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総務省が語る“SIMフリー=バラ色”は未知数(石川温氏寄稿)

2014年07月02日 14時00分更新

 総務省は6月30日、“SIMロック解除”をキャリアに義務づける方針を正式に示した。2015年度の実施を目指すという。
 今回、SIMロック解除義務化を打ち出したのは総務省の“消費者保護ルールの見直し・充実に関するワーキンググループ”だ。
 現状、消費者は、キャリアショップなどで複雑な料金体系やプランの説明を受け、理解が不十分ななか、契約をされてしまうという点を問題視。また、実際に利用してみないと品質が分からないことがあるとして、一定期間のうちならば、契約解除が可能な“クーリングオフ”を携帯電話契約でも認める流れを作ろうとしている。 このクーリングオフをする際、端末をキャリアショップに返品できるようになると、キャリアショップは不良品在庫などで多大のリスクを被る。
 このため、SIMロックを解除させれば、ユーザーは購入した端末で他キャリアを契約できるようになるし、キャリアショップ側も返品のリスクを回避できるというわけだ。
 

SIMフリー

 総務省では2010年にも、各キャリアの競争環境を促進し、利用料金を下げようとSIMロック解除を促進してきた。しかし、NTTドコモはAndroidスマホでSIMロック解除に対応するもiPhoneでは非対応。KDDI・田中孝司社長は「通信方式が異なるから意味がない」とSIMロック解除を無視。ソフトバンクも孫正義社長が「一部機種で対応したが、ユーザーからの需要はなかった」として、徹底的に拒んできた。
 各キャリアとも対応は鈍く、当時のSIMロック解除施策は失敗に終わった歴史がある。
 今回、総務省は“クーリングオフ”と“SIMロック解除”を結びつけ、“消費者保護”という観点でキャリアにSIMロック解除を義務化させているようだ。

SIMフリー

 もちろん、総務省としては表向きは“消費者保護”というスタンスをとっているが、当然のことながら、本心としては“キャリアに競争をさせたい”という狙いがある。
 3キャリアの寡占状態だったところに、競争をさせようと4キャリア目として『イー・モバイル』に新規参入させたものの、結局はソフトバンクグループに入り、3グループ体制になってしまった。
 先頃発表された“国内通話かけ放題プラン”も3社で2700円と横並びとなり、もはやキャリア間の競争環境など皆無と言える。
 総務省としては、過去に新規参入を促し、販売奨励金を見直させ、端末と通信料金を分離し、2010年にはSIMロック解除を導入させるなど、競争環境を作ってきたつもりだが、ことごとく失敗。キャリアの囲い込み戦略を前に、総務省はメンツを丸つぶれにされてきた。
 総務省には、過去の恨みを晴らし、プライドをかけて、キャリアにSIMロック解除を意地でも義務化させたいという野心があるように見える。
 今回のSIMロック解除の方針を受け、格安スマホで人気が出始めているMVNOには追い風が吹いているように見える。しかし、「SIMロックが解除されても、キャリアには問題点が残るだろう」と大手MVNO幹部は語る。

 キャリアとしては、SIMロック解除が義務化されるとなると、料金プランやサービスでできるだけユーザーを囲い込もうと必死となるだろう。2年縛りではなく、3年、4年縛りというのも出てくるだろうし、場合によっては現状1万円の解除料を値上げして囲い込むという戦略に出てきてもおかしくない。
 「SIMロックが解除されても、契約で縛られるようでは意味がない」(大手MVNO幹部)というわけだ。
 各キャリアは、総務省の想定を超える“囲い込み策”を考え出すのがうまいだけに、SIMロック解除が義務化されたからといって、そう簡単にユーザーがMNPしやすくなるものでもなさそうだ。このあたりは総務省とキャリアのいたちごっこが続くのは間違いない。

SIMフリー

 一方、ユーザーの立場からすれば、いま持っている端末を使い続けながら他のキャリアに移行できるというメリットはあるだろう。
 しかし、これが数年前であれば魅力的だったかも知れないが、現状の3キャリアは料金、ネットワーク品質、サービスが横並び状態でほとんど違いがないと言っていい。それこそ、数年前は「ソフトバンクのネットワーク品質が悪い。iPhoneをドコモで使いたい」というニーズもあったが、いまではソフトバンクの品質は大きく改善しているし、ドコモからもiPhoneが販売されている。
 新聞報道では「海外に行くときにSIMフリーであれば現地のSIMカードが使えてお得になる」というメリットが紹介されている。しかし、端末が1台しかなければ、現地のSIMカードを挿入してしまっては、転送でもしない限り、普段の電話番号での着信が受けられなくなる。海外で安価に通信をしようと思ったら、国内で使っている電話機とは別のSIMフリー端末が必要になるはずだ。
 別のSIMフリー端末を調達するのならば、アップルストアで売っているSIMフリーiPhoneや、Google PlayのNexus5を買えばいい。

 一般ユーザーの動向を見ていると、MNPによって何万円ものキャッシュバックがもらえることにむしろ喜んでいる人のほうが多い気がする。筆者のまわりにも、この2月、3月には「家族丸ごとMNPして、生活費の足しにした」という人を多く見かけた。彼らはキャリアに2年間縛られることに何の抵抗もないし、むしろ、縛られることを歓迎しているようにも見える。
 海外では、高価な端末は分割で購入し、割引も受けられない。欧州では「iPhone5sは高いから」という理由で、型落ちのiPhone4sのほうが売れていたりする。一方で日本はSIMロックがあることで、毎月割引が適用され、場合によっては実質ゼロ円で、最新でハイスペックの人気機種が買えているということも忘れてはならない。世界的に見て、高価なiPhoneが、これだけ普及している日本はむしろ“恵まれた環境”だと思わなくてはいけないはずだ。
 
 海外のように、スマホを一括購入あるいは分割払いを完済した場合にはSIMロックを解除するというのが、いまのところは現実的な答えのような気がする。しかし、一括購入するユーザーは限定的だし、2年間の分割払いを完済したときには、もはやスマホとしてはかなり古い機種であり、次の新製品を購入したくなるような気がしてならない。
 総務省としては、SIMロック解除を義務化し、競争が促進されたアメリカを目指しているのかも知れない。確かにアメリカでは競争環境が起き、ユーザーが流動化し、業界第4位のT-Mobile USに勢いが出てきた。
 T-Mobile USは端末補助金を廃止し、分割払いにシフトした。端末補助金がなくなったことで、基本料金は安くなったが、その分、端末の分割払いの金額は上がっている。実際、GALAXY S5の場合、27ドル50セントの24回払いとなり、総額は660ドルだ。3GBで話し放題のプランが月額60ドルなので、結局は毎月100ドル弱払う計算となり、あまり日本と変わらない設定となる。
 日本でSIMロックを解除すると、今後、キャリアは端末補助金をなくしていくだろうし、むしろ、ユーザーの負担は上がる可能性がある。

 総務省がSIMロック解除を義務化するのは結構だが、喜ぶのは我々のような一部の業界人や週アス読者のような、賢くスマホを使いこなせる人だけなのではないだろうか。多くのユーザーにとって、本当にSIMフリー化が必要かはかなり疑問だ。
 総務省は“SIMロック解除でバラ色の世界が開ける”と考えているかも知れないが、世間一般に浸透するかは未知数だ。
 むしろ、いまでもスマホ初心者への対応や新料金プランの説明で疲弊しきっているショップが、クーリングオフ導入でさらに打撃を受ける方が心配だ。 
「キャリアショップは儲からない」と逃げ出す代理店が増えれば、街中からキャリアショップがなくなり、結果として、ユーザーの不利益につながるのではないだろうか。
 SIMロック解除で盛り上がりを見せようとしているが、解決しなければならない課題もあることを忘れてはならないのだ。
 

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