【後編】クランチロールCOO ギータ・レバプラガダ氏ロングインタビュー
日本アニメだけで有料会員数1200万人突破した「クランチロール」が作る未来
■100近い国と地域で配信価格を値下げした理由
―― では、ファンやコミュニティーを育てることについて、現在見えている課題はありますか。たとえば今、ソニーグループでも力を入れているインド市場。御社でもヒンディー語、タミル語、テルグ語での配信が始まっています。とは言え、インドは多民族国家で宗教なども多様です。映像の表現規制も多く、海外勢の参入障壁が高いと言われています。どのような形でファンやコミュニティーを育てることができると思いますか。
ギータ 規制が多いのはインドだけではなく、さまざまな地域で存在する問題です。たとえば中東も規制が厳しいです。私たちも世界中で展開しているので、それは常に案じながら進めています。
ただ、規制があるからといってプラットフォームが成長しないわけではありません。ファン自体のデマンド(需要)は高いと思っています。
テレビや映画、配信などほかのプラットフォームもありますし、インドの各地域の人たちはアニメに対する理解・認識が少しずつ高くなってきています。規制が強いということはそこまで心配していません。
課題は、ほかのところにあると考えています。
―― 規制以外にどんな課題があるとお考えですか。
ギータ そもそも「配信」というサービス自体が持つ壁です。「テレビ番組と違うどんなバリューがあるのか?」ということがまだ浸透していません。そのバリューを提供することにチャレンジしたいです。
実は昨年(2022年7月)、クランチロールは100近い国と地域で配信価格を値下げしました。。また、視聴する端末を問わず、現地通貨で一貫した価格を提供するようにしています。
―― インドの顧客単価は、ひと月で映画なら200円前後、配信では100円くらいと聞いたことがあります。そこまで顧客単価が低い地域でも成立するのでしょうか。
ギータ なるべく多くの人にお求めやすい価格というものを決めて展開していきたいと思っていますので、価格は常に意識しています。
クランチロールが自分勝手に価格を決めていけるというわけではなく、さまざまなサービスに市場価格があり、それらの指標を加味した上で適正価格が決まっていくものです。世界は経済も景気も常に変わっていくので、その動向を見ながら適正価格を調整し続けていく必要があります。
けれども、今回は正しい値下げをしたという自信を持っています。
―― それはどういった点で正しいと思いましたか。
ギータ その国の多くのファンにとって求めやすい価格にすることで、“価値がある”と感じてもらえる提供ができたからです。それによってファンが増えるのです。
■インド市場とアニメ
人口が多いインドは市場として世界中から注目を浴びている国の1つだ。だがインドでは表現規制も多く、海外からの映像作品が公開されることは少ない。
日本アニメはキッズ向けの『ドラえもん』やインド人気の高い『おぼっちゃまくん』がTV放送されている(2013年にCartoon Network Indiaで初放送され人気を博す。アニメの版権はテレビ朝日が持っているが、2021年にソニーが「インドTV放送権」を取得。ヒンディー語やタミル語など多言語で放送されている)。
ただし、ティーン以上を対象とする日本アニメ作品となると、『天気の子』『NARUTO』『ONE PIECE』など数タイトルに限られる。新海誠監督の『天気の子』はインドで5万人の署名を集めたことでようやく公開が実現した。日本アニメ普及への道のりはまだ遠いようだ。
■ファンとクリエイターが共存できるアニメのエコシステムを作りたい
ギータ なお、インドに限らず各地域の規制に関しても視聴データという形でクリエイターにフィードバックしています。
―― その結果、各国向けに“配慮”した作品を作り始めることで、日本アニメが持つ多様性が失われる可能性もあります。
ギータ 私たちがいちばん大事にしているのは、最終的にはクリエイターの意志です。彼らが伝えたいことを尊重して守りたい。クリエイターの方々には“表現でインパクトを与えたい”という考えがあると思います。
ただ、各地域のルールや規制の内容をあらかじめ“知っておく”ことは大事だと思っています。知った上で“あえてクリエイティブな選択肢を取る”というのも、1つのインパクトの与え方としてはあると思っていますので。
―― 情報として規制の内容を知ってもらいつつ、最終的な判断はクリエイターなどアニメ制作側に任せるということですね。
ギータ クリエイター側にとって益となるように印税や視聴データをシェアすることと、その国や地域の人が受け入れられる表現を知ってもらうこと、その国のファンにとって求めやすい価格にすることは、根底では同じ意味でつながっていると考えています。
アニメの作り手も、ファンも、両方が成り立つことで互いに“共存”できるんです。持続可能なアニメのエコシステムを作りあげていきたい。それが私たちの目標であり、これからも挑戦していきたいことです。
〈前編はこちら〉
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