當遠く根の国へ適れ”とのりたまひ、遂に逐ひたまふ。

(新日本古典文学全集 日本書紀 小学館より)

――スサノオノミコトは乱暴が過ぎて、宇宙を追い出されてしまった。という内容だが、この場合の“宇宙”は、“あめのした”と読み、天下、すなわち世界という意味合いで使われている。

 また、宇宙(=世界)はその後の軍記物語『太平記』(室町時代半ば:14世紀後半に成立)にも登場する。

 『太平記』巻十四“新田足利確執奏上の事”
 神武峰端を揺かし、聖文宇宙を定むるなり。


――神のごとき武徳は軍勢の鉾先を動かし、聖人のごとき文徳は天地を沈めておられる。という内容だが、主に、このころの“宇宙”は、公文書・天皇に差し上げる文書などなどに使われる堅い言葉として使われていたようだ。

宇宙という言葉はどこから来たの?
(『太平記』室町時代成立)

 これが江戸時代まで進むと、一般的に使われていた“世界”と同様、“宇宙”も頻繁に使われるようになる。“宇宙”は漢語由来、“世界”は仏教用語であり、もともと仏教用語の“世界”の方が一般教養として耳にする機会が多かったようだ。人形浄瑠璃『碁太平記白石噺』には、“宇宙の珍宝これに過ぎず”という表現があり、弥次さん喜多さんでおなじみの『東海道中膝栗毛』には“せかいの猫どもが打殺されべいから”という具合だ。どちらも“World”という意味で、2つの言葉を使っている。

■明治時代に現在の意味を持つ“宇宙”が誕生する

 そして1868年、日本で明治維新が起き、文明開化とともに西洋の科学技術用語を一気に多数、輸入し理解する必要に迫られた。このころの西洋では、のちにアインシュタインの特殊相対性理論へと続くマイケルソン・モーリーの実験が行なわれていた時期。エーテルの存在が否定されたのは1887年。アメリカでは現在の宇宙論の基礎ができていた時代であり、日本も世界の情報を学習するため、早急に対応した訳語が必要となったのだ。

宇宙という言葉はどこから来たの?
(明治天皇の東京行幸『Le Monde Illustre』、1869年2月20日)

 辞書の変化を見てみると、明治2年に出版された『英華字彙』では、“Universe”の訳語として“宇宙”が使われている。この辞書は、もともと英中辞典『英華韻府歴階』からの翻訳。つまり、英語の“Universe”に中国語として“宇宙”の訳語が使われ、その英中辞書が日本に輸入されたため、日本でも“Universe”の訳語が″宇宙″になる、という流れが起きたのだと金木さんはいう。さらに、“Cosmos”が宇宙となったのは、これよりやや遅れて明治22年の『明治英和辞典』だ。

 辞書は、意味の変化をやや遅れて反映するので、“少なくともここまでには使われていた”という証拠になる。

 すでに日常的に広く使われていた“世界”という言葉と、どちらかといえば漢語由来で格式ばった使われ方をしていた“宇宙”。漢語の大もとでもある中国で“Universe”と同義になったこともあり、あまり一般的に使われていない言葉でもあることから、意味を変えることに心理的抵抗が少なく、“世界”との訳し分けが行なわれたために意味が変化したのでは、と言われている。

 実際に、民衆は混乱しなかったようだ。“世界”とは用法が分かれ、科学技術用語としての性格を帯びた“宇宙”の言葉は、明治の教育制度の中で速やかに普及した。明治8年、フランス語から翻訳された小学校の博物学(自然科学)の教科書『牙氏初学須知』には、コペルニクスの業績を紹介した一節として、

 天體系統トハ宇宙を聚成スル天體ノ總稱ニシテ、其真ノ法則ヲ發明セシハ、普魯士の星學士歌白尼ナリ

との記述が出てくる。明治はじめの小学生はこうした教科書で“プロシアの天文学者コペルニクスは……”と習っていたのである。

宇宙という言葉はどこから来たの?
(『初学須知字引』/明治9年発行』 画像提供:国立国会図書館蔵)

 教科書のおかげで“宇宙”は地球の外側を示す言葉として認識され、明治のコラムニスト三宅雪嶺が、明治42年(1909年)に一般教養エッセイ『宇宙』を出版している。

 8年後となる大正4年(1915年)には、あの世界的有名な小説、H・G・ウェルズの『宇宙戦争』が翻訳出版された。

宇宙という言葉はどこから来たの? 宇宙という言葉はどこから来たの?
(SF小説『宇宙戦争』英1898年発表)

 原題は『The War of the Worlds』で、Worldが使われているが、この場合のWorldは複数形になっているので、火星と地球という2つの文明の衝突と考えられ、“星間戦争”とでも訳すところを、新しい科学用語の“宇宙”をあてたのではないか、と金木さんはいう。

 ちなみに、宇宙に対応する英単語としては“Universe”と“Cosmos”があったが、今日では“Space”が一般的だ。英和辞典の中では、“Space”=“宇宙”の登場はやや遅く、“Celestial Space”といういわば注釈の付いた言葉に“宇宙”との訳があてられていた。Spaceは“宇宙空間”のほかに、“なにもない、空っぽの空間”を差す言葉としても使われており、“Space”=“宇宙”とされたのは第二次世界大戦後のことだそうだ。

宇宙という言葉はどこから来たの?
(2013年9月14日イプシロンロケット 撮影:金木利憲さん)

 以上、金木さんの研究を元に“宇宙”の言葉の変遷を追ってみた。もともとはあまり意味に差のなかった“宇宙”と“世界”。2つの言葉は、“漢語”、“仏教”、“明治維新”の3つの要素を経て、今の一般語と科学用語に分かれたものだ。

 もし、歴史の流れのなかで意味合いに変化が生まれていたとしたら、2つの意味は逆になり、“国際世界ステーション”へ出発するとか、“宇宙新記録”といった言葉を私たちは自然に使っていたのかもしれない。


【2013年11月3日】『太平記』の年代を室町時代成立、に修正致しました。

■関連サイト
文系宇宙工学研究所

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