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ロシア人にボールペンを売った話 by遠藤諭

2015年04月15日 15時00分更新

 週刊アスキー本誌では、角川アスキー総合研究所・遠藤諭による『神は雲の中にあられる』が好評連載中です。この連載の中で、とくに週アスPLUSの読者の皆様にご覧いただきたい記事を不定期に転載いたします。

文具とパソコンの話

 その1通のメールがロシアから届いたのは、ちょうどソチ五輪の開催期間中の昨年の2月10日だった。送り主は、オリガ・ユルチェンコという名前の女性で、“Good Day!”という軽いノリの一言から始まる英語の文面が書いてある。そのときから約9ヵ月間にわたり私と彼女の100往復以上のメールのやりとりが始まったのだった。こう書くとなんとなく『バースデイ・ガール』(私が一番好きな“インターネット”のことを扱った映画)っぽい出だしだが、私の場合はそんなことはなくてロシア人とはウォッカを飲まなくても商売ができるというお話である。

 '10年に、私はシマシマアニメのボールペン“アニメーション・フローティングペン"というのをつくった。黒と透明のスリットの下に重ねて特殊なイラストを滑らせるとアニメーションが見られる。こいつを“フローティングペン”(傾けると液体の中の小さな板が移動するお土産ペン)の中に入れちゃうことで、ペンの中で人物が“歩く"ものと“泳ぐ"ものの2バージョンをつくった。個人的なプロジェクトなのだが、本誌や週アスPLUSでも当時紹介してもらったのでご記憶の方もおられるでしょう。

 あまり売るつもりもなかったのだが、最小ロットが決められているのでまとめてつくって人づてに何店か置いていただいた。丸善本店、文房堂、ビームス、東京都写真美術館や東京都美術館、日本科学未来館などのミュージアムショップ、銀座のボールペン専門店の五十音など(現在、Amazon.co.jp以外は品切れのところがあります)。しかし、海外の反応はちょっと違っていた。

 まず、ホームページを立てて数日後に“私は世界一のペンコレクターなのだが"と名乗る30万本のボールペンを集めているという人物が“買いたい"と言ってきて驚いた。私の友達くらいしか知らなかった段階で、なんたる嗅覚! なんたるマニアの怖さ! その後、米国のフローティングペン専門サイト(floatabout.com)がフローティングペンの60年の歴史に残る一品と絶賛して売ってくれたり、世界有数のデザイン・建築系サイト(designboom.com)が取り上げてくれたり(それがブラジルから韓国からトルコからロシアから世界中のサイトに転載された)。

 オリガ・ユルチェンコさんからのメールというのは、それかYouTubeの動画(合計4万回くらい再生されていた)を見たからなのだろう。彼女は、“KONVELS"(ロシア語表記は違うのですけどね)というソフトウェア企業のアレクセイ・プロコペンコ氏の秘書だという。そして、私のアニメーション・フローティングペンの裏側に同社のロゴを入れたものをつくってほしいという注文だったのだ。

 ところが、私の英語が十分じゃないこともままあるのだが、ロシアとのビジネスのむつかしさを知らされた。サンプルを1本送るのに税関を通過させる書類を何通も添付しなければならない。彼女の注文もとても細かくて、ちょっとわかりにくいことを書くと何度も説明を求めてきたり。そのくせいきなり1ヵ月以上にわたって音信不通になり、復活すると「楽しいバカンスだったワ」などと書いてきたような気もする。

 とはいえ、都合2回の試作品のやりとりを経て(デンマークの“ESKESEN"社に製造委託するのでそのたびに時間がかかる。フローティングペンをつくりたい人はESKESENの正規代理店レトロバンクへどうぞ。ほかは中国製コピー品などで気泡が入ったり品質がいまひとつ)。

 なんとか昨年11月末に400本を納品。気がつけば、ソチオリンピックの頃から270日あまり。最後もややこしい書類を3通ほどつけて(すべて先方がロシア語・英語の対訳でつくってくれたんですけど)終わった! と思ったら、「まだ受け取れていない! “対象年齢"を説明する文書を追加で送ってくれ」と……。ロシアの人が我慢づよいことだけはわかりました。私のペースに付き合ってくれたというのも正直すごい。それにしても、その半月後にはルーブルが注文時の半分くらいに暴落するギリギリ間に合ってよかった。なお、オリガさん、「ほかにも面白いグッズない?」と聞いてきたので、ロシア向けに記念品ビジネスはいけるかもしれませんぜ、旦那!

神は雲の中にあられる
↑ロシア向けアニメーション・フローティングペン(中で歩いているのはビデオキャプチャした私)。そういえば’12年1月、ドイツデザイン評議会から突然“Asia Design Excellence”というのをもらった(世界の三大文具見本市のひとつ“ペンシルワールド”に展示していただいた=これってどう自慢していいものか?)。写真右は私のシマシマアニメの原風景のひとつ、明治マーブルチョコレートの鉄腕アトムとウランちゃんが動くパッケージです(復刻モノ)。

 

 

【筆者近況】
遠藤諭(えんどう さとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。元『月刊アスキー』編集長。元“東京おとなクラブ"主宰。コミケから出版社取締役まで経験。現在は、ネット時代のライフスタイルに関しての分析・コンサルティングを企業に提供し、高い評価を得ているほか、デジタルやメディアに関するトレンド解説や執筆・講演などで活動。関連する委員会やイベント等での委員・審査員なども務める。著書に『ソーシャルネイティブの時代』(アスキー新書)など多数。『週刊アスキー』巻末で“神は雲の中にあられる"を連載中。
■関連サイト
・Twitter:@hortense667
・Facebook:遠藤諭

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