2015年06月12日06時30分

異様に欲しくなった電卓の話 カシオCLASSWIZ

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classwiz

 電卓か。そうだ電卓だ。なぜ電卓か。欲しいのだ。なぜ電卓が欲しいのか。いや電卓が欲しいわけじゃない。じゃあ何なんだ。この電卓だから欲しいのだ。

 カシオの関数電卓『CLASSWIZ』だ。正確にいえば、数学自然表示関数電卓だ。電卓なのでそこまで高くない。最上位機種『fx-JP900』も5700円前後だ。

 恥ずかしながら三角関数も指数、対数も関係ない人生を歩んできた。今後もおよそ関係するとは思えない。思えないのだが、異様に欲しいのだ、これが。

 実はこの電卓、電卓の歴史に新たな1ページを刻んだと言えるほど、進化を遂げた1台なのだ。電卓が進化なんてするのか。進化したらしいのだ。機能だけ説明しても理解しづらいと思うので、ぜひとも開発ストーリーをお聞きいただきたい。

 わたしのような文系人間もトリコにした、魂こもった計算器屋の話である。

入試に電卓を使うのは当たり前

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写真:Alan Levine

 第一章。そもそも関数電卓とはいつ誰が使っているものか。

「国内は理系の大学生が中心ですね。ほぼすべての学科でsin、cos、tanの三角関数が必要です。一番は電気系ですが、多くの学生が買っている状態です」

 教えてくれたのはカシオの関数電卓担当、進藤禎司さんと上嶋宏さんだ。

「実は世界を見渡してみると、先進国ではテストに電卓を持ちこんでいいという大学がほとんどなんです」と上嶋さん。

 なんでも、アメリカ、オーストラリア、ドイツ、イギリス、フランス、スペイン、卒業資格試験や大学入試で電卓はシャープペンや消しゴムと同じ扱いなのだとか。

「日本で使えないのは教育制度の問題。海外は誰でも出来る計算は電卓にまかせて応用問題を解く。日本の場合、正弦定理なら30度や90度といった特定の角度での出題が中心ですが、向こうは電卓で『sin32度』を計算させるんです」

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写真:YouTubeより

 彼らが学生に考えさせるのは問題を解決するための“アルゴリズム”。おかげで実世界に近い問題を解けるようになるそうだ。

 そんな関数電卓の世界で、国内トップをひた走っているのがじつはカシオなのだ。

「小さな日本市場だけを見てしまうと成熟していると思われがちですが、世界市場を見れば、じつはニーズは高まっているんです」

 もともとカシオは歴史的にも電卓で他社のリードをたもって発展してきた会社。需要と意気込みがあることはわかったが、関数電卓に必要な機能は限られている。いまさら進化させる余地なんてなさそうに思えるのだが。

 そう聞くと、上嶋さんは苦笑した。

「『難しすぎる』と言われたんですよ」

今までの電卓は「難しすぎた」

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今までの関数電卓ではこうした表示は難しかった

 第二章。電卓が難しいとは何なのか。

「昔は数式が1行で出るものがほとんどだったんですが、2004年にフルドットにしたおかげで数式も分数として出せるようになった。なんですが、それでもきわめて特殊な、電卓特有の表記が残っていたんです」

 特殊な表記とはなにか。たとえば「CMPLX」という表記だ。

 これは「COMPLEX」の略。それがわかったところで、日本人の場合は「複素数計算」と頭の中で変換、そこからどんな数学用語かを把握しなければならない。

「米国の学会に行ったとき『メニューになんて書いてあるかわからない』と言われたんです。それが本当に衝撃だった。日本人がわからないならともかく、ネイティブが理解できないってどういうこっちゃと……」

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数学的な表現はこんな風に省略されていた

 開発グループはショックを受けた。

 帰国してカシオの新入社員に聞いてみたところ「難しくて使いこなしていない。使っていたのはせいぜいLOGと三角関数だけだ」という返事が戻ってきたことに落胆し、どうにかせんといかんと討議をはじめた。

 問題は表現の幅が狭かったことだ。

 ディスプレイの解像度を上げて、表現の幅を広げてはどうか。ごく普通の数学言語を、省略せず、黒板やノートに書いているのと同じように表示できるようにできればいいのではないか。また、もう1つの期待もあった。多言語展開だ。

「英語圏じゃないところで母国語が表示できるようになる。中国語やアラビア語にも対応させることができれば、製品を展開できる範囲も広がります」

 今までの4倍にあたる192×63ドットの液晶ディスプレイを採用しよう。

 要望を聞いて、青ざめたのは開発屋だ。

値段、性能……ゼロからつくりなおせ

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高性能でもソーラーで動く必要がある

 第三章。開発屋はなぜ青ざめたのか。

「このくらいの表示を出す電卓はたくさんあるんですが、電力が必要なんです」

 開発屋の進藤さんは言う。

「関数電卓は手軽なのが魅力、電池がなくなることを気にしないで使ってほしい。基本的にはソーラー電池、光さえあれば計算できる。高精細表示は電力を食うので、大きな電池が必要になってしまうんです」

 電力はおさえながらも、表示能力を4倍にしなければならない。

 開発屋はどうしたか。いままで使ってきた関数電卓用のLSIを捨て、高解像度版のために設計をゼロからやりなおしたのである。

「今までのLSIを使おうとすると、どうしても1.5V×2になってしまう。今までの倍です。技術革新というほど大きなものではないんですが……」と進藤さん。

 口調は穏やかだが、言っていることは相当だ。

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デザインもちょっと高級感がある

「演算パフォーマンスも今までどおりだと追いつかないので、高速化させました。CPUもグレードアップさせ、メモリーも倍増させています。おかげで処理性能はかなり強力なものになりました」

 要素部品は自社開発にこだわった。焦点はコスト面との戦いだ。

 電卓は使うための道具だ。持っているだけで満足するような嗜好品ではない。いくら機能が増えたといっても、いきなり値段を上げたら絶対に買ってもらえない。

「カスタムで製品に特化したものに仕上げることで、安くしているんです。必要なものを、必要な量だけ作る。液晶も、ディスプレイとCPUをつなぐところもソーラーセルも、もちろん筐体もすべて専用です」

 進藤さんはさらさら言う。

「汎用のものはネジくらいじゃないですか」

 普段はアジアのニセモノ屋がコピー商品を出してくるが「このレベルになるとそう簡単にはマネできない」と上嶋さんは笑っていた。当たり前だ。できるわけがない。

 苦労を重ね、かつ値段をおさえた高性能計算器がついに完成。高解像度化した結果、思わぬ副産物があったという。スマホと連携することだ。

スマホを電卓の味方につけろ

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QRコードを通じてスマホにつながる

 最終章。スマホは電卓の敵ではないのか。

 CLASSWIZは表示解像度を上げたことでQRコードを表示できるようになっている。何をするかというと、グラフの表示だ。

「生活に役立つ計算サイト『Keisan』という自社サービスがあり、そこのエンジンを使ってるんです。サイトから計算結果をメールでパソコンに送ることもできますし、ウェブブラウザーが共通していればタブ同期もできます」

 高解像度化したことで、電卓側にはExcelのようにスプレッドシートを表示させることもできるようになった。電卓上に計算結果を出し、より高度な表現をしたければクラウド経由でスマホやパソコンに描画させられる。

「今まで電卓はあくまで閉じているものだったんですが、QRからウェブにつながっていくことができる。これができるようになるのは大きなポイントでした」

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グラフをスマホやタブレットに表示する

 有名なのは「ティッシュペーパーを何回折ると月に届くか」問題。0.0002メートル×2を何乗すればたどりつくか、計算結果はグラフで見ると一目瞭然だ。冪(べき)乗のような数学教育でもわかりやすく教えられる。

 だが、と思った。

 腕時計にしても音楽プレイヤーにしてもそうなのだが、スマホは完全なるトラディショナルデバイスキラーだ。Excelのウェブアプリで表計算もグラフ表示もできる時代、関数電卓がスマホに近づいてもいいものなのか。

計算器とは道具である

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お話を伺ったお二人。カシオ創業時代の計算器(14-B型リレー機)の前で

「いまも言われますよ、スマホがあれば電卓なんていらないんじゃないかって」

 上嶋さんはあっさりと言う。

「ただ、世界的に電卓市場が伸びているのは、やはり必要性が認められているからじゃないかと思うんです」

 スマホになくて電卓にあるもの、それは身近な道具という価値観だ。

「電卓のいいところは、手軽で大事に扱わなくても大丈夫で、ポンと押したらすぐ出てくること。ものさしや鉛筆みたいに使えなければならない。そこを忘れて多機能に入ってしまうと、スマホに全部食われてしまう。電卓のいいところを残して、プラスアルファを作っていく必要があると思うんです」

 価格は2900円から。電池の交換もメンテナンスもほとんどいらない。それでもボタンを押せばすぐに計算結果が出てくる。それが道具としての電卓だ。

 日本では用途もわかりづらいためか、取材も少ない。社内でも目立たず地味な存在になっていたという関数電卓。だが、その話を聞いていると、これこそがモバイルコンピューターの本来あるべき姿を反映しているもののように思えてきたのだ。

 ひとしきり話を終えたあと、上嶋さんは感慨深げにつぶやいていた。

「新入社員で入社してから十年あまり、ずっと関数電卓をやってきました。初めに配属されたときは『もうやることなんてないじゃん』と思っていましたが、こういうものを作ってみると、まだまだやることはあるんだなあと思うんですよ」

●関連サイト
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カシオ

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