2013年05月05日14時00分

今年も鉄道模型が走ったニコニコ超会議号:超会議2

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『ニコニコ超会議2』への参加者を大阪方面から運ぶため、前年同様に臨時列車『ニコニコ超会議号』が4月26日~27日にかけて運転された。車内では鉄道模型が走ったり、早朝4時の機関車の付け替えに乗客がつめかけたりと、まさにニコニコ超会議鉄道ブースの1イベントという感じだった。

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■ニコニコ超会議号とは?

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写真:伊藤岳志

 ニコニコ超会議号は、大阪駅から上野駅までニコニコ超会議2の参加者を運ぶために運行された臨時列車。東海道本線(大阪~山科)、湖西線(山科~近江塩津)、北陸本線(近江塩津~直江津)、信越本線(直江津~長岡)、上越本線(宮内~高崎)、高崎線(高崎~大宮)、東北本線(大宮~上野)を経由する約784.8キロメートルを14時間10分かけて運行された。大阪から北陸本線を経由して上野に至るルートは、定期列車の寝台特急では例がなく、ひとつの列車で通して乗車できるのは、こうした臨時列車ぐらいしかない。そのため、一般向けの募集定員120名は、募集開始後約1時間で完売した。
 今回のニコニコ超会議号の車輌は、2005年に定期運用が終了した『あさかぜ』や札幌と上野を結ぶ『北斗星』など、伝統的な寝台特急で使われているのと同じ24系寝台客車、通称“ブルートレイン”を6輌編成で運行された。前年のニコニコ超会議号もほぼ同様の編成だったが、使用された車輌は異なる。

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 編成は青森方向から、電源車の6号車『カニ24 23(白帯)』、5号車『オハネフ24 8(白帯)』、4号車『オハネ25 152(金帯)』、3号車『オハネ24 20(白帯)』、2号車『オハネ24 51(白帯)』、1号車『オハネフ24 21(白帯)』となった。24系寝台客車は製造時期や改造の有無によって、様々なバリエーションがあるが、ニコニコ超会議号では、1973年~76年前後に製造された初期型のグループがメインとなった。
 けん引した機関車は、大阪駅~敦賀駅間で、敦賀地域鉄道部の『EF81 108』。『日本海』や『トワイライトエクスプレス』のけん引として活躍した機関車だ。敦賀駅~上野駅間は青森車輌センターの『EF81 138』。JR東日本特有の赤い塗装に運転席上のヒサシが特徴で『あけぼの』などでよく使われている。

■カオス5号車再び!前年の2倍!寝台をまたぐ大ジオラマが展開

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 前年のニコニコ超会議号では、車内に1/150の鉄道模型『Nゲージ』を持ち込んだグループが居て話題になったが、今回も同じメンバーが乗車。しかも、旅行代理店の計らいか、前年と同じ5号車となった。前回は寝台の1席分に模型の線路を敷いて、ニコニコ超会議号に見立てた列車を走らせていたが、今回は寝台の向かい合う2席分に大ジオラマを展開。前年比2倍の広さになった。しかも今回はモバイルバッテリーを持ち込んで、列車の洗面台のコンセントを使わずに走行させていた。前回は洗面台にあるひげ剃り機用のコンセントを無理に延長して使っていたので、ブレーカーが落ちる等の心配があったが、今回は安心して模型運転が楽しめたようだ。

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  話を伺ったところ、この日のために、モバイルバッテリーから鉄道模型用のコントローラーに電圧を変換するためのユニットまで制作したという。さらにジオラマの線路構成は、自宅で入念に予行演習をして持ち込んだとのこと。これには、客室をまわってきた超鉄道ブースのプロデューサー向谷氏もビックリ。思わず記念撮影をしていたほどだ。
 前年は鉄道模型が走ったり、ニコ生中継をしたりと“カオス5号車”と呼ばれたほどイベントの多い5号車だったが、今年もその傾向があったようだ。事実、5号車の乗客たちは、23時の消灯時間になってもほとんど誰も寝ておらず、車内の温度すら他と比べて1度前後高いように感じた。

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 また、他の車輌では同様にプラレールを持ち込んでいるグループもあった。

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 ほかにもニコニコ超会議号のオリジナルの行き先表示(サボ)を作ってきて貼ったり、駄菓子を差し入れたりと、乗客達はさまざまな楽しみ方をしていた。

■大阪駅は大混雑!鉄道ファンにはうれしいサプライズも

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 列車に乗車するとき、気分が高まるのはやはり乗車する直前だろう。超鉄道ブースのプロデューサー向谷氏と、車内アナウンスや超会議鉄道ブースのステージを担当する“スーパーベルズの車掌DJ”の野月氏は、大阪駅の11番線ホームでいまかいまかとニコニコ超会議号の到着を待っていた。ニコニコ超会議号は19時7分に入線する。11番線と10番線のホームは列車を写真に撮ろうと、ホームで身動きできないぐらいのファンがつめかけた。前回は17時の発車だったが、今回は仕事帰りの人が乗れるようにと、発車は19時に設定されていた。

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 ニコニコ超会議号が入線する直前、11番線には回送列車が入ってきた。普通の電車かとおもいきや、なんとディーゼル機関車の『DD51 1183』だった。DD51は比較的人気のある機関車だけにこれには向谷氏はじめ、鉄道ファンがみなビックリ。うれしいサプライズとなった。

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 そして、ニコニコ超会議号が入線、ホームの興奮は最高潮に達した。なお、ニコニコ超会議号のヘッドマークは、前年と同じものが使われているが、機関車の交換が敦賀駅で行われているため、1枚追加で新造している。記念撮影ののち向谷氏たちは急いで列車に乗り込み、19時17分に列車は定刻通り発車した。

■誰も寝てない?深夜の長岡と早朝の水上駅でのイベントに大興奮

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 午前4時15分、ニコニコ超会議号は10分前後遅れて、信越本線の長岡駅に到着。早朝時間帯にも関わらず、乗客がちらほらと1号車の一番端に向かって車内を歩いている。長岡駅では、列車が上越本線に入るために方向転換が必要だ。そのため、機関車を先頭から最後尾に連結し直す。1号車の車端部は窓になっているため、機関車が連結される風景を間近で見ることができる。それをひと目見ようという乗客たちだ。はじめは1号車のデッキ付近に数人だったが、機関車が連結する直前には、20人以上がつめかけ、デッキ付近が人であふれるほどになった。20代の女性は「前年もニコニコ超会議号に乗ったが、このシーンを見逃したため、今年は見たいと思った」と語っていた。ニコニコ超会議号のヘッドマークを掲げた機関車EF81 138号機が徐々に近づいて連結されたときには、静かな興奮が乗客たちからわき上がった。日本全国で客車列車が少なくなるなか、機関車の付け方作業を列車から見られるのは、『北斗星』や『カシオペア』、『はまなす』といった北海道方面に行く列車に限られており、貴重な1シーンといえるだろう。

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 7時ちょうど、列車は上越本線の水上駅に到着。前年は大阪から上野まで一般の参加者は列車を降りれなかったのだが、今年はこの水上駅で記念撮影タイムが行われた。乗客達は思い思いに自分が乗ってきた列車の写真を撮っていた。また、車内で書かれた寄せ書きと一緒にドワンゴによる公式記念撮影も行われた。水上駅に到着する直前までは激しい雨が降っていたが、到着後は綺麗な青空となって、利根川に沿って走る風光明媚な上越本線の風景を楽しむことができた。

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 高崎駅からは、朝食の駅弁が積み込まれた。これが鉄道ファンにはうれしい、蒸気機関車D51をイメージした『上州D51弁当』だった。弁当の容器はSLのボイラーをイメージした黒い円筒形。ごはんは珍しい竹炭入りの炭ごはん。さらにD51 498とSLのナンバープレートがデザインされたリユース箸が付いており、多くの乗客たちは、食べ終わった後に容器や箸を洗って持って帰ったようだ。

■それぞれの思いを乗せた列車が終着駅上野に到着

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 ニコニコ超会議号の乗客は、鉄道ファンが多いようにみうけられた。ある寝台の乗客に話を伺ったところ、1ボックス4人全てが鉄道ファン。しかも、わざわざ東京や埼玉などから、ニコニコ超会議号に乗るために大阪まで来たという。さらに理由を聞いたところ「ブルートレインが好きだから」や「珍しいルートを走るから」、「同好のひとたちみんなで盛り上がりたい」など、もはやニコニコ超会議号を移動手段ではなく、この列車自体を超会議のひとつのイベントとして参加している乗客が多かった。特に“カオス5号車”の乗客たちは、その傾向が強いようだ。そのため、寝台列車にも関わらず「寝るのがもったいない」と遅くまで隣の乗客と語り合っていたり、長岡駅や水上駅でのイベントに参加したりと、車内は普通の寝台列車にはない、お祭りの中にいるような独特の雰囲気だった。それを受けるように、前年から“恒例”となった野月氏の車内減光時のアナウンス「オハネのネはなんのネでしょう?寝るのネです。寝ろ!」という普段は車内で聞けないような面白いアナウンスも雰囲気を盛り上げていた。
 そして、列車は終着上野駅14番線に10時27分に到着。乗客たちはホームにつめかけた撮影者たちと一緒に名残惜しそうに列車を写真に納めていた。列車は10時40分に回送列車として発車していった。
 向谷氏は車内放送にて「来年もこの楽しいニコニコ超会議号を運行する流れを続けていきたい」と来年に対する意気込みを語った。既に超会議3の開催も決定しており、今年同様、来年も楽しいニコニコ超会議号を走らせて欲しいところだ。
 ちなみに、ニコニコ超会議号で使用された24系の編成は4月27日の夜にツアー臨時列車『寝台特急 鳥海号で行く青森・弘前への旅』に使用された。これは編成を所属している青森車輌センターへの返却も兼ねていたようだ。超会議号のあとは鳥海号で使うとは、何かのシャレだろうか?

●関連リンク
ニコニコ超会議2公式サイト

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