ロボットによる接客のメリットを考えてみる
この現象をもう少し掘り下げて考えてみるために、服を買いに行くシーンを想像してみよう。
おそらく、スタッフがどんな人物であるかは、購買の意欲に影響を与えるのではないだろうか。例えば、好みのファッションセンスのスタッフ、「こんな風に服を着こなせたら、かっこいいな」と思えるスタッフが、「この色を入れると、少し落ち着いた雰囲気が出せますよ」と言えば、その言葉は説得力を伴う。ところが、あまり好みではないファッションスタイルのスタッフが、同じことを言ってきた場合、どうだろう。多くの人は、「へえ、そんなものか」とか「この人とはちょっと趣味が違うっぽいからなあ」あたりの認識を持つのではないだろうか。
私たちは、無意識のうちに、あるいは意識的に、対面している人物からの影響を受け、購買への意欲や、商品への興味を増減させていると考えられる。これはまさに、肥沼 芳明氏のいう「勘」とか、「人の感情」といった概念にも通ずる部分ではないだろうか。
上記を加味して考えれば、ロボットによる接客は、対面している人物の影響を受けず、純粋に、商品の魅力を主体とした対話が生まれ、物を購入するための会話の流れにフォーカスできるため、人とのやり取りでは無意識に感じる(可能性がある)ストレスが排除され、結果、ある種の心地よさが生まれたということになると思う。
遠隔接客スタッフという新たな仕事が生まれるか
ともかく「ロボットを通じて遠隔で接客ができる」という仕組みは、なるべく人と接触する機会を減らしたい現在の時勢にも合っているし、実際に体験してみて、街中でロボットが接客しているのを当たり前に目にする時代も、そう遠くないうちに訪れるかもしれないという感想を抱いた。
ここで言いたいのは、「人による接客がロボットに置き換わっていくのが理想的だ」ということではない。ロボットを通じた接客のにはメリットがあるが、やはり、人による接客には人による接客の魅力があり、そこにしかない喜びが存在している。リモート会議は便利だが、対面で人と話すときの雰囲気やボディーランゲージ、細かな表情の変化が、想定していた以上の成果に結びついたり、思わぬ価値を生んだりするケースがあるということと同じだ。対面で接客を受け、顧客は会話の雰囲気まで含めた購買体験を楽しむという文化は、人が長い歴史の中で築いてきた、豊かで美しい社会生活の一部であると思う。
重要なのは、この研究が進み、遠隔で接客をするという新たな手法が確立されれば、それが、将来の雇用の創出や、新たな働き方の選択肢になり得るという点だと思う。
つまり、「人と話したり、情報をわかりやすく伝えることは好きだが、人前に立つことは好きではない」といった人や、「さまざまな事情で、店頭に立つスタッフとして働くことは難しいが、接客業に従事したい」と考える人も、ロボットを通じた接客スタッフの職に就けるようになるということである。
もう少し想像を膨らませてみよう。社員の中でも特別にベテランのスタッフがいて、経営層は、そのスタッフには、なるべく多くの店舗で指導にあたってほしいと考えているとする。
従来は、一定のスパンで転勤してもらうか、出張という形式で、日程を調整して、特別講座を開くといった手法を取るしかなかった。だが、ロボットを通じた遠隔接客の手法を流用すれば、午前中は東京の店舗で、午後は大阪の店舗で、夜には福岡の店舗で指導にあたるといったことも可能になる。
あるいは、ロボットを名物店員・お店のマスコット的な存在として捉え、専用のシフトを組んだ上で、複数のスタッフが持ち回る形でロボットを操るといったこともできるだろう。人の役割を置き換えるというより、新たな価値や役割を付加できるといったイメージだ。
ちなみに、すでに都内では、外出困難な人がロボットを遠隔操作して接客を行なう「分身ロボットカフェDAWN ver.β」という常設実験店舗がオープンしている。接客にロボットを掛け合わせて、これまでにできなかったことを実現しようという考え方が、世の中に浸透しはじめている実例と言えるのではないか。
こういった原稿を書くとき、ひと昔前は、「いずれそんなことが実現されるかもしれない」という、半分SF的な意識を持って書いていたように思うが、今回の取材を経て「ロボットとの共生は、もはや現実である」ということを改めて強く体感した。PRENOのDX自動販売機と、ロボットによる遠隔接客という組み合わせという今回の取材対象も、実証実験ではあるものの、「実用化するとすれば、どのような手法を用いた場合に最大限の価値を生み出せるのか」という、具体的なチューニングの段階に足を踏み入れているようにも思える。
アクセサリーを買おうと考えたとき、「ロボットと会話をして買う」という新たな選択肢を私たちが日常の景色として感じる未来は、もう間もなく手が届きそうな、すぐそばまで来ているのかもしれない。
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