2018年01月12日11時30分

夢は福井をチアの街に!「チア☆ダン」のJETS顧問・五十嵐裕子教諭ロングインタビュー

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自分の未熟さからメンバーが9人に半減

 生徒たちも五十嵐先生に感化されたのか、自立心が芽生えてきたという。

五十嵐 「先生、朝練をしないんですか?」とか言い出しました。うちの学校は、運動部の強豪が多くて、朝練が当たり前、土日の練習も当たり前、遠征当たり前。そういう生徒たちがクラスメイトにいるんですよ。そうすると、私たちは合宿しないんですか、とかいい出すわけです。
 こうなるとシメたもんでしょ?普通の感覚だと、毎日頑張って米国のステージに立てるようになるって思わないわけですよ。まったくやったことがないところから「3年で私はフロリダのステージで踊っている」って、冷静に考えると無理なんですね。でも、私と同じくらい無謀な子たちがいたんですよ。

 そんな初代JETSも18人いたメンバーが9人に半減してしまう。

五十嵐 辛かったですね。映画のシーンでもありましたが、クルマの中で泣くようなこともありましたね。自分が情けなくて。自分に対する怒りなんですけど、そのうち具合が悪くなるんですよ。うつっぽくなってしまって。これではいけないと思い、悪いのは生徒たちだって思うようにしました。私が言っていることは正しいんだ、それを聞かないのは生徒たちが悪いというふうにわざと切り替えて、「辞めたいなら辞めなさい」という感じでずーっと行くわけです。
 でも本当は、私にカリスマ性があって魅力的な教員だったら、あの18人は全員米国へ行っていたはずなんです。それが自分の未熟さから、生徒たちが3年間頑張りたいと思っていたことが続けられないということに対しての責任をとても感じていました。

全米制覇のあとモチベーションがガタ落ち

 さまざまな人の助けもあり、3年目にして全米制覇を果たし、夢をかなえてしまったJETSのメンバーと五十嵐先生は、さすがにモチベーションが下がってしまったようだ。

五十嵐 優勝後、モチベーションは下がりましたね。初代の子たちは米国を目指すと言って夢かなって卒業し、次の夢を目指しました。残された2年生たちは3年生になってやる気ガタ落ちですよ。なぜかと言うと、初代というのは米国を目指し、スッタモンダして丹念に環境を耕していたんですよ。
 ところが次に入ってきた子たちは野球の応援をするんだと思っていたら、5月のゴールデンウィークには難しいことをやらされているんです。センパイも怖いし、わき目も振らずよくわからないまま、気がついたら米国で優勝していたと言う子たちなんですね。この後どうやっていいかわからないっていう、あの子たちは苦労したと思いますね。

 冒頭で登場した久保さんのお姉さんが部長だった2代目は、米国すら行けないという結果に。これに対して3代目はそれを見て優勝するぞという意識があったため全国大会で初めて優勝を果たした。その後、全米5連覇を含む7回優勝し全国に周知されるまでになったが、チアダンスはまだまだマイナーな競技だと語る。

五十嵐 JETSを目指して入学してくる子は半分ぐらいで、あとは福井商業に入ってからカッコイイからやってみようという生徒たちです。さすがに最近は、甲子園で応援したいだけというより、自分たちが輝きたいという気持ちを持った生徒へシフトチェンジしていますが。いまでも辞めていく生徒はたくさんいます。向き不向きもありますからね。
 ほとんどの生徒は初心者でも、毎日一生懸命目標に向かってきちっと正しい努力をすれば踊れると思います。正しい努力というのが大事なんです。それは「自分もできるようになるんだ」と思ってやることです。初代の子たちが米国へ行けたのも、途中で気持ちが切り替わったからです。自分たちの口から米国・フロリダへ行くっていい出して、自分で練習しだしましたから。私が言うのではなくて、先生もっとこうしたいですとか、なりたいですとか。これは完全に火がついた状態ですね。

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