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テルマエ・ロマエの次作が、よくは知らないジョブズの漫画になったワケ|Mac

──「Kiss」という、少女漫画の月刊誌の中でスタートしたというのが特殊だと思いました。

 最初、私も言ったんですよ「ここでやるの?」って(笑)。でも結局、掲載される媒体がどこかじゃなくて、単行本化されることが最終的なかたちなんです。そして、担当者が元々私がデビューしてからずっと近くにいた人で、彼女がものすごくプッシュしたところもあるようなので、私としてはどこでもいいよという感じですね。
 ただ、海外の反応がすごくて、第1話が出たときにTwitterのTLが「うわぁーっ」と盛り上がったんです。媒体の反応も多くて、東村アキコさんの表紙画像と「なんでこんなところで!?」というコメントが必ず入っていましたね。続いて、ところがどっこい、その漫画はみなさんが想像するような「髪の毛がとんがっていて大きな目」の漫画ではない、と書いてあるんですよね。そして、すごくナチュラルな写実的なジョブズになっているのだが、どうしてこの雑誌に掲載されているのかなはわからない、と(笑)。新鮮だしいいじゃないですか。
 ジョブズ自体がボーダーレスなことをやっているのだから、この漫画だってどこでどう展開してもいいんじゃないかなと思います。そしてこの漫画は、海外でも読まれているでしょうね。それがあるから、私も日本受けするだけの漫画を描いてちゃいけないと思いますね。

ヤマザキマリ先生インタビュー
講談社「Kiss」の公式サイト。新連載が開始した5月号の表紙はこんな感じでした。

──ジョブズの功績をそれほど知らない若い世代も、漫画だと読みやすいし知っていくと思うんです。

 描いていて思うのですが、ジョブズは特に男の子のみんなが経験したことをやってきている人だと思いますね。機械に興味があったりとか、ひねくれたりとか、葛藤があったりとか。そして大人になってもずっと機械が好きで、ウォズニアックがいるからこそ自由な発想が守られている。そういう意味では、読めば感情移入できる人たちは年齢に関係なくいると思います。
 これまでも偉人伝的な漫画があったと思うんですけど、それらとは違いますよね。ジョブズはついこの間まで生きていて、そんな中で最も忘れてはいけない存在感を持っていた人です。リアルタイムに漫画というものがある世代に生きていた人ですから、そこは共鳴しやすいというか、紙の上で動かしていてもそう思いますね。

 昔の人だったら、私の漫画を見て動揺するかもしれないけど、ジョブズだったら漫画という媒体に対しても好意的に向かい合ってくれたと思います。新しいもの好きなだけでなく、Pixarのような先端技術のアニメーションにも携わり、そして日本の文化に興味があって……。日本というのは彼にものすごく影響を与えているのは確かですから、私が日本人である以上、アメリカで発売されているジョブズの漫画とは違うものになると思います。漫画というものは、日本では特に支持されているものですからね。漫画のプロフェッショナルである以上、そこはきちんとジョブズのことを伝える担い手にならないといけないなと責任を感じています。

この作品ならではの機械の描写などについて制作現場の様子を語っていただきました

──漫画のための原作ではないので、大変な部分も多いのではないでしょうか?

 どこどこでこんな機械を見た、というものが原作にあっても、漫画にしたときに適当な機械を描けないわけですよ。例えば、ヒューレット・パッカード社で1号機の何々をジョブズが見たといっても、それは想像で描けませんからね。調べるだけで2時間はかかる大変な作業になります。機械を描いたりするのは、そういうのを描くのが得意な方(同業者の友人)に頼んでいます。どうしても見つからない機械もありますよね。'60年代などは、資料もないんですよ。携わった人たちの写真も残っていないので、そこは想像で描くしかありません。

──今後、開発前のiPhoneなども描かなくちゃいけないようになってきますよね。

 そうですね。そして、描かなきゃおもしろくないですし。そこは、うちの息子だったりお手伝いしてくれる友人達と話をしながら進めていくと思います。やっぱり、機械萌えしてくれる漫画にならないといけないと思っているので……。ジョブズの人となりも大切ですが、機械が出てきた場面でときめいてほしいというのもあります。だってジョブズがときめいたものなわけだから、それは読んだ人にもときめいてもらわないとって思うんです。
 それが文章だと、読んでいる人は「へぇ~、そんな機械があったのか」で終わってしまうんですよ。機械は目で見ないと伝わらないでしょう。1話目で出てきた「ヒースキット」なんて、文で読んでも、そういうものがあったんだなってページをめくっちゃうわけです。でも漫画では、なんでヒースキットにジョブズがそこまで入れ込んだのか、というのがわかるくらいまで描いていただくわけです。女の子だったら「超べっぴんさんでボイン」みたいに描かなきゃいけないわけですよ。それは、すごく描き応えのある作業だと思います。

 機械に関しては、私の下描きの粗いものをお手伝いしてくださる方々にメールで送るんです。そして、写真を添付して「これは描けそうですか?」ということを聞きます。すると彼らは受け取った写真でも納得がいかないものがあると、彼らでまた綿密に探して描いてくれる。話の大筋やジョブズの人となりは私がやりますけど、機械のとらえ方は周りの、もっと機械にシンパシーのある人たちに任せています。

 私はなんでもフリーハンドで描いてしまうんですけど、機械はフリーハンドじゃダメなんですよ。ダメってわけじゃないですけど、機械の持っている魅力が、フリーハンドだと出てこない場合があります。すっごくマニアックな描き込みをしてくれないと出てこないおもしろさってあるじゃないですか。
 そしてそれを描いてくれているのは、「テルマエ・ロマエ」(以降「テルマエ」)でも手伝ってもらった友人の漫画家さん達です。まぁ、テルマエがマニアックな漫画なので、あれに付いてこられているのだから大丈夫だと思います(笑)。テルマエを読み込んで、今回のジョブズを読んでくれる人がいたら、わかるかなと思いますね。凝り方の方向性はすごく似ているし、シンクロする部分はあります。

 テルマエは銅版画的にしたかったというか、すごく絵画的なクラシカルな演出をしたかったんです。だから、描き込んで表現しなくてはいけない。でも、ジョブズはミニマリストですから、そこは変えなきゃいけないし、描き込みたくなってもやめなきゃいけないと思っています。背景はあまり描かないけど、機械だけはみっちり描いてもらうと、ほかにゴチャゴチャしたものがないぶん、すごくインパクトが出ます。ひとつのところに焦点がバッと集まるようにしたい。アップルの製品がそういうものだと思うし、漫画もそうしないとジョブズが気に入ってくれないでしょう。
 文章をどのように漫画にしていくのか? ということではなくて、漫画でしか表現できないことを描いていくんです。映像化ともまた違います。ただ単純にリアライズすればいいわけではなく、絵にしなくちゃいけない。絵というのは、人が脳みそを使って読み込んでいくものですから、それは文章を読むのとは違う脳みそを使うわけです。そこをうまく操作すれば、読み手も楽しめる作品になりますね。

一見全然違った雰囲気に見える「テルマエ・ロマエ」との意外な共通点について

──テルマエは話がおもしろく膨らんでいきますが、スティーブ・ジョブズは原作があるので、そのあたりの感覚がちょっと違ってくると思いますが。

 それが、テルマエも結構大変なんですよ。ルシウスという主人公が起こすおかしな出来事は想像ですが、そのほかの部分はすべて史実に忠実じゃないといけないと思っています。どんな歴史考証家からも「ここおかしいだろ」と言われたくないので……。そこはすごく研究しているし、私自体がそういう漫画を描くのが好きなのかもしれないですね。完全な創造物というのではなくて、自分が見てきたもの、経験してきたことを内臓処理して消化しながら結実したひとつの化学変化を探す──ような。だから、ジョブズを描いているときとテルマエを描いているときは、感覚的にすごく似ています。

 ルシウスは存在しないけれども、古代ローマにお風呂というものはあったし、浴場専門の建築技師という職業もあり、ハドリアヌス帝という人もいて、その時代とシンクロさせて動かしています。また、家屋などもすべて想像ではなくて、どんな建築家や歴史考証家が見ても「ここは変だろ」と言われないようにして描いています。
 それはいまのジョブズにおける、機械とつながると思います。幸い、私を手伝ってくれている方たちが、ジョブズのいた時代が好きで、メカニックなものもが好きで、どちらかというと理系の人たち。ジョブズは理系と文系の間にいる、というのはアイザックソンさんがテーマとして書いていますが、彼らはまさにそういうタイプなんです。絵というのはアートですよね。でも機械などの細かいものを描き出すと、こだわって描き込んでしまうところなんかとても理系的。そうした人たちと一緒に作業を進めていくことができれば、変な努力をしなくてもジョブズの人となりというものが見えてくると思います。

──ジョブズの製品作りにも通ずる部分だと思いますので、もし生きていたらこの漫画を賞賛したでしょうね。

 最初の読者はジョブズだと思いながら描いています。描きながら、彼をこう描いたら怒られるかな? とか、こう描いたら気をよくするかな? とか……。だから、いろいろ世間に出回っているジョブズのイメージをちょっと変えたいですね。ハニカミジョブズなんてのは、みんな知らないでしょうから(笑)。

 Macという製品は特殊ですよね。アートとサイエンスが融合してできていると、ジョブズが言っています。例えばレオナルド・ダ・ヴィンチもそうだったように、科学とアートの融合があって、その間に立っている人間というのはおもしろいですよね。ジョブズというのは、現代のそういう象徴のような人であると思います。人間の持っているスキルとして、どちらかに偏らないというのは、とてもバランスがいい。その中で審美眼を持っていて、うまく動かせていたのがジョブズなのでしょう。

──最後に、MacPeopleの読者に向けてメッセージをお願いします。

 原作本や映像では表現できない、漫画ならではのジョブズというものがあると思います。これは、私が描きたいというより、「ジョブズが見たらどう思うだろう」という中で描いている作品です。もちろん、敬意を払いながら、彼がやってきたことに対してリスペクトを持って描いています。

 だから、Mac好きなみなさんの反応というのは、いちばん気になるところではありますね。この漫画を読んで、ジョブズという人間の新たな見方が出てくると私はうれしいです。いちばんの読者になるのは、Appleやジョブズが好きな人たちなので……。それに、我が家にひとり、うるさい人がいますからね(笑)。

(4/21 23時50分:一部、内容を追記修正しました)

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