OS X、iOS、Apple WatchのWatchOSに関する、2時間にわたる長い基調講演の最後に、ティム・クックCEOが言った。「この朝を終える最後に、我々には話すべきことがある...One more thing」。
故スティーブ・ジョブズ時代の懐かしい節回しを耳にして、数千人のカンファレンス参加者の大歓声で会場が包まれた。
既報のとおり、かねてから参入が噂されていた、アップルの定額聞き放題サービスが正式に発表された。正式名称は『Apple Music』。
キャッチコピーに"All the ways you love music. All in one place"を掲げ、いまデジタル音楽を聴く方法のすべてを1つのアプリに凝縮するという、王者の戦略をとる。要するに、アップル ミュージックさえあれば何もいらない、という戦略だ。
各国ごとの詳細はまだわからないが、アメリカでの提供価格は月額9.99ドル、当初3ヵ月は無料というもの。月額料金はこのジャンルの先駆者である『Spotify』と同じ金額で、妥当なセン。一方、当初3ヵ月無料なのはSpotifyに対してアドバンテージ、また14.99ドルで家族6人まで聴き放題になるファミリープランを用意することはユニークといえる。
アップル ミュージックの解説にあたっては、アップルが2014年に買収したBeatsの共同創業者で、音楽と映画のプロデューサーでもあるジミー・アイバイン氏があたった。
「One more thing...」の見せ場のあと、元Beats共同創業者のジミー・アイバイン氏にステージを譲るティム・クックCEO。 |
●アップル ミュージックの3つの柱
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アイバイン氏は2003年にiTunesに初めて触れたときの感想をこう述べている。「アップルのやつらはなんてものをつくったんだ。テクノロジーとアートが手を組めるなんて!」
それが2015年、ストリーミング音楽産業はさまざまな配信プラットフォームへと分散化してしまっているというのがアップルの主張だ。これを1つのシンプルなプラットフォームに再びまとめ直すのがアップルミュージックの目指すところだ。
アイバイン氏は、アップル ミュージックの3つの柱として
・革新的な音楽配信サービス(Revolutionaly music service)
・24時間/週7日間休むことのないグローバルな音楽ラジオサービス(24/7 global radio)
・アーティストとファンを結びつけるソーシャル機能(Connecting fans with artists)
の3つの特徴をあげた。
特に1つめの”革新的な音楽配信サービス”という点には強いこだわりがあるようで、冒頭に何度かユーザーへの楽曲推薦を自動化するアルゴリズム信仰への違和感を口にしていた。曰く、「孤独なアルゴリズムは人に感動を与える仕事はできない」「人は手仕事の感触を求めている。Apple Musicにはそれがある」。
・Revolutionaly music service
"革新的な音楽サービス"とは、世界を代表する音楽のプロたちがアルバムや楽曲をキュレーションしてくれる機能を指す。動作の詳細は不明ながら、アイバイン氏やその後のデモを担当したエディー・キュー氏の発言から類推すると、"この曲が好きな人は、こんなアーティストも好きなはず"といったアルゴリズムベースの自動楽曲レコメンドと、人の手によるレコメンドを組み合わせたものになるようだ。
Apple Musicの当初の楽曲数は約1000万曲をうたう。これはベースになったBeats Musicの提供曲数と同じ数字だ。サブスクリプション型の音楽配信サービスとして特に多いというわけではないけれど、とても聴き切れる量でもない。だからこそ、音楽との出会い方を提供するレコメンド機能はサブスクリプション型では重要な機能になる。
・24/7 global radio
ロサンゼルス、ニューヨーク、ロンドンから世界100カ国以上のApple Music対応地域に向けて、ノンストップの音楽ラジオを配信していく。サブスクリプション型サービスによくある"プレイリスト型のラジオ"ではなく、インタビューなどを交えてDJがつくる、音楽ファン向けの本物のラジオ放送を3ヶ国から配信していくという。
名称はラジオではあるものの、目指すところはiTunes Radioとはまったく異なるサービスということになる。
・Connecting fans with artists
アーティスト個別のファンページ機能。アーティスト自らが、オフショットや製作中の楽曲、最新楽曲をポストし、ユーザーがコメントをつけることができる。一種のソーシャル機能。ファンページ機能とイコールかは不明ながら、インディーズアーティストが音楽を発信できる機能も用意する。
これら3つの機能のうち最初の2つは、たとえば競合のSpotifyにも似た機能がある。
ただし、Apple Musicでは、単にアルゴリズムの良し悪しやラジオの充実度といった数字を競うのではなくて、人の手を入れることで体験をリッチにしていくという体験重視の方針をとる。
数値化できない体験の良さを狙うのはいかにもアップルらしいアプローチだ。
ただし、その言葉どおりのすばらしい楽曲との出会いができるかどうかは、今後サービスインしてからの評価になってくる。自身があげた評価のハードルを超えてくるのかどうか、6月30日にお手並み拝見というところだ。
●Apple Musicに残る、Beats Musicの名残
Apple Musicどんなアプリになるのか?
このアプリはサブスクリプション対応だけが売りなのではなく、古びてきたiTunesアプリの現代的な作り直しといった意味あいが強い。だから、「試聴して、気に入ったら対価を払って楽曲を買う」という古い時代とは設計思想やUXデザインが幾分かわってくるはずだ。
デモでは、一番最初に自分の好みのデータをつくるチュートリアルが紹介された。
このUI自体は結構よくできていて、おっと思わせられるが、実はこの設計はBeats Musicそのものだ。こうしたUI設計を残したということはBeats Musicの設計思想が意外と深くまでApple Musicアプリの内部に浸透しているのかもしれない。
チュートリアル1。最初に聞きたい音楽のジャンルをいくつか選ぶ。 |
チュートリアル2。該当ジャンルのアーティストがリストアップされるので選択する。この簡単な操作で、自分自身のペルソナがアップルミュージック内に形成される。 |
こちらはBeats Musicの場合。アイコンデザインは違うものの、設計思想がまったく同じだということがわかる。 |
Beats Musicでチュートリアルを進めていったところ。画面下部中央のアイコン周囲がプログレスバーを兼ねているところもApple Musicへと引き継がれている。 |
Apple MusicのRadio機能。Beats 1というラジオ番組はApple MusicユーザーにならなくてもApple IDでのログインだけで聴ける。Apple MusicのラジオステーションはApple Music会員のみが聴ける有料のもの。 |
楽曲選択画面では、自分がローカルで持っている購入済み音楽と、クラウド上のMusicライブラリを切り替えて一覧・検索できるようだ。 |
この機能が意外や差別化要素かもしれないSiri対応。OSと深く結びついた音楽アプリだからこそできること。ここでは、オルタナティブのトップ10ランキング曲をSiriに語りかけて呼び出している。 |
アーティストのファンページ『Connect』。ハートマークを押すことで、Facebookのいいね!に相当するFavorite評価が送れたり、コメントを付けることもできる。アーティスト自身のプロモに使え、ユーザーとコミュニケーションをとる場として発展することを想定している。 |
インターネットソフトウェア&サービス担当の副社長、エディー・キュー氏。 |
インディーズ的に売れて有名になったアーティストの代表として登壇したラッパーのDrake。カナダの連続学園ドラマに7期連続出演して有名俳優となり、2006年に自主制作でラッパー活動を開始した異色の経歴。 |
●6月30日開始に日本は含まれる?Android版登場の秋にも注目
事前の予測記事ではBeats Musicがベースになるだろうという前提でiOS版以外も用意されるのでは?と書いた。Apple Musicのセッション最後では、予想どおり、Android版が用意されることが正式発表された。ただし、登場するのは秋だ。
サービスインは6月30日から。公式に世界100ヶ国でのローンチをうたっているが、すべてが同時に始まるのかは、今の時点では不明だ。
我々の最大の関心ごとは、この100ヶ国に日本が含まれるのか?ということだ。Spotifyがいまだ上陸せず、Music Unlimitedが終了した日本でApple Musicが楽しめる日が来るのか?
個人的には、早期に始まる可能性は十分あると思っている。理由は、Apple Musicの料金プラン体系だ。業界筋から漏れ聞こえるところでは、海外系のサブスクリプション型音楽配信の上陸にあたって、障壁になっているのが”無料プランがあること”だという話がある。
その点、Apple Musicにはいわゆる無料プランは存在しない(当初3ヶ月無料のキャンペーンはあるけれど、あくまでキャンペーン)。Music Unlimitedや、先ごろローンチしたエイベックス×サイバーエージェントの『AWA』、近々ローンチが期待される『LINEミュージック』などと同様に、日本のレコードレーベルでの前例があるビジネスモデルだからだ。
Apple Musicのアメリカ以外の初期開始国がどこなのかは、今後3週間の間に明らかになっていくはずだ。その中に日本が含まれていたとしたら、AWA、LINEミュージックと並んで相当に面白いことになりそうだ。
また、頭の片隅で覚えておきたいのは、Android版開始の秋。秋といえば『iPhone 6s』の発表が想定されるが、Andoroid版配布開始に合わせて、若年層向け端末として根強い需要がある新型iPod touchも発表……というシナリオはゼロではない気がしている。
●関連サイト
Apple Music公式サイト
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