週刊アスキー

  • Facebookアイコン
  • Twitterアイコン
  • RSSフィード

マクロスFの河森正治監督が語る 名作を生み出すユニークな発想の原点

2013年03月07日 14時00分更新

 第肆回天下一カウボーイ大会(関連記事)で、どの参加者も「面白かった!」という感想を漏らしていたのが、アニメ『マクロスF』や『アクエリオン』、『AKB0048』などを手がけたビジョンクリエーター河森正治氏の講演だった。

河森正治監督 アイデア発想法

 講演内容はアニメの話しかと思いきや、河森氏が今まで生み出してきた作品のアイデア発想法について語られた。日本だけではなく、世界的なヒット作を生み出したクリエイターがいかにして名作を世に送り出してきたのか、その一端を垣間見ることができた講演内容をリポートする。

 

■マクロスシリーズの発想の根源は異なるベクトルの融合

河森正治監督 アイデア発想法

 マクロスシリーズが名作と言われる理由は、従来のアニメにはなかった“SF世界で戦争をするロボットもの”と”アイドル歌手が歌う”という異質な要素を見事に融合させている点だ。

 河森氏が初代の『マクロス』を企画したとき、既に『宇宙戦艦ヤマト』や『スターウォーズ』などミリタリー系のSFものは数多く存在した。これらとの差別化するために、オリジナリティーにこだわる河森氏が取り入れたのが、“アイドル歌手”や“恋愛の三角関係”といったマクロスシリーズのテーマともなっていく要素だ。当初は戦場で歌っているだけの設定だったが、それでは面白くないということで、“敵側の異星人があまり文化を持たない”という設定を元に“歌で敵の戦意を喪失させる”という流れを作った。

 河森氏の考えでは、アニメを構成する4つの要素、“映像”、“音楽”、“音声”、“物語”はそれぞれ、同じ方向性を向いていたのでは常識的範囲以上の広がりは生まれない。つまり、激しい戦闘シーンに激しい音楽を入れても、質感が一緒なのでベクトルが開かずに効果は足し算にしかならない。

 しかし、激しい戦闘シーンにアイドルソングや恋愛の三角関係を入れることで、それぞれが異なった質感の要素となるため、方向性(ベクトル)に違いが生まれる。ベクトルの違うものを合わせることで作品が立体的になり、多くの情報が入れられ、広がりが生まれる。

 ただ、このベクトル合成は非常に難しく、少しでもベクトルがズレると合成がうまくいかないという。河森氏自身も経験的にベクトル合成がうまくいったか否かは分かるが、具体的に言葉にしてこの原理を説明するにはまだ2、3年を要するだろうと語っていた。

 実際に『マクロス』シリーズでは、宇宙空間での戦闘シーンと、アイドルのライブステージが1つの作品のなかで違和感なく融合しており、ほかのアニメにはない世界観を生み出している。さらに、『AKB0048』では、実在のアイドルと“襲名制”という歌舞伎や落語の文化、そしてSFという異なる3要素が融合している。これらは、まさに河森氏の理論が作品として具現化されたものと言えるだろう。

 

■『バルキリー』のデザインベースはレゴだった!

河森正治監督 アイデア発想法
河森正治監督 アイデア発想法
河森正治監督 アイデア発想法

 『マクロス』や『アクエリオン』など、河森氏の作品には数多くの変形するロボットが登場するが、このデザイン手法がユニークだ。なんと、あの子供用ブロック玩具の『レゴ』で作られている。講演では、『マクロスF』に登場する『VF-25 メサイヤ』、『YF-29 デュランダル』のベースとなった実物が披露された。レゴで組まれた飛行機(写真の赤いTOY、YF-29)が、みるみるうちにロボット形態に変形していく様子に、会場から驚きの声が上がっていた。

 河森氏によると、「絵に描くだけだと本当に変形できるか検証できませんし、実際のプロダクト製品であるレゴで出来ているのを見せれば、玩具メーカーの方も(デザインが実現可能かという点で)“できない”とは言えませから」とのこと。また、レゴならば作り直しが簡単なので、デザインの試行錯誤が何度でもできるのが利点だ。このレゴで作られたベースモデルを3DCG化してプリントし、そこから手書きのデザインを起こすのが今の河森氏が行っているデザイン手法だという。

 河森氏のデザインするメカニック作品は、まるで実物が存在するかのうようなリアルさがある。もちろん、実物の戦闘機などを取材している成果も大きいが、このようにレゴを使ったデザイン手法をとることで、“パーツの取り外しなく実現可能な変形機構を搭載している”という構造的な説得力を有しているのがリアルさを感じさせてくれるゆえんだろう。

 ちなみに、『マクロス』シリーズに登場するロボットは、河森氏が「人型ロボットでない主役メカを作ろう」というコンセプトで作り始めたのがきっかけ。たまたまスキーに出かけて、滑っている時の膝を曲げた姿勢からヒントを得たのが、いわゆる『ガウォーク』と呼ばれる、戦闘機のコックピットを持ったロボット形態だ。しかし、アニメを制作する際に企画を持ち込んだ玩具メーカーからは「顔が無ければダメだ」という注文を受け、そこからさらにロボット形態に変形させることを考えたという。そして誕生したのが、リアルな戦闘機からガウォーク、ロボットと3段階で変形する『バルキリー』シリーズだった。ただ、河森氏によると「1機開発するのに、変形しないメカのおよそ30倍は時間がかかる」とのこと。

 

■作品のアイデアは人間のどこから生まれるのか?

河森正治監督 アイデア発想法

 河森氏の考えるアイデアの源流は人間の潜在意識の領域にあるようだ。『マクロス』の成功ののち、アメリカや中国、インドといった国々に取材に行った河森氏は、人間の感覚の違いにカルチャーショックを覚えたという。

 とくに内モンゴルでは、羊飼いたちが望遠レンズでようやく見えるような、遙か遠くに居る羊を見分けたり、ネパールでは現地の人が谷を挟んで普通では考えられない遠距離で会話していた様子を目撃。そのとき、河森氏は「自分は視力が2.0あり絵も描けるし、モノも作れる」という自負があったが、認識力の違いに敗北感を覚えたという。そのショックが忘れられず、また、既存のアイデアや演出方法にないものを作るために、人間が持っている感覚に興味を持った。そこから、東洋医学や武術の達人、マジシャン、先端心理学者など人並み外れた感覚と技を持つ人々を取材。そこから得られた河森氏の考えが次のようなものだ。

 人間の意識とは諸説あるものの、自我や潜在意識、集合的無意識で構成されていると考えられている。普段自分だと思っている自我は、他者との現実情報の共有や、その時代ごとの社会理念に基づいた自分の中の合理的な考え方などで構成されている。これを合意現実という。

 この合意現実、つまり自我が表面に出ているだけでは良いアイデアは生まれにくい。バルキリーの開発にも当てはまるが、机上でアイデアを出そうと考えているよりも、気分転換に散歩したり、トイレに行ったり、旅行に出かけたときの方が良いアイデアが浮かんでくる。この理由は、自我の領域ではなく、潜在意識からアイデアが出てくるためである。河森氏の場合は、日本と文化の違う外国、河森氏流の言い方をすると“辺境に行ったとき”によくアイデアが出てくるという。

 また、こういった気分転換のほかに、睡眠時に見る夢も潜在意識にアクセスしやすい。睡眠時は自我と潜在意識の境界が曖昧になるため、自我の合理性から離れて自分が別の人物(夢の登場フィギュア)だったり、怪物や魔女などが登場することがある。ここからもアイデアが生まれるようだ。

河森正治監督 アイデア発想法

 なかなか、意図的にやるのは難しい部分もあるが、個人レベルならば、アイデア出しに煮詰まったら気分転換をしてみたり、見た夢を起きてスグにメモしたりと、意図的に潜在意識の中にある情報を引き出すような行動をしてみると面白いかも知れない。

 『マクロス』シリーズでは、敵方の異星人ゼントラーディ族が、自分たちが知らなかった未知の文化に遭遇したときに“デカルチャー”という台詞をつぶやくシーンが多く見られる。河森氏の場合は、アジアを旅することで自分がその“デカルチャー”を多く体験してきた。そして「取材に行くために仕事している」と、冗談まじりに言うほど旅をして見聞を広めることがライフワークになっている。日本という社会の枠に捕らわれず、むしろ日頃の常識を覆すような様々な文化に触れて自分の意識を刺激し続けることこそ、世界有数のクリエイターとして名作を世に送り出し続けられるゆえんと言えるだろう。

 今回の講演では、河森氏の「クリエイターは旅に出ろ」というメッセージが印象的だった。なお、河森氏の今までの活動については、書籍『河森正治 ビジョンクリエイターの視点』でも語られているので、興味があれば読んでみて欲しい。

●関連サイト
河森 正治氏のオフィシャルサイト
ユビキタスエンターテインメント

この記事をシェアしよう

週刊アスキーの最新情報を購読しよう