2018年02月21日07時00分

研究者の思いから生まれたバッテリーフリービーコン開発の裏側

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 これからのIoT時代、電池がなくてもエレクトロニクスが動く世界は現実になりつつある。

 2017年12月に開催された「2017 TRON Symposium」で、富士通は太陽電池を搭載したバッテリーフリービーコン「PulsarGum(パルサーガム)」を出展した。その名の通りガム型のビーコンで、素材はゴムを採用。バッテリーフリーかつケーブルレスで動作するのが特徴だ。ビーコンとしては世界で初めてucodeタグも取得しており、すでに各種実証実験も含めた導入が進んでいる。

 大企業発のスタートアップ的な取り組みはオープンイノベーションだけではない。スピードが重くなりがちな組織の制約を破る形で一気にビジネス展開まで進んだ「PulsarGum」の開発秘話を伺った。

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「PulsarGum」

面白そうならやってみる企業風土からプロジェクトが動き出した

 今回は、「PulsarGum」を生み出した2人のキーマン、富士通アドバンストテクノロジ株式会社複合実装技術統括部、デバイス実装技術部、マネージャ技術士(機械部門)の馬場俊二氏と株式会社富士通研究所IoTシステム研究所フィールドエリアネットワークプロジェクト主任研究員の中本裕之氏にお話を伺うことができた。富士通という大企業の枠の中から、「PulsarGum」のような革新的製品が生まれてきたのは、どういう経緯なのだろうか。

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富士通研究所の中本氏(写真左)と富士通アドバンストテクノロジ株式会社の馬場氏(写真右)

 そもそもの始まりは2014年の秋。IoTが広まり始めたのと同時に、エネルギー・ハーベスティング、振動や廃熱、電波、光といったエネルギーから省電力の回路を動かす電池不要の環境発電も盛り上がっていた。

 「たくさんのモノがいろいろなフィールドで使われるときに、電池の交換作業を誰がどうやるのかという問題が出てきました。一方、ハーベスティングによる発電能力が大きくなってきたのと同時に、無線の電力が下がってきて、それがクロスした時に一次電池がなくてもエレクトロニクスが動く世界になると思ったのです。さらに、10年後20年後には一次電池がなくなっているかもしれない、とも考えていました」(中本氏)

 さっそく発電効率が向上した太陽発電と消費電力が小さくなったBluetooth Low Energyを組み合わせ、新しいビーコンの作成にチャレンジしたが、もちろん会社としてのプロジェクトではない。中本氏が思いを持って動き始めたのだ。最初は予算もなく、家庭用の市販インクジェットプリンターに銀のトナーを挿し、パワーポイントで描いた回路を印刷して基板を作成したという。

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株式会社富士通研究所 中本裕之氏 IoTシステム研究所フィールドエリアネットワークプロジェクト主任研究員。アナログ回路を基本とする回路設計技術者として、過去数々の低電力ICチップの回路設計に従事してきた。IoTデバイスからモバイル機器に至るまで超低電力な電源回路、電力制御の技術開発が専門である。現在は、バッテリーフリービーコン向けの電力制御を応用し、センシングや遠距離通信向けの新たな電源技術開発を実施中。

 「プリンターで作ったモックアップを上司に見せたときに、真っ向否定はされませんでした。そんなことやって何になるんだ、とビジネス観点で突っ込まれたら、たぶんここまでは来ていなかったと思います。でもちょっとやってみようということになって、馬場さんにつないでくれたんです」(中本氏)

 基板を見て、生産現場の目線も含めていろいろなアイディアを馬場氏は出した。「富士通全体の戦略があったわけではなく、アイディアのシーズがあって、なんかできそうだね、というのがスタートでした。やってみようか、ということでやってみたというのが本当のところです」(馬場氏)

 帰社後中本氏は、つないでくれた上司に「面白いことができそうです」とも報告したという。この風通しの良さは、実は富士通の風土でもある。80年以上前に設立された富士通は、通信の会社からコンピューターの会社に一度転換しているが、その際も、社内から勝手に始まったコンピューターの仕事がきっかけで、事業の柱に育ったそうだ。

 「ベースには、自分たちの技術で尖ったモノができないか? という考えがあると思います。技術に魅力があると思えば、回りも水をくれて育ててくれるのです」(中本氏)

 イノベーションの芽をつまない風土によって、プロジェクトは動き出していった。

異なるフィールドで活躍していた2人の知見と技術が合わさった

 そもそも中本氏は、ソフト・ハードを含め、低電力のパワーマネジメント技術の研究開発を行なっている。ナノワットクラスという微少電源回路の設計も手がけており、その知見から「PulsarGum」のアイディアが生まれたというわけだ。

 一方馬場氏は、デバイスの実装や構造開発のスペシャリストだ。特に、IDを埋め込んだRFタグ(RFID)に関わっており、さまざまな経験を積んでいる。「PulsarGum」のボディーに使われているゴムについてもその時の経験が活かされているという。

 馬場氏いわく「中本さんからもらった基板からパターンを起こして、ゴムをちゅーっと注入して、動作するモノができました」とあっさりした答えだったが、「2人の技術をよいしょと合わせればすぐにできるわけではありません」と中本氏は笑う。

 「研究開発としては普通のことですが、実験室で細かい調整を行ないました。ハーベスティングといっても、光があれば常に回路が動作できるわけではありません。大きなパワーをかければ動きますが、使いすぎると電力がなくなります。光源から離すなど一度陰にしたりして発電を変化させると、とたんに動かなくなるんです」(中本氏)

 太陽発電パネルに光が当たると、電気がゆっくりとチャージされる。電気を蓄えるための量が大きいと、起動までに時間がかかってしまい動作が遅くなってしまう。逆に、数秒の微少なチャージで出せるようにすると、漏洩する電力の影響が大きくなる。その際のパラメーターの調整に手間がかかったそうだ。

 「電力が水だとすると、バスタブだと少し漏れても安定しますが、微少電源回路は洗面器くらいの大きさなんです。漏れているとなかなか溜まりません。漏れないようにハードとソフトの両面から工夫しています。研究員として、少ない材料でどうやってうまく料理して美味しい物を作るか、というのはやりがいがありますね」(中本氏)

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富士通アドバンストテクノロジ株式会社 馬場俊二氏 複合実装技術統括部、デバイス実装技術部、マネージャ、技術士(機械部門)。実装技術者として、モバイルPC~大型サーバといった幅広い機器の実装/構造開発に携わる。またRFIDタグの構造/実装技術開発にも従事し、洗濯可能なリネンタグの開発などを実施。現在はバッテリーフリービーコンの他に、布や糸といった電気機器とは一見関係のない素材を活かした技術開発を実施中。

 もちろん、実装も簡単に進んだわけではない。馬場氏は「はんだ付けの設備を流用してゴムを固めるのですが、その材料選びに苦労しました」と語る。

 インクジェットプリンターで量産するのは無理なので、スクリーン印刷で基板を作成する。その後、型を作ってゴムを注入する際、あぶくが出たりしたそうだが、これもRFIDの開発の時に経験済みで、あらかじめ対応方法はわかっていたそうだ。

 「ゴムを固めるにはある程度の温度が必要です。その熱硬化の条件を、メーカーさんのスペック値ではなくて、自分たちで計測しました。おそらく電機業界でゴムを専門的に扱えるところは、我々以外あまりないんじゃないかと思います。ゴムは何百種類もありますし、普通はゴムとはなんぞや、から入ることになってしまうので難しいでしょう」(馬場氏)

 開発はスムーズに進み、国産工場で製造が始まった。2人が出会ってからわずか2年ほどで量産化までこぎ着け、2016年12月には1000個単位でのサンプル出荷をスタートした。富士通で新しい製品を開発する場合、4~5年かかるのが普通とのことなので、ずいぶん早いペースだ。

 「富士通の看板で仕事をしていますが、やってることは完全にベンチャー的な動きです。2~3人で作って、それをスタートアップさせようという話ですので。極力お金をかけられない中、使えるモノを使っています。いわゆるベンチャーさんよりも有利なのは、我々には物づくりの基盤があるというところです」(馬場氏)

開発当初の想定を超えてさまざまな所からニーズが寄せられる

 開発当時は、地下街の照明の近くなどに設置することを想定していた。蛍光灯や非常口の照明などの光を借りて、地下街のナビゲーションに活用しようと考えたという。

 たとえば、美術館では展示品にビーコンを付けることがあるそうだ。来館者は展示品の前で説明を受けられるし、美術館は人の流れや人気の展示がわかる。しかし、既存のビーコンは電池を交換する手間がかかるうえ、客の目の前ではがれて落下し、デバイスが破損したこともあるという。その点、「PulsarGum」なら問題解決というわけだ。

 「製造業や文教、農業など業種を問わず幅広くテストしており、数十件のPoC(Proof of concept=概念実証)が動いています。薬品や泥がかかってしまう所や、駅ホームの床に埋め込んだり、倉庫のパレットに付けるといったお話をいただいています。本体はいじりようがないので、カバーはアレンジできるため対応しています」(両氏)

 ビーコン自体の評判は上々のようだ。現在はデータを現場から吸い上げて、ユーザーの利益に還元する方法を模索している段階だという。また、照度が低いと動作しなくなる問題や屋外で直射日光が当たった時の大電流の扱い方なども引き続き研究を続けている。

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ビーコンとほかのソリューションを組み合わせたコンセプトモデル

 また、もともと「PulsarGum」は建造物への設置から考えられたものだが、人などの移動体にビーコンを付けることも検討しているそうだ。たとえば、施設の中でエリアごとにアクセス権限をチェックしたり、衣服などに付ければスマホを持っていない人の見守りが可能になる。移動体向けのビーコンもあれば、「市場が2倍になる」と中本氏は語る。

 「「PulsarGum」は頻繁にバージョンアップさせる製品でもないので、次は究極的に、これ以上は無理だというレベルまで小型化し、いろいろな所で使えるようにしたいと考えています。Bluetooth Low Energyはすでにできるので、この先は長距離通信やセンサー搭載といった方向に進むのかなとも思っています。みなさんが驚くような技術開発にチャレンジして、IoTを変えていきたいですね」(中本氏)

 光さえあれば、水やほこりはもちろん、紫外線にも塩にも耐えて半永久的に稼働する「PulsarGum」。活用法は地下ナビゲーションにとどまらずアイディア次第で適用範囲は格段に広がる。今後の動向もチェックしていきたい。

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