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映画『アベンジャーズ』制作に携わるILMの天才CGアーティスト山口圭二氏インタビュー

2012年08月10日 13時00分更新

 8月14日から公開される映画『アベンジャーズ』は、アイアンマン、キャプテン・アメリカ、ソー、ハルクといったヒーローが集結して共通の敵と戦う、夢の企画である。

 歴代の全世界興行収入第3位を記録しているだけでなく、作品としての評価も極めて高い。世界観の異なるキャラクターをうまくまとめ上げ、それぞれに見せ場を与えることに成功。最終的に皆が力を合わせることの重要性を高らかにうたいあげ、実に明るく爽やかな印象を残す映画作品に仕上がった。

アベンジャーズ
『アベンジャーズ』TM & © 2012 Marvel & Subs. 8月14日(火)3D・2D公開

 CG/VFXの技術的にも、膨大な物理シミュレーション計算を必要とする“破壊”や“水”の描写がふんだんに登場し、それらを手掛けた会社は、主な所だけでもILM、デジタル・ドメイン、ウェタ・デジタル、スキャンラインVFXなど、世界の第一線プロダクションばかりだ。

 特筆すべきは、S3D(立体視)のクオリティーの高さである。本作は通常どおりに2Dで撮影し、S3Dに変換したもの。いわゆる“なんちゃって3D”と揶揄(やゆ)されがちの手法なのだが、立体感は完璧で、言わなければ気付く人は誰もいないだろう。いやそれどころか、最近公開されたばかりの、2台のカメラでステレオ撮影された某アメコミ・ヒーローの3D映画よりもすばらしい立体感に驚くはずだ。この驚異の2D/3D変換を成し遂げたのは、『タイタニック3D』を手掛けたステレオD社で、『変換はステレオ撮影に劣る』という、古臭い迷信を完全に払拭した。それどころか、ステレオ撮影によるさまざまな制約から解放されたぶん、非常にダイナミックな映像が実現されており、この手法の優位性を立証している。

アベンジャーズ

 今回インタビューさせていただいた山口圭二氏は、1980年代初頭から活動していたCGプロダクションのひとつ、トーヨーリンクスでCG制作を開始し、渡米してデジタル・ドメインへ。『タイタニック』(1997)では、船上にいる乗客たちをCGで表現するという、当時では画期的な手法に挑戦した人物だ。その後、より高いレベルのキャラクターやクリーチャーの表現を目指してILMに移籍し、『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』(2002)、『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』(2006)、『トランスフォーマー』(2007)、『アイアンマン』(2008)、『トランスフォーマー/リベンジ』(2009)、『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』(2011)、『ランゴ』(2011)などでクリーチャー・デベロッパーを担当している。次回作は、ギレルモ・デル・トロ監督の本格的怪獣映画『Pacific Rim(パシフィック・リム)』(2013)。

――『アベンジャーズ』では、どの部分を担当されているのでしょうか?

山口: 僕の担当は“クリーチャー・デベロッパー”ですから、モデルをリギングし、さらにチューンナップしてアニメーターに渡すパートですね。

――読者のために説明すると、モデラーが造形したコンピューター内の“キャラクター”に、アニメーターが操作できるようにするための骨格を入れ、表皮を構成する各頂点がどのボーンに追従するかを指定する作業“エンベロープ設定”を行なう、ということですか?

山口: そうですね。ただ僕はそれだけじゃなく、メインのアニメーションにセカンダリー・アニメーションを加える、テクニカル・アニメーションのパートも受け持っています。

――つまり、キャラクターの演技に、プロシージャル(手続き型)アニメーションや物理シミュレーションなどを付加していく仕事ですね。

山口: そうです。正確には、それらも含むという感じですね。今回僕はトランスフォーム(変形)部分も受け持っていて、『アベンジャーズ』でいえば“アイアンマンのスーツの脱着シーン”がそれに当たります。カプセルが変形して、スーツになる場面ですね。この作業は、ほかに2名のアニメーターも参加していて、ある程度難しいことを言っても理解してくれるスタッフでした。なかには、テクニカルな話が一切通じない純粋なアーティストもいるのですが、そういう連中ではありませんでした。

――アイアンマンの動きは、俳優の演技を基本としていますよね?

山口: そうです。ロバート・ダウニーJr.の演技がベースで、それに付随するアニメーションを加えていくカタチでした。

――最近はスーツや特殊メイクで表現できそうなキャラクターでも、CGで描くことが多いですね。アイアンマンなどは実際のスーツとCGを、どう使い分けているのでしょうか?

山口: アイアンマンのスーツは、全部“リファレンス用(照明や質感の参照用)”ですね。画面に写ったものは、全部消してCGに置き換えて。というのも、まわりのセットもCGなので、位置合わせがたいへんになってしまうんですよね。

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"Marvel's The Avengers"..Iron Man (Robert Downey Jr.)..Ph: Industrial Light and Magic ..© 2011 MVLFFLLC. TM & © 2011 Marvel. All Rights Reserved.

――『アベンジャーズ』では、どんなCGツールを使いましたか?

山口: モデリング、リギング、アニメーションまでは『Maya(Autodesk社製のCGソフト)』で、レンダリングとライティングは『Zeno(ILM独自開発のソフト)』と『RenderMan(ピクサー・アニメーション・スタジオ製のレンダラー)』です。あと『Arnold(Solid Angle社製のレイ・トレーシング・レンダラー)』も少し使ってますね。まだシェーダーが十分そろってないのですが、次回作の『Pacific Rim』では本格的に使う予定です。

 『Zeno』でグローバル・イルミネーション(物体の照明を求める際に、環境の影響も考慮して計算することで、非常にフォトリアルな映像が得られるレンダリング技法)をやると非常に手間が掛かってしまうけど、『Arnold』だと簡単なので、そっちでやろうということです。ただ『Arnold』は、まじめに計算しすぎているような気がしますね。『RenderMan』の嘘グローバル・イルミネーションぐらいのほうが、逆にリアルに見えるのは僕だけかな(笑)。

――ILMでは新たなスキンシステム※を開発したと聞いています。『アベンジャーズ』でも使っていますか?
※キャプチャー・データをベースにして、キーフレームでブラッシュアップし、さらに筋肉シミュレーションを加えるシステムのこと。

山口: いや、筋肉シミュレーションだけじゃ絶対うまくいかなくて、ハルクなんかものすごく手直ししているんですよ。たとえば、アニメーションのデイリー(試写)をやりますよね。そういうときって、アニメーターは“動き”しか見ていないんですが、僕は輪郭にも気を使うんで、「ああ、モデラーが直さないといけないんだろうな」と考えています。すると案の定、形とかを大量に直すことになります。筋肉がぶつかったあたりが壊れたりしますから。

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山口: エンベロープ設定(表皮を構成する各頂点がどのボーンに追従するかを指定する作業)も、骨に対して皮膚が何%動くとかですよね。僕はよく「一所懸命にペイント(『Maya』でマッスルのウェイトを色指定する作業)なんかするな。ただ直しやすいように、スムーズに動かせるようにするだけでいい」と、スタッフに言います。だって、あんな簡単なアルゴリズムだけで人間の複雑な動きは表現しきれません! “実際の人間の背骨がここにあるから”という単純なものではなく、もっとボーンを身体の中央寄りに入れるとか、たとえばアイアンマンなどは“ここにも背骨、ここにも背骨……”と、いくつもリギングを加えています。

――ほかのキャラクターには、どんな手法を使っているんでしょう。たとえば『iMoCap(専用の赤外線カメラ群などを必要とせず、一般的な環境でモーション・キャプチャーが行なえる、ILMが開発したシステム)』などを使ってますか?

山口: 僕はやってないですが、アニメーターの人たちは頻繁に使ってました。自らAビルディングの地下にあるスタジオに行って、自分自身の演技をキャプチャーして、それをすぐにキャラクターのアニメーションに利用するというやり方です。特に、クライマックスで数多く登場する異星人のキャラクターは、ひたすら量産が必要なので、手付けでアニメートしていたのでは間に合わないのですね。そうしてキャプチャーしたデータのタイミングを調整して、さらに煮詰めていくという手順です。ハルクなどもキャプチャー・データは取っていると思いますが、主に“フェイシャル・キャプチャー(表情のモーション・キャプチャー)”用ですね。

――ILMにはサンフランシスコのスタジオと、シンガポールのスタジオがありますが、両チームで作業分担するんですか?

アベンジャーズ

山口: 実際にしていますね。僕の担当カットでも、ひとつのシーンで、ガラスの割れるシミュレーションなどはシンガポールのチームにお願いしています。

――山口さんは、デジタル・ドメインからILMに移られて、割とすぐにクリーチャー制作で頭角を現わされましたよね?

山口: “ムカデ(『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』で寝ているパドメ・アミダラを襲う、コーハンと呼ばれる小型ロボット)”がうまくいったので、しばらく気持ち悪いものばかりやらされることになりました。こういうものが得意な人がほかにいなかったのでね。たとえば『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』に出てくる“クラーケンの触手”とかですね。

――ああ、なるほど。

山口: それと同時に開発していたのが、どんな人が来てもすぐに使える、“基本となるモデル”。たとえば、ベースとなる猫のモデルを用意しておけば、そこからライオンやヒョウ、さらに犬にもできます。そうやって馬や人間などを用意して、システム化しました。それらは今でも改良を続けていますが、各ボタンを押せば誰でも操作できるわけです。しかし、あまりにも規格外の形状……たとえば背中から腕が100本生えているようなデザインだった場合、イチからモデルを作らないと対応できないわけですよね。でも僕らは、コンピューターグラフィックスの初期から携わっていますから、イチから作れるでしょ。たとえソフトウェアがなくても、そこから作ってやろうと思いますよね。

――お互い日本のCGの創世記から、この業界にいますものね。

山口: そうですよ。だってMayaみたいなソフトなんてどこにもなくて、方眼紙にカーブを描いて、その座標のXYZをワープロみたいな書式で打ち込んでいた時代です。スタイラスペンが使えるシステムが家一軒買えるくらいの値段で、しかもカーソルがピンピン跳ね回るような精度でしたしね。

――山口さんから見て、『アベンジャーズ』の出来をどう思いましたか。

山口: 話のまとめ方がうまいなと感心しました。あれだけまとまらない連中を集めて、ずっと殴り合いばかりしているのがおかしいし、それなのに最後はちゃんとまとまっているという点がうまいですよね。

――次回作の『Pacific Rim』は、待望の“怪獣モノ”ですね。

山口:『トランスフォーマー』の仕事が有名になって、ずっとロボットばかりやらされるようになったんですが、やっぱりどうしても怪獣をやるのが夢じゃないですか(笑)。でも『Pacific Rim(パシフィック・リム)』は怪獣とロボットが闘う話だから、結局人手が足りなくて、今ロボットのほうも作ってます(笑)。
 

アベンジャーズ

【STORY】史上最大の敵による地球侵略に立ち向かうため、 “最強”の力を持つヒーローたちによる“アベンジャーズ”が集結。それぞれの巨大な力ゆえにチームとして戦うことを拒む彼らは、地球を救うことができるのか…?

原題:The Avengers   監督:ジョス・ウェドン 
出演:ロバート・ダウニーJr./クリス・エヴァンス/マーク・ラファロ/クリス・ヘムズワース
スカーレット・ヨハンソン/ジェレミー・レナー/サミュエル・L.ジャクソン
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
TM & © 2012 Marvel & Subs. 

■公式サイト:Avengers-movie.jp
■Facebookページ:https://www.facebook.com/AvengersJP  
8月14日(火)公開(3D・2D)

【8月10日17:40 追記】映画『アベンジャーズ』で今回、山口圭二氏が担当したのはクリーチャーではなくアイアンマンのスーツ着脱シーンとなります。そのため、記事タイトルを一部修正しました。

■関連サイト
Industrial Light & Magic
 

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