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皇帝がもっとも嫌っている部下から手柄を与えた理由――ビジネス寓話50選

2013年01月02日 22時00分更新

ビジネス寓話50選

 短い寓話からたくさんのビジネスのヒントを学べると好評の『ビジネス寓話50選』(アスキー新書)から、寓話を抜粋。本日は第4章「動かす」から。あなたはこの寓話をどう読みますか?

第39話 皇帝の論功行賞

 ようやく念願の天下統一を果たした漢の国の初代皇帝、劉邦(りゅうほう)は、手柄のあった武将たちに恩賞を与え、功績に応じて列侯(貴族)の位を与えようとしていた。

 ところが、大きな功績のあった20人あまりを列侯に封じたまではよかったが、その後は武将たちが自分の功績を主張し合うばかりで折り合いがつかず、話がいっこうに進まなくなった。

 そんななか、賢臣の張良(ちょうりょう)が劉邦に、「ある武将は列侯の位が与えられないことを不満に思っていますし、またある武将は自分は皇帝に恨まれていて殺されるのではないかと怖れています。そのせいで武将たちのなかには反乱を企む者もいるようです」と知らせてくれた。

 どうしたものかと頭を捻る劉邦に、張良は「あなたがとくに恨んでいて、そのことが世に知られている者は誰ですか」と訊ねる。

「雍歯(ようし)だな。あいつはかつて、この私を裏切ったことがある。いまはまた仕えてくれてはいるが、それでも私が雍歯を憎んでいることは、天下広しと言えども、おおよそ知らぬ者はいないだろう」

 それを聞いた張良は、「まずその雍歯を列侯に封じるべきです」と進言した。

 劉邦はすぐさま雍歯を什方侯という列侯の地位に封じた。

 それを知った武将たちは、「あの雍歯でさえ封侯されるなら、我々は安泰だ。もう心配することはない」と喜んだ。君主が偏りなく恩賞を与えることが示されたからである。

(司馬遷『史記』の逸話をもとに編者にて構成)


シンボリックな「実例」をつくろう

 劉邦は、多くの人材をうまく活かすことで、ライバルの武将であった項羽に競り勝ち、中国で最初の長期統一政権である漢王朝を建国した人物です。

 彼にはこんなエピソードも残されています。

 劉邦が、韓信(かんしん)という将軍と武将たちの品定めをしていたときのこと。劉邦が「わしはどのくらいの将であろうか」と訊くと、韓信は「陛下はせいぜい10万人の兵士を率いる将です」と答えました。劉邦が「ではお前はどうなんだ」と訊ねたところ、「私は多ければ多いほどよいでしょう」と答えました。韓信は、漢の天下統一に大きな功績のあった名将で、兵数が30万人でも100万人でも、うまく統率することができると自負していたのです。

 これに対して、劉邦が笑って「ではどうしてお前はわしの部下になったのだ」と訊ねると、韓信は「陛下は兵士を率いることができなくても、兵士を率いる将の将であることができるからです」と答えたと言います。優れたリーダーたちを束ねて彼らに活躍させる、「リーダーのリーダー」であるという劉邦の力量を伝える逸話です。

 このように人材の活用に秀でていたことで知られる劉邦ですが、この「論功行賞」の話に出てくる、武将たちの動揺の鎮め方もまたアイディアにキレがあります(考えたのは張良ですが)。凡百のトップであれば、「きちんと恩賞を与えます!

 いま事務処理で時間がかかっているけれど、公平に評価するのでお待ちください!」などと、言葉で納得を生もうとするでしょうが、劉邦(と張良)は、行為を見せることで納得させています。

 「いちばんキライなやつでもフェアに評価した」というシンボリックな実例を見せる。この実例を目にした武将たちは、「あれだけ嫌われている雍歯ですら、ちゃんと評価されているのだから、自分もきっと公平に評価されるに違いない」と感じ取ったわけです。これがムニャムニャと言葉で説得するだけだったら、これほど鮮やかに人の心を動かすことができたでしょうか。

 このように、実例でなにかを共有するという組織の動かし方は、ビジネスではとくにインナーブランディングやインナーコミュニケーションの領域で力を発揮します。

 ブランドの理念や思想は、抽象的な言葉で語られることが多いものですが、関係者全員がそれを頭だけでなく感覚も含めて理解し、思いをひとつにして行動できるように仕向けていくためには、言葉だけではなく、ある種の範となる「実例」を示すことが重要です。そのために、理想と言えるような実例を過去の活動から探し出して掲げたり、シンボリックなアクションを実施したりする必要があるわけです。

 そう考えれば、いまの時代のリーダーシップは、その「実例」の選び方、つくり方に表れてくるとも言えるかもしれません。

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