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ロシアW杯で新たに導入された「試合を丸裸にする『カメラ』」の役割

 熱戦につぐ熱戦が続いたサッカーの2018年ワールドカップ・ロシア大会。今大会から、選手のプレーとともに、ゴールや退場などに関わる重大な誤審を防ぐ目的で新たに導入されたビデオ判定システム「VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)」に注目が集まっていたが、もうひとつ、今大会から導入されたシステムがあるのをご存じだろうか。

 それは「リアルタイムのデータ活用」のシステム。国際サッカー連盟(FIFA)は、試合中の選手やボールの動きをトラッキングするためのカメラをスタジアムに設置。そこから得られたデータは、すべての参加チームに配布されるタブレット端末へリアルタイムで送られ、アナリストによる分析のために使われるという仕組みだ。

Player stats tablets to be used at the 2018 FIFA World Cup Russia」(関連サイト)

 このシステムの特徴は、FIFAによる公式データが試合中に提供され、リアルタイムで分析できる点にあるが、2014年開催のブラジル大会ですでに、独自のデータ分析システムを駆使していたチームがある。世界的なソフトウェア企業であるSAPと共同でシステムを開発したドイツ代表チームだ。ロシア大会はまさかのグループリーグ敗退となってしまったドイツ代表だが、前回のブラジル大会ではみごと優勝という好成績を収めている。

前回W杯でいち早く導入し、成功をおさめたドイツ代表

「ドイツサッカー連盟(DFB)とSAPがデータ活用の取り組みを始めたのは2013年のことでした。共同開発した『SAP Match Insights』というシステムでは、フィールド上の全選手とボールの動きを高精細なカメラでトラッキング。選手の位置や走行距離、スプリントの回数、選手同士の距離といったデータを取得可能でした。このデータを分析した結果は、試合後に監督や選手たちに共有され、チームのパフォーマンスを向上させるために活用されました」

 こう説明するのは、SAPジャパン株式会社 ソリューション統括本部 エンタープライズ・アーキテクト兼スポーツ・イノベーション推進担当の佐宗龍氏だ。

SAPジャパン ソリューション統括本部 エンタープライズ・アーキテクト 兼 スポーツ・イノベーション推進担当 佐宗龍氏

 佐宗氏はSAPジャパンでスポーツビジネスの立ち上げを担当し、サッカーや野球のデータ分析のほか、バレーボール全日本女子チームをサポートした経験も持つ。

 SAP Match Insightsは、試合映像とデータを紐付けることで、パフォーマンス向上のポイントや課題などを選手たちにわかりやすく伝えることを目的としていた。分析担当者は、試合映像の任意の時点(たとえば前半30分など)にタグを付け、走行距離やパス成功率など、その時点での選手の各種データを提示。それを活用して、監督やコーチがチーム戦術に落とし込むための指示を選手に与えるという流れになっていた。

元ドイツ代表FWで、現在はドイツ代表チームのマネージャーを務めるオリバー・ビアホフ氏による『SAP Match Insights』の解説

試合だけでなく、360度でチーム強化を支援

 SAPは、DFBだけではなく、ドイツ・ブンデスリーガを中心とした、世界中のサッカークラブにデータ分析のソリューションを提供している。中でも、ブンデスリーガ1部に所属するホッフェンハイム(日本代表FW宇佐美貴史が以前所属していたクラブ)とは、長年にわたって共同で取り組みを進めてきた。

 「SAPはホッフェンハイムのユニフォーム胸スポンサーも務めており、長らく協力関係にあります。以前、まだ現在のように高性能なGPSデバイスがなかった頃には、ドイツの応用技術研究所(フラウンホーファー協会)と協力して、選手の動きを把握するセンシングデバイスも独自に開発しました。現在は、試合でのパフォーマンス向上やトレーニングの効率化を目指す仕組みだけでなく、選手の育成やキャリア形成などまでを360度管理する、いわゆる“タレント・マネジメント”のような仕組みも包含するソリューションを提供しています」(佐宗氏)

ホッフェンハイムの取り組みを紹介している。

 ホッフェンハイム以外のクラブでは、ブンデスリーガの名門バイエルン・ミュンヘンの事例も有名だ。バイエルン・ミュンヘンは、選手のトレーニングや試合でのプレーの分析に加えて、怪我や治療などの履歴データも活用。怪我の再発やオーバートレーニングによるコンディションの低下などを予防するため、選手の健康状態を一括して管理するソリューションを使用している。

 ドイツ代表やホッフェンハイム、バイエルン・ミュンヘンに提供されたソリューションは、どれもいわゆるワンオフ(専用品)だった。そこで、SAPでは、それぞれのシステムを標準化して統合し、ほかのスポーツチームにも適用できるチーム強化・運用のアプリケーションを開発した。それが『SAP Sports One』だ。

 「SAP Sports Oneは、サッカーやバスケットボール、アイスホッケーなど6種類のスポーツに対応し、SAPのスポーツビジネスの中核となる製品です。提供される機能としては、試合の分析やデータ共有、トレーニング管理、コンディション管理、メディカル管理、スカウティング(対戦相手分析と選手獲得)などがあります。当初はワンオフのシステムを使用していたドイツ代表もホッフェンハイムもバイエルン・ミュンヘンも、現在はSAP Sports Oneを使用しています」(佐宗氏)

 なお、SAP は2018年6月15日、SAP Sports Oneの最新機能として「ビデオコックピット」と「プレイヤーダッシュボード」を発表した。SAPとDFBとの共同開発によるもので、前者はチームが保有する大量の試合映像と、試合やトレーニングに関するデータを統合する“コンテンツハブ”の役割を果たすもの。また後者は、選手個々にパーソナライズされた対戦相手の映像やデータを、モバイル機器から簡単にアクセスできるようにするものだ。

SAP、W杯ロシア大会でドイツサッカー連盟(DFB)のパフォーマンスを最大限に高めるテクノロジーイノベーションをリリース」(関連サイト)

 プレスリリースでは、SAP Sports Oneの未来への展望として、AIと機械学習テクノロジーの可能性についても触れられている。ロシア大会でグループリーグ敗退という屈辱を味わったドイツ代表が、4年後に向けてどのような取り組みを行なうのか。サッカーファンならずとも注目しておきたい。

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