週刊アスキー電子版では、角川アスキー総合研究所・遠藤諭による『神は雲の中にあられる』が好評連載中です。この連載の中で、とくにウェブ読者の皆様にご覧いただきたい記事を加筆・再編集後、不定期に掲載いたします。
TVerが日本では有利なはずなのだが
東京にある民放テレビ局5社による“見逃し配信”サービス“TVer”が始まった。9月には、世界最大の定額配信サービス“Netflix”が日本上陸、Amazonもプライム会員向け見放題サービス“プライムビデオ”を日本で開始したばかり。Appleも新型『Apple TV』の販売を開始して、iTunesの映画のほかNetflixやバンダイチャンネルなども見れるようになった。
↑TVer |
“テレビ”のまわりが風雲急を告げているというか、日本ではまだ強い“地上波テレビ”の牙城に対して、米国の巨大プラットフォーマーが次々に侵攻をかけている感じだ。7月にJEITA(一般社団法人電子情報技術産業協会)の依頼で、テレビの視聴実態を調査したが、録画視聴、広告スキップの利用率は、それぞれ4割、3割と高い。つまり、テレビの視聴スタイル自体が、リアルタイムではない、ある意味ネット的になってきている(下記グラフを参照)。
↑JEITA(一般社団法人電子情報技術産業協会)の依頼でテレビの視聴状況について調査をして結果の一部をCEATECで発表させてもらった(※)。テレビの4割は“録画視聴”、そのうち3割は「CMをすべてスキップ」、「スキップすることが多い」を含めると8割になる。プリロード広告するTVerは、その打開策になる? |
NetflixやAmazonと、日本の配信サービスで、提供される映画や番組に差こそあれ、ビジネスモデル的に極端に有利・不利があるわけではない。このようなPCやスマホなど一般的な情報端末を使った配信のことを“OTT”(=オーバー・ザ・トップ)と呼ぶわけだけど、すべての人に平等にチャンスがあるというのがネットのスゴいところなのだ。そういう中で、TVerにかぎらず日本のサービスはきちんと対抗できるのだろうか? なぜ心配してしまうのかと言えば、日本は“サービスの使いやすさ”に関して圧倒的にレベルが低いからだ。
どんな具合かというのは、日本企業が提供するアプリのApp StoreやGoogle Play Storeでの客による評価の低さを見れば簡単に確認できる。ある配信サービスの客の評価を見ると、本当に上からそのまま“★ひとつ”がずらりと並んでいる。「ふざけるなよ」、「システムエラー」、「手続きをしたのに解約できない」、「何度やってもログインできません」、「改善希望」、「とりあえず通報しました」、「正直、使いものにならない」……とまだ書き込むだけ親切なのであろうコメントがつけられている。アプリなので、一時的な不具合によるマイナスもあるがここで言いたいのは全体的な使いやすさのことだ(これを書いている時点でNetflixのiOS用アプリは字幕のバグが出ているが、Android用は“★★★★★”が並んでおり全体でも4.4の評価だ)。
正直、これは極端な例と言えばそうなのだが、日本を代表するコンテンツ関連企業のアプリである。それで、同じ日本企業である在京民放キー局がなんとなく船出した感じのTVerのサイトやアプリも、当然、目もあてられないものになると危惧されるわけなのだが。なんと、これが「まあ、タイムトリップ感のある素朴さだけど、これでいいんじゃないの?」というものになっていて、胸をなでおろしたのであります(当事者でもないのにおこがましいですが)。
同サイトにアクセスすると、ただ民放各局の人気ドラマ、人気バラエティー番組がズラリと並んでいるだけ。そうして、クリックするとその番組が再生されるだけ。無料モデルなのでプリロード広告を見せられるが「テレビ業界も大変ですからね」というものじゃないですかね。
テレビというのは、スイッチを入れればつく、チャンネルをひねれば番組が切り替わる、基本それだけだった。それに匹敵するあっけないほどのシンプルさ。このすがすがしさ! 要するに“なにも余計な仕事をしなかった”からいいんですね、コレ。さっきの配信サービスなんかは、意味不明なメニュー構造や直感的じゃない画面表現、会員登録にともなう煩雑な手続きなんかで、開発も複雑化して担当者の苦労がしのばれるというものだ。TVerアプリの場合、画面上に4つしかないタブのひとつが“まもなく配信終了”というケチくさいものになっているのも興行的な原点回帰っぽくていい感じだと思います。
ところで、TVerで、番組名は知っていたけど見たことのなかった『吉田類の酒場放浪記』なんかを見ていて気がついたことがあった。これ、なんとなく“全録機”を使っているイメージと少し似ているのだ。全録機というのは、毎日複数チャンネルの朝から晩まですべての番組を1週間からそれ以上ベターっとハードディスクにため込んでしまう録画機のことである(AV評論家の麻倉怜士さんの命名とか)。私は、PTPの『スパイダー』から全録機の愛用者だが、これの良さってみんなに伝わっていないと思っていた。「便利でしょうけど予約録画とかキーワード録画をしているからいらない」という人が多い。こういう反応に対して、その満足感を言葉にして返せないでいたのだ。
↑我が家の片隅でやすらかな状態になっている全録機『スパイダー』とおまかせ・まる録の『コクーン』。 |
ところが、今回、TVerを使っていてその正体というのが、“大量の番組資産が意識せずに自分のものになっている”感覚だったんだということがわかった。TVerも、実のところ各社が別個に開始していた“見逃し配信サービス”をひとつに集約しただけのものである。ところが、これだけそろうと番組も“資産”という感じになる。全録機の満足も、いつでも視聴できる番組資産がどんどんたまっていくという株や土地などで勝手に儲けが生まれるような感覚なのでした。
米国のテレビは、制作費をかけて(私も見ていた『Hawaii Five-O』の第1話の制作費は6億5000万円だとか!)世界に売っていくというコンテンツ企業の原点に立ち返っている。TVerも、テレビ局のコンテンツ制作力がまるまる反映されたらいい感じでやれる気がしてきました。しかし、それもこれもサービスがシンプルであればこそですが。
※ 全国10~60代まで男女7220サンプルをネット調査、うち616人に詳細アンケート。“精通ユーザー”(テレビ関連機器などに“精通している”と答えた人たち)と“一般ユーザー”(それ以外の人たち)についてグループインタビューも行なった。
【筆者近況】
遠藤諭(えんどう さとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。元『月刊アスキー』編集長。元“東京おとなクラブ”主宰。コミケから出版社取締役まで経験。現在は、ネット時代のライフスタイルに関しての分析・コンサルティングを企業に提供し、高い評価を得ているほか、デジタルやメディアに関するトレンド解説や執筆・講演などで活動。関連する委員会やイベント等での委員・審査員なども務める。著書に『ソーシャルネイティブの時代』(アスキー新書)など多数。『週刊アスキー』巻末で“神は雲の中にあられる”を連載中。
■関連サイト
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