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次の野望はインドから世界へ 19年ぶりの国産自動車メーカーの三輪EV車に乗ってきた by 遠藤諭

2015年06月24日 12時00分更新

 タイやインドに旅行した人に「何が楽しかった?」と聞くと、オートリクシャー(タイでは“トゥクトゥク”)に乗ったことと答えたりする。世の中でも愛されている乗り物のひとつが“オートリクシャー”なのだと思う。その魅力はなんといっても“げっ歯類”(ネズミのような小動物)っぽいかわいさ。私の好きな映画『ハングオーバーII』でも大活躍していたけれど、風景をスクロールしながら自分が生きていることや時間について旅ならではの感じ方ができるからだと思う。

 昭和30年代、大村崑がテレビCMしていたミゼットが町内に入ってくると子供たちが取り囲んだものだ。4輪の自動車にあこがれる感覚とは違っていて、遊園地の乗り物のような親しみを覚えるものがすでにそのときあった。インドで、アジャンタ社長の友人の提案で、まる1日こいつをチャーターしてチェンナイの町を走り回ったときもサイコーに楽しかった。

日本エレクトライク
↑麹町アジャンタの店頭で売られているオートリクシャーのオモチャです。

 そんな思いがある私だが、6月なかばに“19年ぶりに国産自動車メーカーが誕生”というニュースを目にした。川崎市にある日本エレクトライクが、1996年の光岡自動車(富山市)以来、ひさびさに国土交通省の型式認定を受けた自動車を量産すると発表。「ほう〜」とだけ見過ごしそうになったが、そこに“三輪自動車”という文字を見つけて目が釘付けになった。これはっ!乗らねば!

日本エレクトライク
↑こちらが日本エレクトライクの三輪EV。

 一部のニュースには、映画『三丁目の夕日』に出てくるようななどと書いてあるが、西岸良平の原作(『夕焼けの詩』)では、“オート三輪”が時代を象徴するモチーフになっているのは事実だ。日経ビジネスの「日本では戦後、ダイハツやマツダが三輪自動車を量産、1980年代までは市中を走り回る姿が見られた」はいけません。1960年頃にはもう珍しかった(編集者もデスクも若いんですね=逆にこっちが歳ということかトホホ)。

 日本エレクトライクに取材申し込みをして「試乗させてください」というと、社長の松波登さんは「いいですよ」と快諾してくれた。いまのところ乗ってない記事ばかりですからねぇ。

 それにしても、19年ぶりの自動車メーカー誕生の快挙もさることながら、“いま、なぜ三輪自動車なのか?”というのが、個人的にはとても興味がある。しかも、ニュースによれば三輪自動車の欠点だった安定性を、左右の後輪を別々のモーターで制御することで解決したという。昭和30年代の乗り物である三輪自動車とハイテク制御のEVが出会って、安全で環境にやさしい非常に経済的な乗り物ができあがったというのは楽しい話ではないか。

日本エレクトライク
↑仕組みなどを細かく説明してくれる日本エレクトライク 松波社長(右)。解説を受ける筆者(左)。
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↑左右の車輪それぞれ別のモーターで駆動。独立懸架で路面のデコボコを吸収する。

 6月某日、松波社長を武蔵中原駅近い日本エレクトライクに訪問。さっそくそのあたりから質問すると、三輪自動車との出会いは高校時代に自動車部にいたときだそうだ。「ミゼットが1台あって、片足をあげて二輪走行などして遊んでたんですよ」とのことで、それがとても楽しかったらしい。その後、自動車メーカー勤務などを経ながらラリードライバーとしても活躍。独立後は、バックミラー越しにリアビューカメラの映像が見えるシステムを開発。これが成功したのを期に三輪自動車の事業化に乗り出した。

日本エレクトライク
↑日本エレクトライクには昔の三輪自動車がコレクションのように何台も置かれている。写真手前はその代名詞、ダイハツのミゼット。なんとなく日活の怪獣“ガッパ”の顔に似ている。
日本エレクトライク
↑ホロの上にあるのは松波社長のもうひとつの会社 日本ヴューテックのリアビューシステムのカメラ。ルームミラーから座席背後にあるモニターを見るしくみでたしかに見やすかった。

 もっとも、東海大学と共同で三輪自動車の開発に乗り出したのは10年近く前にさかのぼる。2008年に日本エレクトライクを成立してからも何度も規制や技術の壁にブチ当たる。しかし、そこは自動車業界やラリーを通じて培った人脈や川崎市の支援などに助けられ、今回の快挙となったわけだ。その間、オリジナルの車体開発もしてきたが、現在のモデルはインドからオートリクシャーを輸入、エンジンをモーターに換装するなどの独自技術を組み込んでいる。

日本エレクトライク
↑インドから到着したオートリクシャーのエンジンを下ろし、保安部品などを交換する。ちなみに、提携しているのは圧倒的なシェアを誇るバジャージ社。

 小雨の中さっそく試乗となったのだが、「オートバイの運転経験はありますか?」と聞かれた。同社の三輪自動車は、オートバイ式にハンドルのスロットを手前に回すことで加速する。自動二輪の免許がありますということで、「じゃ、大丈夫ですね」と30秒以下のスイッチ類の説明のあと試乗! なんとなく自動車免許を取るときにはじめて路上教習で公道に出るときのようなドキドキ感。ということで、日本エレクトライクの裏側のご近所をグルリグルリグルリと少しコースを変えて周回させてもらった。

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↑松波社長から運転のレクチャーを受ける筆者。普通自動車免許で運転できるが運転操作はバイク。車のような居住感を期待してはいけない。まさにバイクとバンの間の存在だからだ。

 オートリクシャーの乗り心地はインドで体験して知っていたが、後ろに乗ると運転するのは大違い。バイクみたいなハンドルといっても車体はバンクしない(カーブ時に傾かない)。さらに、停車時に左足を地面につこうとしても床板がある。それでいて、EV独特のトルク感でグイグイ引っ張る感じは、エンジンが白煙をあげることもなく150キロ積める実感がある。3周目で少しスピードを出してみたが、たしかにカーブの不安は一切なかった。

日本エレクトライク
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↑風景に溶け込む三輪自動車。
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↑サンダル気分で走るって楽しい。
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↑いや〜楽しい。三輪自動車、エコと経済性がウリだが本音は楽しさでは?

 ところで、日本で三輪自動車のブームが短期間で終わってしまった理由のひとつは、やはり“安定性”だったようだ。『Mr.ビーン』でもヘンな三輪自動車がコテンと転ぶのがネタになっておりましたね。そういえば中国の問屋都市イーウー(義烏)で乗ったトタン屋根張り改造三輪車は、ちょっぴりビビったことを思い出した。そうした不安を払拭してしまうメカニズムというのが、また三輪ならではの説得力がある。

 ハンドルのセンサーとモーターを連動させ、カーブの際に外側の車輪の駆動トルクを内側のそれに対して相対的に上げているのだ。それによって、前輪と外側後輪がひとつの円周上に近い軌跡を描くことになり、安定性が向上する。なんだか目からウロコのような、自動車という乗り物全体についても考え直したくなるお話。自動車にもデファレンシャルギアがあるが、あちらは曲がった結果の回転数の差を吸収するものといったほうがよい。

 平面を支持するタイヤ3個という最低限の構成でつくられているので、車体全体の重量も軽くなる。自転車と同じように前輪を支持するフォークの傾きという非常にシンプルな物理現象によって直進性が確保されている。四輪が直進性のためにタイヤを“ハ”の字に装着していることによる(トーインという)走行抵抗もない。それとEVであることとの相乗効果によって燃費は、ガソリン軽自動車のバンと比較し約5分の1以下に抑えることができるそうだ。

 “三輪”と言えば、世の中には三輪スクーターやプラスチック製の屋根のついたスクーターもあるが、三輪自動車には以下のようなアドバンテージがある。

・ヘルメット不要
・シートベルト不要
・ヨコから雨が入りにくい
・広大な荷台

 一方、配達用のバンや軽トラックに対しては、以下のようなメリットがある。

・燃費がよい
・EVなので環境によい
・音も静か
・雨がっぱを着て乗れる

 最後のかっぱは、宅配便の人はバンから降りて玄関までに濡れるのに困っているが、これの場合は半分吹きっさらしでもあるのでかっぱを着たまま運転できるのが便利だそうだ。もちろん、コンパクトである反面大きすぎるものは運べないとか、長距離の移動は向いていない、乗り心地も8インチタイヤなので推して知るべしだなど……よいことばかりではないが。

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↑荷台はこの広さ、人ひとり入るのは余裕。重量150キロまで運べる。なお、走る続距離は、約30キロと約60キロの2モデルがある。最高速度は時速49キロ。

 なので、日本エレクトライクの三輪自動車は、世の中の自動車をどんどん置き換えるようなものではない。近所のちょっとした配達に、まさにインドのオートリクシャーやタイのトゥクトゥクのように、擦り切れるほど走りまくるものだ。しかし、サステナブルな社会を考えるなら日本の風景の中に、こういう欲張らない車がチョコマカと走っていてもいい頃ではないか? なんとなく、MAKEムーブメントっぽいところもあって、そろそろこういうものを時代が求めているのかもしれません。

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↑松波社長と筆者。2015年度に100台、2016年度には200台の販売を目指す。なお車両価格は、国からの補助金を利用すると1台100万円から130万円で購入可能。

●関連サイト
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【筆者近況】
遠藤諭(えんどう さとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。元『月刊アスキー』編集長。元“東京おとなクラブ”主宰。コミケから出版社取締役まで経験。現在は、ネット時代のライフスタイルに関しての分析・コンサルティングを企業に提供し、高い評価を得ているほか、デジタルやメディアに関するトレンド解説や執筆・講演などで活動。関連する委員会やイベント等での委員・審査員なども務める。著書に『ソーシャルネイティブの時代』(アスキー新書)など多数。『週刊アスキー』巻末で“神は雲の中にあられる”を連載中。
■関連サイト
・Twitter:@hortense667
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