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2023年火星移住計画“MarsOne”は夢の話だろうか

2013年02月23日 10時00分更新

 10年後の2023年の人類火星移住を目指して宇宙飛行士募集を発表した民間火星入植プロジェクト『マーズワン(MarsOne)』が、2013年1月8日、いよいよ本格的に動き出した。現時点で想定60億ドルというコストは、オリンピックのようにプロセスを放送するライセンス収入や寄付などで集めるという。

 まずは、野心的ともいえるこの計画の、2025年までのロードマップを紹介しよう。

2011年――マーズワン設立。有人火星計画始動。

2013年――参加宇宙飛行士の選考を開始。最大40人の宇宙飛行士訓練をスタートさせる予定。選考基準は設けず、18歳以上で身体が健康で知的であること、8年におよぶ宇宙飛行士の訓練に耐え、火星を新たな居住地として目指す男女であれば応募できる。並行して火星居住施設の複製を、地球上の極限環境(寒冷地)に設置。施設の実証を開始するとともに、宇宙飛行士の訓練も行なう。

2014年――火星との通信用衛星打ち上げの準備開始。

2016年――1月から火星居住用の物資打ち上げをスタートし、同年10月には火星に到着。スペアパーツや太陽電池パネル、汎用物資など総計2.5トンを予定。

2023年火星移住計画“MarsOne”

2018年――火星居住地探査用ローバーを火星に着陸させる。地球~火星間には通信のタイムラグが最大40分あるため、自律性を備えたローバーとなる予定。地球では、その探査録画映像を24時間365日放映する。

2021年――全部で6機の着陸機が火星に到達。うち2機はインフレータブル型の居住ユニット、2機は生命維持ユニット(エネルギー、水、呼吸用の大気を供給)で、残りは食料や各種機器、スペアパーツを供給するサプライユニットを予定。さらに2機のローバーも火星に到着。地球上でそのようすを放映する。

2023年火星移住計画“MarsOne”

2022年――水・酸素・大気の準備が整い、いよいよ人類が火星へと出発する。9月には最初の宇宙飛行士(4名)がロケットに乗って出発し、地球低軌道に打ち上げた火星着陸機と連結。地球では、すべての段階を放映。

2023年火星移住計画“MarsOne”

2023年――最初の宇宙飛行士(4名)が火星に降り立ち、各ユニットを連結。食料生産ユニットを動かしはじめる。また、太陽電池パネルの組み立ても行なう。数週間後に5つの追加貨物が到着し、居住ユニットや追加の生命維持ユニット、3番目のローバーなどをもってくる。

2025年――第2陣となる4名が火星に到着。すでに到着している宇宙飛行士が完成させた居住棟に入り、科学探査や実験を開始する。同時に、HD映像の地球配信もスタートさせる。

2023年火星移住計画“MarsOne”

――以上が現在、予定されている計画の全容だ。

 マーズワン計画の驚くべき点は、地球帰還の予定されていない“入植計画”という点だ。燃料を搭載した帰還ロケットを火星に送りこみ、地球へ再突入させる技術の困難さ、また地球の38パーセントほどしかない火星の重力に適応した人間が、地球の重力に再適応して生きるのは難しい、という点を挙げている。

 最初のうちこそ火星居住チームは衣服やコンピューター、ある種の食物(チョコレートや紅茶コーヒーなどの嗜好品)の再供給便を必要とするだろうが、いずれ現地の材料で必要な物資を作り出せるようになるだろう、と述べており、完全に火星に根を下ろすことを目的としている。

2023年火星移住計画“MarsOne”

 すでに宇宙開発技術をもった企業数社とコンタクトを取っているようで、火星周回軌道上に投入する通信衛星には、ヨーロッパ版GPS計画“ガリレオ”の測位衛星開発が決定しているSSTL(サレー・サテライト・テクノロジー:英国の大学発超小型衛星ベンチャー企業)の名前が挙がっている。

 火星への宇宙輸送や火星着陸機の候補として挙げられているのは、米スペースXのファルコン9ヘビーロケットやドラゴン宇宙船(火星用はISS補給用より大型を予定)だ。

 ほかにも、2015年に月の氷探査ロボットを担う米アストロボティック・テクノロジー、アポロ計画の宇宙服やNASA火星着陸機のエアバッグ開発を担当したILCドーヴァー、カナダのMDA、生命維持装置のパラゴン・スペース・デヴェロップメント、欧州防衛・航空宇宙大手でISS輸送船ATVのカーゴキャリアなどを開発しているタレスアレニア・スペースなどが、協力企業として名前を連ねる。

 こうした既存の技術を使えば、今後10年という短期間でもあながち夢ではなさそうな印象を受けるが、人間の長期宇宙滞在に関する知見、技術は完全にそろっているとは思えない。

2023年火星移住計画“MarsOne”
(C)ESA

 2007年~2011年、モスクワの医学生物学研究所では、火星での生活環境が人体に及ぼす影響を調べようと、火星有人探査を目標としたユニークな実験『MARS(マルス)500』が行なわれた。それは閉鎖環境で6人の男性が520日間生活するというものだったが、結果、眠りが浅くなる睡眠障害が起きるといった報告がなされている。また、スペースシャトルで飼育したマウスを使った、地球帰還後におきる起立性低血圧障害の解明も始まったばかり。地球に帰還しないからといって、微小重力・低重力の環境に長く滞在する場合の体の変化を楽観視してよいということにもならないだろう。

 宇宙環境の最長滞在記録はロシアのポリャコフ宇宙飛行士で、437日間(約14ヵ月)滞在しているが、現在、宇宙飛行士はISS(国際宇宙ステーション)に6ヵ月程度と決められている。2015年からは1年間のISS長期滞在が始まろうというところ。当然ながら滞在は地球低軌道上で、問題があれば地上からの支援、地球への帰還も可能な場所での話だ。
 

 さて。専門家はどのようにこの計画を見るのだろうか?

 惑星科学、特に月や火星など、固体の表面をもつ天体の地質学を専門とし、旧NASDAで月探査計画『セレーネ計画』(かぐや)の立ち上げに従事、JAXAでは広報部にも勤務し、“はやぶさ”プロジェクトでは広報も担当された、会津大学の寺薗淳也助教に聞いてみた。

――マーズワン計画について、技術的な面での困難はあるのでしょうか?

寺薗:まず、大型のロケット開発、調達がかなり厳しいと思います。ロケットについては自前での開発をあまり明言していませんね。仮に自前で開発するとなると、どこかのエンジンを借りて組み上げるということになりますが、これは10年では厳しい。するとどこかのロケット技術を利用するということになるわけですが、単にロケットが打ち上がればいいというものではなくて、探査機、輸送貨物とのインターフェースが詳細に設計されていることも必要です。それが10年というスパンで可能なのか。さらに人間を乗せるとなれば、信頼性の点でのハードルは非常に高いものになるので、さらに厳しいものになります。

 また、ロードマップを見ると、かなり早い時期から大量の物資を打ち上げることになっています。3年後の2016年にはもう、火星に行くわけです。2016年に火星に2.5トンの物資を運ばなくてはいけないということですけれども、NASAの火星探査ローバー『キュリオシティ』は約900kgでした。この3倍近い物資を、火星の大気を通過して現地に無事に着陸させる。その技術開発だけでも相当に急がないといけないことになります。

2023年火星移住計画“MarsOne”
(C)NASA/JPL-Caltech

寺薗:物資を輸送する手段として挙げられているファルコン9ヘビーロケットも、まだ打ち上がってはいません。初期に起こる不具合をつぶすだけでも、どれだけかかるのかわからないわけです。スペースX社は、すでにISSに物資を運ぶ契約をNASAと結んでいて、こちらが優先になるでしょうから、どのくらい開発リソースを割けるかどうかもわからないですね。

――技術的な問題に加え、法的な問題も懸念されますか?

寺薗:民間企業が有人月惑星探査を行なう際の、国家補償、責任の分担、万が一の事故の際の連絡方法、こういったことはまだ法的になにもできていません。いったいどこがその役割を担うのか。また、帰って来ることを想定していないということは、命がけで行くわけです。いくら本人が承諾した、同意したといっても、それを国家として許すのか。火星で入植ができて生き続けられるという保証もないですし。

 また、加入メンバーが多国籍ですが、どの国が(最終的な)責任をもつのか。本拠地はオランダですが、打ち上げにアメリカのロケットを使うのであれば、アメリカなのか。また、立候補してきた関係者がそれぞれの国で許可を取るのか、といった問題は必ず出てくると考えられます。

 国が許したとしても、どこかの団体が差し止め訴訟を起こす、といった事態も十分に考えられます。たとえば、入植のために火星環境を変えてよいかどうか、という問題は、一国を超えて人類的な視野で考えなければいけません。法的、倫理的な部分で制限がかかる可能性は十分にあると思います。「自分がいいといったから、口を出すな」という理屈は通らないことが多い。それに対して十分説明を尽くせるか、という点は大きな問題になるでしょう。

――計画に参加する入植者、宇宙飛行士の身体にはどのような影響があると思われますか?

寺薗:“どういうコースを通って、何日かけて火星に行く”のか、明らかになっていないので、宇宙飛行士の身体にどれほどの負荷がかかるのか、という点はまだわからないですね。片道最短260日だとしても、8ヵ月以上、非常にストレスがかかるということになります。これまで地球近傍での宇宙長期滞在は約半年。1年を越える長期滞在が実現したこともありますが今回は非常に遠いところへ向かうわけですから。何かあった際のバックアップ体制はまったく確立していないようですし、まさに決死のミッションになりますね。

――もしも、それらの問題点を乗り越え、実際に火星に移住したとします。それによって人類の活動領域を拡大する、または惑星科学の知見が広がるといった“成果”は得られるでしょうか?

寺薗:月の場合は、事前に詳細な調査が行なわれているので、実際にそこへ行って調査する意義があります。火星もそうできれば理想的ですが……。

2023年火星移住計画“MarsOne”
(C)NASA

寺薗:現時点で、人間が火星に実際に行って、地質調査や生命探査を行なったとしても、それにどのような意義があるのでしょうか。この探査の場合、火星からサンプルを持ち帰るということは考えられていないわけですね。現地で調査するしかないわけで、それであれば無人探査とあまり変わらない気がします。現地で調査を行なったとしても、その場で何か判定する、評価するというのはなかなか難しい。

 地球上の地質調査でも、現地で採ったサンプルを持ち帰り、所属する研究機関で調べるということが必要ですから、やはり戻ってきて何かやるということが前提になると思います。現地で完結する調査というのは、客観性の面で若干、欠けるように思います。有人探査が可能性をもっていることは否定しないので、私は実際に人間が行くことに“期待”はします。しかし、命をかけて……となると、ちょっとためらってしまいますね。

 全体として、カミカゼ的な、特攻プロジェクトに近い印象を受けますし、一度、そういった特攻を行なって何事か起きた場合、後に続く有人探査計画にネガティブな影響を与えないか、という点も懸念されます。「命を賭けてでも自分たちは行くんだ!」という冒険家精神、勇気は尊敬しますが、それが後に「やはり火星は危ない、当面は有人探査は見合わせよう」といった意見になるのではないか。“水を差される”可能性もあるのではないかと思います。人間が行くのであれば、やはり“人を安全に帰還させる”ということが最優先です。

2023年火星移住計画“MarsOne”

寺薗:そもそも、そこまで急ぐ必要が本当にあるのでしょうか。たとえば2023年というタイミングで、“火星史上1000年に1度あるかないか”という現象が予定されているのであればまだわかるのですが……。“10年後に人間を送り込む”という目標に命をかけてよいものなのかどうか。もっと議論が必要だと思います。

――困難な点が多い計画、になりそうですね。

寺薗:ネガティブな反応にはなりましたが、「やろう!」という意思そのものは、私は買っています。うがった見方をすれば、“そのくらいしないと、火星探査に対する爆発的な関心を喚起できないのではないか”とも考えられます。アドバイザーの顔ぶれを見ますと、広島大学の長沼毅准教授などが参加されていて、宇宙開発の専門家というより極限環境の専門家が多いんですね。『MARS500』などもそうですが、実際に2023年に火星に行く、というよりも、そういった活動を通して火星探査への気運を盛り上げるということなのではないかと。世論へのある種の刺激なのかもしれません。

 欧米は今、火星探査に対してあまり追い風の時期ではありませんから。2023年、実際に火星に降り立たなかったとしても、今後の火星探査で一体何をするのか、という議論がより活発になれば、2030年代にアメリカが、また中国が検討しているような火星探査にしても、具体的な目標が決められていくのではないかと思います。国家が行なう火星探査計画のリファレンスモデルのような形になればよいのではないでしょうか。

――なるほど。どうもありがとうございました。

2023年火星移住計画“MarsOne”

 技術的、法的な側面でまだまだ困難が多いと思われるMarsOneプロジェクト。本計画そのものの成功よりも、その後の火星探査への刺激になればよいという視点は意外だが、多くの人が納得できる落とし所ではないだろうか。あとは、資金集めのためのメディア戦略に、その結論が馴染むことを願うばかりだ。

 週刊アスキーの本誌連載『2013年宇宙の旅 ~宇宙をちょっと知っちゃうコーナー~ 』では、毎週、知っているようで知らない宇宙の知識を、優しく読み解く記事を展開中です。ぜひそちらもお楽しみください。

■関連サイト
MarsOneProject
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