2012年11月24日22時00分

週アス回顧録:Final── そんな進行で週刊誌ができるのか?

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(週刊アスキー9月18-25日合併号掲載コラム『Scene 2012』を再構成しています)

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 『週刊アスキー』創刊前々夜の回顧録の4回目、ひとまず今回でひと区切りにしたいと思う。

 1997年春、会社からは何ら承認を受けたわけではなかったが、僕たちは『EYE・COM』(アイコン)の週刊化に向けてじわじわと進んでいた。まず最初に考えたのは進行のことだった。そう、シンコー。
 なにしろ週刊誌に関しては、まったくのド素人である。どういう態勢で、どんなルーティーンでつくればいいのか。まったく知る由もなかった。週刊ファミ通の編集部の状況なども教えてもらったが、ゲーム雑誌とは情報のサイクルも記事のつくり方も異なっている。いくつか参考になる話はあったものの、週刊のパソコン雑誌をつくるには、まだ物足りなかった。

 雑誌編集部において、進行というのは非常に重要な業務だ。なにしろ、時間にルーズ、約束を忘れる、金銭感覚が皆無という、およそ近代以前に生きているような輩に締め切りを守らせなければいけないのだ。社会契約の概念がない編集者に、締め切りの重要性を説き、仏様のような柔和な顔で原稿を催促し、地獄の王の厳格さでムチ、ローソク、電気あんまなどの責め道具を駆使して締め切りを死守する。まさにプロフェッショナル中のプロフェッショナル。進行業務の強化は急務だった。
 「そんな進行で大丈夫か?」
 「いちばん強い進行を……」

一般誌・週刊アスキーの創刊と惨敗

 一方、大きな懸念がいきなりもたげてきていた。それが、週刊アスキーだった。もちろん今の週アスのことではない。アスキー社として初めての一般週刊誌を出す、その名前が『週刊アスキー』だというのだ。えー、聞いてないよー。
 もともと『週刊EYE・COM』という名前で刊行するつもりだったので、週刊アスキーなる雑誌が創刊されること自体は問題ではない。ただでさえ財務的に脆弱な会社が、1年に週刊誌を2誌も出せるのだろうか。という懸念だ。これも今だから言えるが、'92年の入社以来、給料の遅配も経験していた。バブルの崩壊により、会社の財務状況が悪化したことくらい、平社員どころかアルバイトですら知っていた。もっともそんなこと誰でもわかっているのに、当時はそこそこ人気のある会社だったのが、アスキーの妙に凄いところなのだが。

 そんなわけで、'97年、新しい年度が始まったというのに、なかなか週刊化の議案を持ち出すことができないでいた。早まったかな。後悔という言葉がちらりと浮かんだ。
 '97年の5月末、一般誌としての週刊アスキーが創刊される。表4も表紙というダブルフェイスがウリ。表紙のビジュアルは松たか子。中身は……うーん目玉記事がないなあ。「美少年という癒し」ってどうなんだろう? 結局おもしろいのかそうでないのか、自分ではよくわからなかった。そして1週間後、衝撃的な数字が営業セクションから上がってくる。
 惨敗、と言っていい数字だった。あらら。次の号はさらに悪かった。この時点で、僕は年内の週刊化を諦めかけていた。このままいくと、一般誌の週刊アスキーはかなりの赤字になるだろう。ただでさえ財務的に苦しい会社が、もう1誌週刊誌を出すなんてあり得ない。オレの命運も尽きたか。ああ。

ついに『週刊EYE・COM』=『週刊アスキー』にゴーサイン

 それでもどうにかして週刊化したい! という熱意は冷める気配がなく、当時の唯一の理解者だった取締役のTさんに、週刊化プランについてことあるごとに語っていた。
 そんな折も折、忘れもしない8月の上旬のこと。本社の会議室に向かっていたとき、向こうから歩いてきたN社長とバッタリ。「あ、そや、あの週刊化の話なんやけどな、あれ、やってええで」、「えっ」。やっぱり4回で終わんないや、この話(笑)。

●11月25日開催のASCIIフェスで、週アス・月アス歴代編集長によるトークセッションをご用意しております(11時15分〜)。ご興味のある方は、是非お越しくださいませ。by ACCN

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