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ブルーボトルコーヒー東京進出は成功するか?アップルと真逆のビジネスモデル

2015年02月09日 07時00分更新

 2015年2月6日、米国西海岸・オークランドにあるコーヒー焙煎所、Blue Bottle Coffee(ブルーボトルコーヒー)が東京・清澄白河に進出する。焙煎所を立てるのはオークランド、ニューヨーク、ロサンゼルスに続いて4都市目となる。

 今回は、"スタートアップとしてのブルーボトル"にフォーカスをあてていこう。

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Blue Bottle Coffeeの創設者ジェームス・フリーマン氏。サンフランシスコ、ミントプラザ店にて。

 

■ブルーボトルと、焙煎所が生まれた背景は? 

 ブルーボトルは、2002年に、元クラリネット奏者でマイクロソフトに買収された音楽関連のテクノロジー企業Bongo Musicを辞めたジェームス・フリーマン氏がスタートさせた独立系のコーヒー焙煎所だ。

 どのようにして焙煎所を作ってきたか、味へのこだわりなどについては、『Blue Bottle Craft of Coffee』(Amazon / Kindle)に詳しく書いてある。ちなみに、この本はフリーマン氏の真摯さだけでなく、面白くかわいらしいキャラクターにも触れる事ができる。

 フリーマン氏は元々コーヒーが好きで、クラリネット奏者時代、演奏旅行でおいしいコーヒーを飲むために自分で焙煎をしていたという。しかし彼自身のコーヒー遍歴を見ると、必ずしも恵まれたものではなかった。

 アメリカでもよく流通している缶入りの挽いてあるコーヒー豆について、「プシュッと缶を開けた瞬間の香りは最高だが味はひどい」と評したり、「ポッド型のコーヒーは最悪」と一蹴するなど、独自のコーヒーに対する思い出やこだわりを、時には皮肉交じりでテンポ良く、語りかける。

 そんなフリーマン氏が焙煎所の創業の地として選んだのは、サンフランシスコの対岸にある港町、オークランドだ。

 西海岸の船舶物流の一大拠点となっており、コーヒーの生豆の陸揚げは全米の中でも最大規模となる。また、ゴールドラッシュ、イタリア街の発達など、東海岸や欧州とは少し異なるコーヒー文化が根付いていた土地だ。

 ブルーボトルの焙煎所のすぐ近所には、1970年代からオークの薪での焙煎とエスプレッソマシンの流通・修理を手がけるMr. Espressoの焙煎所も所在しているほか、生豆の流通に加えて焙煎のノウハウを惜しみなく提供する「コーヒー大学」とも言われる卸のスイートマリアズも店を構えている。

 また、地域の食文化の充実も、ブルーボトルの成長に欠かせなかった。

 オークランドの隣町、バークレーには、「カリフォルニア料理の母」と言われる伝説的レストラン・シェパニーズがあり、ここで働いていたシェフやパティシエ、スタッフなどがサンフランシスコを含む周辺地域に新しいアメリカの食事を追究するレストランをオープンさせている。さらに北に40分足を伸ばせばナパバレーがあり、ワイナリーと超高級レストランがある。

 フリーマン氏のコーヒーに対するこだわりと、オークランド周辺のコーヒーに関する背景、そして優れた食文化が、ブルーボトルの起業と成長の要因だった、と振り返ることができる。

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オークランドの焙煎所

■「スモール」、「ローカル」、「オープン」、「シェア」

 オークランドの"地の利"は非常に大きかった。しかし同時に、小規模の地元ビジネスを支えるという米国の地方都市の消費動向もまた、ブルーボトルの初期の成長を助け、現在の原動力になっている。

 日本ではブルーボトルについて"コーヒー界のアップル"と評する記事を見かける。しかし地元ではほとんど聞かない評価だ。Appleのカリフォルニアでの老舗企業としての尊敬の集め方もさることながら、現在のアップルと比較するなら、真逆のビジネスと言える。

 共通点として「ガレージで始まったから」というが、最近では、アップルの創業者のひとりであるスティーブ・ウォズニアク氏も「ガレージから始まったというのは言い過ぎだ」と否定しているし、ブルーボトルもガレージではなく、オークランドにあるレストランの納屋を借りて焙煎に励んだ。

 その豆を持って、カートを引いて周辺で毎日行われるファーマーズマーケットへ行き、1杯ずつ目の前でコーヒーを淹れたところから、ブルーボトルはスタートしている。

 地元で評判となり、前述のシェパニーズのオーナー、アリス・ウォーターズ氏がキュレーションを行ったサンフランシスコのグルメの拠点、フェリービルディングにもカートを出すことになった。

 こうしてサンフランシスコの人々にも「面白いコーヒー屋がある、並ぶけど」と広まって、市内のヘイズバレーに常設のコーヒースタンドを出店した。

 現在、市内のカフェやレストランで、ブルーボトルの看板を掲げている店をたくさん見かける。地元のお店に自分たちの豆を扱ってもらう、スモールネットワークを組んで豆の流通量を増やしてきたのだ。

 同時に、ブルーボトルの焙煎所では、毎週2回"パブリックカッピング"が行われており、一般の人々に対してコーヒー豆に対する理解を深める活動を無料で行っている。また、ブルーボトルの豆を扱うカフェなどに出張して、コーヒーの淹れ方をスタッフやその店の顧客にレクチャーしている。

 顧客やお店に対して、あるいは競合の焙煎所などとも、非常にオープンに知識を共有する姿勢もまた、ブルーボトルの活動の特徴だった。

 スモール、ローカル、オープン、シェア。

 こうしたキーワードを並べてみると、現在サンフランシスコ周辺で人気のあるモバイルアプリのスタートアップの概念に共通することが見いだせる。

 そうした点からも、アップルとの例えは不適切だ。巨大グローバル企業が秘密主義で人々を驚かせつつ、毎年割高のプロダクトを購入させるのではなく、人々が日々口に入れるものとして毎日楽しめるコーヒーを作る。シンプルだが現在の最新テックスタートアップの文脈に通じることを、食で行っているのがブルーボトルなのだ。

 同社にはGoogle Ventures等から巨大な資本が投資された。これによって、例えばロサンゼルスのHandsome Coffee Roasterや、コーヒー豆の購読型オンライン販売のシステムを持つTonxを買収して自社のウェブサイトを刷新するなど、スタートアップ的な資金調達と買収戦略も行っている。

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サンフランシスコ・フェリービルディングのスタンド

西海岸スタートアップの日本進出のジレンマ

 ブルーボトルは米国以外に進出する最初の国として、日本・東京を選んだ。しかし冷静な市場性から判断すれば、日本よりは韓国の方が新しい世代のスペシャルティコーヒー市場が既に形成されているし、中国やシンガポールのほうが成長を期待できる選びやすいチョイスだ。

 しかし、創業者のジェームス・フリーマン氏は、東京を選んだ。『サードウェーブコーヒー読本』(枻出版社、2013年)に掲載されているインタビューによると、日本語を勉強しているほどの日本好きであり、同時に日本の喫茶店での味、器具、ホスピタリティ、空間といったコーヒー体験に触れたことが転機になったと答えている。

 日本のコーヒーの流儀をブルーボトルにも取り入れよう、という想いは、現在も続く豆の焙煎と品質へのこだわり、新鮮さという特徴、そして1杯ずつ丁寧に淹れて提供するスタイルなど、ブルーボトルのコーヒーをより洗練されたものへ成長させたそうだ。

 「日本のコーヒー文化に触れたことが、ブルーボトルの成長を早めた」とも答えている。そうしたコーヒー文化の土地にチャレンジしたいという思いから、初進出の土地として東京が選ばれた。

 しかし、東京という都市とサンフランシスコでは、状況が違いすぎる。

 これはコーヒーに限ったことではなく、モバイル系のスタートアップがいくつもぶつかっている壁でもあるが、"都市に存在している問題や環境が違いすぎる"のだ。

 たとえばUberはサンフランシスコで"いつでもタクシーに安心して乗れるようにしたい"という問題を解決するモバイルアプリだ。

 流しのドライバーはいない、電話で予約してもいつ来るか分からない、という既存のタクシーを置き換え、スマートフォンの位置情報を使って近くで空いているタクシーを呼び、アプリ内で決済を済ませることができるようにした。もはや生活必需品ともいえるアプリだ。

 Uberは東京にも進出したが、そもそも東京では比較的流しのタクシーを捕まえやすく、予約すればきちんと時間通りに来る。Uberが解決した問題は、そもそも東京で問題ではなかった。加えて、一般のクルマがUberで商売をしたら、いわゆる白タク行為で違法となってしまう。

 また、Squareは小規模な店舗や屋台などで、スマートフォンからクレジットカード決済を受け付けられるようにした。こちらも現地ではなくてはならない決済サービスだが、日本ではそもそもカード決済よりも現金の方が強いため、カードが使えないことがサンフランシスコほど問題ではない。

 OpenTableはレストラン予約のアプリだが、こちらは日本の食文化と、店に対する感覚から上手くいっていない。日本で"行きつけの店"、"良いお店"というと、予約しないでふらっと立ち寄りたいものだ。行こうと思っていた店がいっぱいだったら、3軒先に次の"良いお店"の候補がある。アプリを開くまでもない。

 こうしたスタートアップの東京進出という文脈でブルーボトルをとらえるとどうだろう。どんな壁にぶつかるだろうか。

 まず、おいしいコーヒーはそこら中で手に入る。コンビニのコーヒーのレベルは上がり、スターバックスは本国よりも店はきれいで丁寧にコーヒーを淹れてくれる。そして往年の喫茶店では、フリーマン氏も学んだ最高のコーヒー体験が存在する。

 そもそも、おいしいコーヒーの概念が西海岸と東京では異なる。明るい酸味とクリーンな口触りを得意とする西海岸のコーヒーの"おいしさ"と、苦み、コク、深み、甘味といった日本のコーヒーの"おいしさ"は真反対の方向性だ。

 また、オークランドのようなコーヒー豆の陸揚げ地という地の利がないし、焙煎士も枯渇気味。さらに、水の違いはやっかいだ。同じ豆でも水が違えば味が変わる。コーヒー豆の焙煎のレシピである"プロファイル"に対して、大きなカスタマイズ、ローカライズを必要とすることになるだろう。

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オークランドの最新店舗、W.C. Morse

コーヒーデルタのリーダーになれるか?

 ブルーボトルは、オークランドで創業した当初のように、地元の顧客やカフェなどの店舗、そして同業者といかに寄り添うことができるかが、彼らのやり方や思いを届けるための最大の焦点になるだろう。

 ブルーボトルが選んだ清澄白河という場所は、コーヒーにとって非常に面白い土地だ。

 もともと、隅田川沿いに規模の大きな焙煎所があるほか、The Cream of the Crop Coffeeの焙煎所、独立系でサードウェーブを地で行くARiSE COFFEE ROASTERS、そしてニュージーランドのALLPRESSも焙煎所とカフェを構える、コーヒー地帯なのだ。

 周辺には清澄庭園、木場公園、富岡八幡宮、江戸東京博物館などが存在する運河が発達した、散歩するには気持ちの良い、文化的な地域でもある。そして、たくさんの人々が周辺に住んでいる。

 パンケーキやポップコーンのように、海外から来て行列を作り、やがて廃れていく流行ではなく、しっとりと地域の人々の生活の一部として定着させることができるかが勝負となる。前述の課題を乗り越えながらも、5年、10年続けられるビジネスの土台が作れるかどうか、オペレーションに注目だ。

 そして、多くの人々が、ブルーボトルのコーヒーを飲んで、生活になくてはならないものだ、と笑顔をこぼすことが、創業者のジェームス・フリーマン氏にとって、最高の日本への恩返しとなるだろう。

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焙煎所でのパブリックカッピング

写真提供:松村太郎

(2015年2月12日18時訂正:記事初出時、ジェームス・フリーマン氏の経歴で「元チェロ奏者」としていましたが誤りです。正しくは「元クラリネット奏者」です。お詫びして訂正いたします。)

■関連サイト
ブルーボトルコーヒー

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