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コワーキングスペースはオープンイノベーションに不可欠か?

2016年10月27日 09時00分更新

国内の”知の最前線”から、変革の先の起こり得る未来を伝えるアスキーエキスパート。三井不動産の光村圭一郎氏による技術とイノベーションについてのコラムをお届けします。

“オープンイノベーション”という言葉が市民権を得るようになって、俄然注目されるようになった場所がある。“コワーキングスペース”がそれだ。この数年、東京都心部では次々に新しいコワーキングスペースが生まれ、いまやその数はゆうに百を超える。筆者自身も、三井不動産において“Clipニホンバシ”というコワーキングスペースを立ち上げ、今も運営に関わっている(現在は、“31VENTURESクラブ”というブランドで、千葉・柏の葉にある“KOIL”などと一体的に運営)。

 多種多様な利用者がひとつのワークスペースをシェアするコワーキングスペースは、たしかにオープンイノベーションという概念と親和性が高いように思われる。果たして、コワーキングスペースの存在がオープンイノベーションの実現にどのような影響を及ぼすのか、考えてみたい。

ニーズが異なる3種類のユーザー

 今、コワーキングスペースを利用しているのはどのような人たちだろうか。そのユーザー層とニーズを大きく分けると、下記の3パターンに分類できる。

・スタートアップ:起業準備中や起業直後の主たる職場として
・フリーランス:自宅やカフェ以外の主たる職場として
・会社員:生産性向上や多様な働き方を実現するサードプレイスとして

 どのユーザー層を重視するかにより、コワーキングスペースが備えるべき機能は変わってくる。一般的には、利用者同士の交流によって人脈や情報が広がることが期待されているが、実際にはもう少し細かくニーズを把握する必要がある。

 スタートアップをメインユーザーとして想定する場合。起業準備中や起業直後のスタートアップが重視するのは、ビジネスアイディアを鍛えるためのディスカッションと実践、そしてそれを実現するためのパートナー探しだ。アイディアの壁打ち役になるような人がそこにいるか、自分の構想を具現化できるパートナー候補と効率的に出会えるかが重要な基準となる。したがって、アドバイスができるメンターや資金を提供できるベンチャーキャピタル(VC)などがいて、いつでも意見交換できる環境があれば、スタートアップにとっては有意義なコワーキングスペースであると言える。

 フリーランスの場合はどうか。彼らはまずコワーキングスペースに対して、快適で利便性の高い職場であることを求める。たとえば名刺にコワーキングスペースの住所を記載していいか、郵便物を代理で受け取ってくれるかなどの要素だ。それに加えて、利用者どうしで仕事のシェアや受発注が生まれるかどうかを見ている面もあるようだ。自らが受託した仕事の一部をより適切なスキルを持つ他の利用者に振り分けたり、忙しいときは代わりに受託してもらったり。コワーキングスペースに入居するスタートアップからデザインやウェブ、アプリ開発の仕事を受託することもある。

 その端的な例が、米国を中心に拠点数を拡大している“WeWork”だろう。WeWorkでは、利用者どうしで仕事の受発注に関するやり取りができる会員専用のSNSを用意している。SNS以外にも、利用者どうしを仲介するコミュニケーターを配置する事例も多い。

 会社員のニーズは、2種類に分かれる。“作業の場”と、“情報やアイディア収集の場”だ。

 作業の場は文字どおり、従来は会社のオフィスでしていた作業を行なうというもの。モバイルワークの普及により、このニーズは急速に拡大している。一方、いわゆる大手企業の中には、情報の取り扱いについてセンシティブなところもあり、不特定多数が出入りし、ワイワイガヤガヤしているコワーキングスペースの利用に不安を覚える向きがあるのも確か。それに見合った設計が必要となる。

 情報やアイディア収集の場という面では、企業の中で新規事業を担当している人たちに強いニーズがある。スタートアップやフリーランスの人たちが持つ、最前線の情報やアイディアに触れることが新規事業の機会を獲得につながるという評価は定着しつつあるようだ。ただし、単に企業の新規事業者がいるだけで、スタートアップやフリーランスと会話が盛り上がるケースは少なく、ここでも間を取り持つようなコミュニケーターを置いたり、その機会につながるコンテンツを企画したりする必要がある。逆にそれがなければ、会社員はコワーキングスペースで働くこと自体がルーティン化されているわけではないので、自ずと足が遠のいてしまう。

きめ細かな仕掛けが必要

 三井不動産が運営する31VENTURESクラブで提供している主な施策を例に、少し掘り下げて説明しよう。

 31VENTURESクラブでは現状、上記の3パターンのユーザーのすべてを対象にしている(正確には“会社員の作業の場”というニーズは、やや優先順位を落としているが)。

 コワーキングスペースのユーザーに共通するニーズである、他の利用者とのつながりを生み出すために注力しているのが“コミュニティーマネージャー”という仕組みだ。専属のスタッフが利用者に積極的に声をかけてニーズを探り、適切なマッチングや運営側が提供するコンテンツの紹介を行なっている。シャイな日本人の場合、このようなスタッフがいないと利用者どうしの会話が盛り上がらないという背景がある。特にフリーランスの利用者には、コミュニティーマネージャーの紹介によって仕事につながるケースも目立ってきた。

 スタートアップに資する施策としては“プライベートコンサル”というスタッフを用意している。スタートアップからの相談に応える形で、グロース戦略や新規の事業立ち上げに知見を有するスタッフが助言をし、事業成長を支えている。プライベートコンサルに魅力を感じ、オフィスは別にあるにもかかわらず31VENTURESクラブを利用する起業家も少なくない(もちろん、プライベートコンサルは新規事業やスタートアップとの連携を担う会社員も利用可能だ)。

 会社員向けには、先駆的なアイディアに触れられるイベント“チラミセnight”を定期的に開催したり、アーリー期以降のスタートアップとの具体的な協業創出プログラム“イントレnight”を提供したりしている。ここから具体的なビジネスやプロジェクトにつなげている利用者も増えてきた。一例だけ挙げるが、コニカミノルタの新規事業担当者が、スタートアップのブックビヨンドがコラボレーションして“ハイブリッド出版”というサービスを開始した。三井不動産自体もこの場から、具体的なビジネスのタネをいくつか生み出している。

 他にも様々なコンテンツを用意しているが、ユーザーごとのニーズに応じて、きめ細かな仕掛けを提供していることがおわかりいただけるだろうか。

コワーキングスペースは“割のいいビジネス”ではない

 いささか手前味噌ではあるが、コワーキングスペースにおいて幅広いユーザー層に対し適切なソリューションを提供することで、多彩な利用者が集積され、その交流から新たなビジネスを生み出すことはできる。その意味では、コワーキングスペースの存在は、オープンイノベーションを実現するために重要な要素と言えるだろう。実際、昨今は大手企業においても自社のオフィスの一部を、社外の人も利用できるコワーキングスペースとして開放する事例も増えている。

 しかしその取り組みを有意義なものにするためには、相応の手間をかけることが不可欠だ。誤解を怖れずに言えば、それだけのスタッフやコンテンツをそろえるためのコストを鑑みれば、コワーキングスペースは決して“儲かるビジネス”ではないし、“割のいい施策”でもない。コワーキングスペースの運営に関わることで、企業としてどのような価値を獲得できるかを設計できなければ、運営の継続は難しいだろう。

 日本においてコワーキングスペースに関する議論は、まだまだ発展途上。そのあり方や工夫について、読者の皆様からもご意見を頂戴できれば幸いだ。

※“新規事業のマネジメント”に関するセミナーを11月10日19時より、Clipニホンバシで開催します。筆者が前回の原稿で紹介した内容が含まれます。ご興味がある方は、筆者のFacebookアカウント(https://www.facebook.com/kei.koumura)までメッセージをお寄せください。なお、申込多数の場合は参加をお断りさせていただく場合がございますので、予めご了承ください。

■関連サイト
31VENTURES

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