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第7回宇宙エレベーターチャレンジ、100kg重量挙げが新記録達成か!

2015年08月22日 15時00分更新

文● 秋山文野 編集●KONOSU 画像提供●宇宙エレベーター協会

 宇宙エレベーターチャレンジ(以下、SPEC)は、宇宙エレベーターについてひな型や試作機を実際に製作して研究する最大の活動だ。毎年、宇宙へ伸びるケーブル“宇宙エレベーター”で人や荷物を乗せて昇降する機械の実験機“クライマー”を開発する大学・社会人などが参加。アメリカとドイツで断続的に同様の活動が行われているものの、7年間連続して試作機開発に挑んできた活動は、日本が最大規模となる。

 第7回となる今年は、2015年8月11日~14日の4日間。会場を昨年までの静岡県富士宮市から福島県いわき市に移して開催された。参加チームは全14チームとなる。

 2015年の目標は、「上空1000mまでの昇降ができるクライマー(チーム)を増やす」こと。去年の実績では、1000m以上安定して昇降できたのは、参加19チーム中で4チームのみ。宇宙へ行く前に、まずは大気圏の中でも強い風や雲などが存在する“対流圏”(高度最大1万7000km付近まで)の環境に耐えるクライマーの開発を目指す必要がある。

 SPECでは、数年以内にテザー高度3000mでのチャレンジ目標をもっているため、まずは1000mを安定して昇降できるクライマーが揃わなくてはならないのだ。

SPEC2015

【参加チーム】

・山梨大学
・湘南工科大&大林組JV
・明星大学 山崎研究室
・SATT(静岡大学)
・芝浦衛星チーム
・神奈川大学江上研A
・神奈川大学江上研B
・神奈川大学江上研C
・KUSEP(神奈川大学)
・慶應&まんてんプロジェクト
・The 4th Laboratory
・チーム奥澤
・InnovationS
・日本大学理工学部 SPACE INNOVATION

 参加した14チームのうち、昨年までに1000m昇降を達成した実績を持つのが3チーム。うち10チームは短い期間でクライマーを完成させ、何も支えのない空中で揺れるテザー(ケーブル)を昇り降りするクライマーの性能を実証しなければならないという過酷なゴールを目指した。毎年のことながら、、4日間整備場で最終調整を続けながらテザーの昇降記録に挑戦する。時間がない。そして条件は厳しい。

 さらに残りの1チームは高度ではなく、ペイロード(搭載する荷物)の重さに対して果敢にチャレンジすることになる。

 ちなみに、SPECでは、長さ1300mのケーブルを2種類、ヘリウムガス入りのバルーンで吊り下げて試験環境を作成する。幅40mmのベルト型“テザー”は、帝人のテクノーラと呼ばれる高強度のアラミド繊維製だ。ロープは直径11mmのダイニーマと呼ばれる超高強力ポリエチレン繊維を表面材としたもの。宇宙エレベーターの素材として目されるカーボンナノチューブには及ばないが、現在入手可能な繊維の中では、トップクラスの軽量・高強度繊維だ。

SPEC2015
垂直の走路“バーティカルテザー”を昇り降りする試験機、“クライマー”。

 そして“クライマー”は、このテザーでできた垂直の走路“バーティカルテザー”を昇り降りする試験機を指す。複数個のローラーでテザーを挟み、摩擦の力でテザーを昇って行くのだが、動力エネルギーは搭載バッテリーのみ。地上から150m程度まではリモコンで操作可能だが、高度が上がるとリモコンからの電波は届かなくなるため、自律的に昇降を行なう必要がある。マイコンボードで走行距離やローラーの滑り具合などを判断し、設定した距離を移動する、小さなロボットカーともいえる。

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トラス構造の青い外装が印象的な芝浦衛星チームは初参加。残念ながら昇降はならなかった。
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直前までクライマーに手をかける。
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奥澤実行委員長より開会宣言。
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大会について各チームから質問、そして昇降順の希望が。
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係留されたバルーン。実は高価なヘリウムをたっぷり使う。
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バルーンを充填すると小1個でもこの浮力。体重で充填具合をチェックするのだ。
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バルーン1個で作ったテスト用のテザー。
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大会1日目、低高度でのテスト走行で上空200mを目指すクライマーの上に虹が。

 結果からいえば、大会途中でテザーに損傷が発生してしまい、1000mまで掲揚することができなかった。最大掲揚高度は800mで、これまで2400m最長昇降記録を持つ“チーム奥澤”が780mを1往復したものの、2往復目の途中でスタック(上空停止)、1000mの昇降記録を持つ“神奈川大学 江上研チーム”が700m往復1回の昇降に成功したのみ、という少し残念な結果となった。

 そんな中で、高高度昇降には目もくれず、ひたすらペイロード(荷物)の“重量挙げ”に挑んできたThe 4th Laboratoryの大型クライマー『呑龍』が、ついに100kgの荷物を安定して昇降させることに成功。クライマーがきちんと物を運んで帰ってくる“お使い”ができるということを実証した。

4th Labが100kgチャレンジに無事成功!

 社会人チームThe 4th Laboratoryは、7年前に始まった、SPECの旧称:宇宙エレベーター技術競技会のころから参加している。『呑龍』と名付けられたクライマーを改良しながら、ひたすら重量物を運搬するチャレンジを続けている。これは、宇宙エレベーターの目標、人を乗せるクライマーに近づくためだ。

 2014年のSPECでは、65kgのペイロード、砂を乗せて100mを往復することに成功。続いて100kgを搭載した状態で倍の200m昇降に挑戦したものの、100mを越えたところでスタックしてしまい、帰ってこられなかったという経験がある。

SPEC2015
機体重量17kgの大型クライマー『呑龍』。

 最終日の最後の昇降に挑んだ呑龍は、水をペイロードとした。会場が自動車部品メーカー、曙ブレーキ工業のテストコースでもあるAi-Ring(アイリンク)であったため、万が一ペイロードが落下しても砂を撒いて路面を傷めないための配慮だ。20kgの水バッグを5個、合計100kgをフレキシブルコンテナバッグに入れてぶら下げる形で搭載する。

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20kgの水入りポリ容器5個分(計100kg)を運搬。
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ヘリウムガス入りバルーン全4個で浮力は合計300kg以上。これを掲揚して空中にクライマーの走路をつくる。

 雨が降り出しそうなコンディションの中でスタート。トラックの荷台にテザーの下端を固定し、トラックが走行することでテザーの張力を調整するシステムとなっているため、クライマーもペイロードも荷台に抱え上げて取りつける形になる。本体が約17kg、ペイロードが100kgで合計117kgの重さだ。

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100kg重量挙げに向けて、トラックの荷台でクライマーを取りつける。

 チームリーダー半井さんによると、2014年に100kg昇降に失敗した理由は、呑龍のギアを重量物搭載向けの低速ギアではなく、軽量の状態向けの中速ギアで行なったことによるという。ギアの変更には事前調整が必要なため、昇降前に短時間で行うことはできなかった。今年は、重量挙げ向けにギアの調整をすませた万全の状態で臨むことになる。

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荷物を持ってバルーン高度は200mを目指せ!

 テザーを吊っているバルーンは、大3個、小1個で合計300kg以上の浮力がある。テザーの距離は200m程度と短いため、テザー自身の重さは抑えめだ。それでも呑龍が動き始めたとたん、ペイロードの重さに引っ張られて路面をこする状態になる。しかたなく、数人がかりでペイロードを持ってクライマーと一緒に歩くこととなった。

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走行開始直後はペイロードを持ちあげられず、人力で介助が必要。ただし、持った感じは「100kgよりずっと軽い」とのこと。

 それでもスタート地点から10mほど進むと、明らかにペイロードが軽くなり、手を離して確かめてみると、バッグの底が路面から離れている。その瞬間から呑龍は、100㎏のペイロードを持って上空のバルーンを目指し始めた。

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昇り始めた!
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人の身長を超える高さまで上昇。

 すると、この時点で本格的に雨が降り始めてしまい、目標としていた200m上空までの昇降は難しくなった。なぜなら、テザーが濡れて滑ってしまうからである。仕方なく、途中の100mで折り返し、今度はゆっくり確実に降りてくることにした。降下が成功しなければ“お使い”の成功とはいえない。

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高度100mまで上昇。さあ降りられるか。

 全員が固唾をのんで見守るなか、呑龍がスタート地点までゆっくり戻ってきたため、チームは軽トラックでペイロードをキャッチ。昇降成功! 100kgのペイロードを持ち、垂直の走路を昇降した機械は初めてとなり、4th Labのクライマー呑龍は、現時点で世界最高記録となる可能性が高い。

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悪天候の中でも、100kgのペイロードを携え、きちんと滑らずに降りて来た! 素晴らしい!

世界最長昇降記録更新ならず

 700mの高高度昇降を行ったチームは2チーム。昨年、1200mのテザーを連続2往復し、合計2400mの世界最長昇降記録を保持する“チーム奥澤”は、大会初日から低高度での往復を確実にこなし、今年も連続昇降で距離に挑むと思われた。

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ベルト状のテザーを上がって行くクライマー(チーム奥澤)。

 チームリーダー奥澤翔さんはSPEC大会実行委員長を兼任し、二足のわらじ状態で『momonGa-7。』を開発。昨年の6号機を小型軽量化した機体ということで、バッテリーの容量の面では有利に昇降できると期待されたのだが……。

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初日から低高度の往復昇降をくり返し、仕上がりは順調だと思われたモモンガ7号機。
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2日めのモモンガ昇降。

 実行委員長として走りまわる奥澤お父さんが昇降に参加できなかったため、クライマーがスネたのか、780mまでは順調に往復して安全に昇降したモモンガ7号機だったが、2往復目で上空のバルーン付近で停止し、降りてこなくなった。まさかのスタック、往復失敗という結果に終わった。

 期待されていた個人チーム“InnovationS”は、ロープテザーで滑落し、バンパー部分を破損してしまう。

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InnovationSのクライマー。
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滑落してしまい、バンパー部分を破損という残念な結果に。

 700mまでの高高度昇降を成功させたのは、唯一、神奈川大学 江上研Aチームのクライマー『KSC-U II』1機となった。

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高度700mの往復の昇降に成功した、神奈川大学 江上研Aチームを讃えたい。

 2012年に宇宙エレベーター建設構想を発表した大林組が参加する“湘南工科大&大林組JV”チーム。今年は150mの往復昇降に成功した。

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“湘南工科大&大林組JV”チームのクライマー。

1000mの安定した連続昇降が来年の課題に

 今年から会場が変わり、環境条件が異なるというプレッシャーもあっただろうが、2015年のSPECは足踏みと言わざるを得ない。3000m昇降という目標を実現させるには、まずは1000mを連続昇降を安定して実現できる、または走行距離以外のチャレンジを目指すチームの参加が今後の課題となるだろう。

 余談だが、SPEC会場となった曙ブレーキ工業のテストコースを、同社がブレーキ製品を提供しているマクラーレンのハイパースポーツカー、McLaren P1がデモンストレーション走行していた。

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取材中、McLaren P1がデモ走行中の場面に遭遇。

 McLaren P1の最高速度は時速350kmで、テストコース走行速度は時速200kmだった。走路に水平と垂直の違いはあっても、宇宙エレベーターのクライマーも、いずれは同じレベルの速度で宇宙へ昇って行かなくてはならない。2016年のSPEC大会に、大いに期待していきたいと思う。

■関連サイト
JSEA 一般社団法人 宇宙エレベーター協会

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