『時をかける少女』、『サマーウォーズ』が高く評価され、今や世界でもっとも注目を集めるアニメーション監督、細田守。最新作『おおかみこどもと雨と雪』制作の背景をうかがいました。
細田守
『おおかみこどもの雨と雪』監督
PROFILE
1967年生まれ。富山県出身。’91年東映動画(現・東映アニメーション)入社。’06年『時をかける少女』、’09年『サマーウォーズ』は海外でも高く評価された。2011年、自身のアニメーション映画制作会社「スタジオ地図」設立。
週アス:『おおかみこどもの雨と雪』は細田監督が子育てにあこがれを感じたのがきっかけだそうですが。
細田監督:あこがれに感じちゃったんですよね。友人宅に子供ができて、すごい充実している顔を見て、「いいね、うちも子供欲しいね、アマゾンでクリック」みたいなわけにはいかないじゃないですか。よけいにあこがれがつのるというか、クリックできないぶん、映画になっちゃった。
『時をかける少女』のとき、「細田さんっていい高校時代過ごされたんですね」と言われたりしたんですけど、過ごしてたらアニメなんかつくってないよ(笑)。『時かけ』のときは、タイムリープが超能力というよりは、過去に何かしら後悔したことを踏まえて新しく前に進むみたいなところがあって、自分の中の後悔や、時間には後悔がつきまとうということがあいまってああいう作品になっていると思うんです。イケイケな高校時代を過ごしていたら、タイムリープがもっと超能力な話になるような気がするんですけどね。
週アス:子育ての経験はないということですが、雨が「大丈夫して」という場面など、よく研究されていますよね。
細田監督:「大丈夫して」は本屋で見かけたんですよ。文庫本のコーナーで男の子が泣いていて、お母さんにしがみついて「大丈夫して~」って、「もっかい大丈夫して」まで言ってましたよ(笑)。男の子が甘えた声で、むちゃくちゃかわいいなと。もうちょっと自分が若かったら、このガキ甘えやがってと思うかもしれないけれど、お母さんが自分より年下だったりするので、こういうふうに言われたらお母さん嬉しいんだろうなと思うと、うらやましくなるよね。
週アス:草原を渡る風など、背景の絵が動く表現がすごいですね。
細田監督:風の表現って今までみんなやりたいと思ってできなかったことなんです。海外の短編アニメで、アレクサンドル・ペトロフやフレデリック・バックなど、ひとりで描いている作家が送り描きで風景を動かすということはあっても、商業作品の中ではできなかったのを今回チャレンジしようと。しかもそれがCGっぽくならずに溶け込んで見えるためには、本当にCGのレベルが高くないとできないんです。
週アス:『サマーウォーズ』で仮想世界OZを描いたデジタル・フロンティアがCGを担当していますが。
細田監督:技術的な面では、ゲームのムービーのようなフルCGではなく、どちらかといえば実写合成に近いアプローチですね。実写映画の視覚効果って実際の風景とCGが溶け込まないといけないわけですが、そういうセンスでアニメの風景にCGが溶け込むということをやっています。そういうアプローチも今までないと思うんですよね。CGはCG、美術は美術って分かれていたのが一緒になってやっている。それがさりげなく写らないといけないんですが、実際は恐ろしい手間がかかっています。
今までは草原に風が渡る場面は、セルにタッチだけを送って表現していたんですが、今回は本当に動いてますからね。アニメの約束事というか、こうやって風が渡るのを表現しますというのを、一度全部忘れて、いちからこういうシーンがあったらどう表現するのかということを根本的に考え直しています。それが新しい表現につながったと思います。
週アス:雪と雨が雪原を駆け抜けていくシーンがすばらしいですが、CGなしではできない場面ですね。
細田監督:最初に原画やアニメーターの方が大きく構図を指定して、それを基にCGで細かく舞台を作成して、原画の人がその上を走らせるという手続きを踏んでいます。林の中を気持ちが駆け抜けていくような、スピード感とかカメラワークのキレのよさとか、すごく気持ちのいいシーンですよね。
気がつかない細かいところも、全編CGチームで合成しているんですよ。通常は美術とCGをわけるんですが、いかにもCGじゃないとできないというシーン以外も、全編CGチームを通しているので、普通の場面との開きが少ない。一見普通に見えるところにも細かなCG技術が入っています。たとえば、田舎に来たら虫がいっぱいいるわけですが、虫もCG合成のなせるワザですし、雲がこんなに変化しながら動いているとか、なにげなく見えるところもいっぱいあります。実はCGが舞台の映画みたいなところがあるんですよ。
水の表現もすごいですよね。雨脚が速くてアスファルトにざぁーっと泡になって流れているところも普通はできません。それをなにげなく見せるのがデジタル・フロンティアの堀部亮さんの技術の超高いところで、普通に見えてすごいことやっている。これをつくったあととある監督と話をしていたら、「困ったことしてくれたねー。これが普通になっちゃたら俺らこれから大変だよ」って(笑)。それは堀部さんへの最大の誉め言葉なんじゃないかって。
週アス:時代設定は現代なんですか? ケータイやテレビが出てきませんが、ノスタルジックな雰囲気でもない。
細田監督:『サマーウォーズ』は登場人物がみんなケータイもっていて、SNSが舞台で、週刊アスキー的な話がしやすいんですけど、今回はケータイが写らないですからね。実はケータイがある世界なんですけど。花が就職した先ではパソコンで仕事している、あそこだけ唯一、モニターが写っている。あとはなるだけ写さないようにしようと。
今だったらケータイ見て待ち合わせするじゃないですか、花とおおかみおとこは文庫本読みながら待ち合わせする。そういったところが一種、甘酸っぱい何かを思わせるのかな。デジタルグッズを買えないんだね、あの人たちは。そういうところが清貧じゃないけど、彼らのシンプルな人間性みたいのを出してくれるかなと。
週アス:文庫本といえば、本棚に並んでいる本がキャラクターの成長にあわせて変わりますね。
細田監督:花とおおかみおとこが本を読む人たちだというのもあって、本棚の変化が楽しいですよ。ちらっとしか写らないんですけど、絶対、知っている背表紙があるんじゃないかな。あ、これ高野文子『黄色い本』じゃね、みたいな。『小児科学』っていうお医者さんが読むような分厚い専門書もさりげなくはまってます。
本棚会議みたいなのがあって、花だったらどういう本を置くか話し合いをしました。最終的には美術の石井弓さんっていう女性がセレクトも含めて彩色をまとめてます。石井さんは『サマーウォーズ』の本棚も担当したんですよ。そういうところでも作品を積み上げた上での表現の厚みが出てくるんじゃないかと思うんです。
週アス:子どもたちが成長していく13年間を2時間で描いていますが。
細田監督:親にとっては子どもがだんだん大きくなっていくっていうこと自体が喜びだろうから、あまり急に背がぐんと伸びましたというのではなく、やっぱり時間の流れの中で描きたいと思いました。何年後とか何歳みたいなテロップをつけるんじゃなくって、花と一緒に時間を過ごすようにするにはどうしたらいいのかなと結構考えましたよ。
週アス:成長する過程の描き方が見事で、子役が切り替わったのに気がつきませんでした。
細田監督:大野百花さんは10歳で、雪の生まれたときから小学校1年生までを演じてもらってるけど、最高にうまい。黒木華さんは21歳なんだけど、小学校4年生の思春期のくだりとか、瑞々しさを出してもらえた。加部亜門くんもめちゃくちゃかわいいでしょ。0歳で泣くシーンがあって、最初はSE(効果音)でやろうかと思ってたんだけど、加部くんがやりだしたら、それがものすごくうまくって。加部くんぐらいになると0歳児も表現できるのかと。西井幸人くんも甘い声のなかに艶があって。大人に成長する中間にいるような魅力的な声ですよね。
週アス:家族の物語ですが、ファミリー映画ではないですね。
細田監督:子育てしていない人も育ててくれた人がいるわけで、子育てしていないと味わえない話ではないと思います。あるいは自分がどう成長してきたか振り返るとか、みなさんのそれぞれの立場で見てもらえる、ちょっと変わった映画になったと思います。ひとりの女性の映画だけど、男の人が見ても思うところがあるんじゃないでしょうか。
週アス:監督の故郷、富山県が舞台のモデルになっていますが、“心の中にある自分のふるさと”を描きたかったということですが。
細田監督:それぞれの方の田舎の風景を思い浮かべてくれるといいかなと思います。そういうふうに思っていただくことも含めて、ある地域をちゃんと描くって大事かなと思いました。みんなの風景だからってあいまいに書いてしまうと誰の風景でもなくなっちゃうんですよ。僕自身もはっきりと限定された土地の映画を見ながら、自分のふるさとを考えてしまうところがあります。あるお母さんの物語を見ながら、自分のお母さんやお父さん、奥さんをふりかえることもある気がします。
週アス:最後に週刊アスキー読者にひとことお願いします。
細田監督:週刊アスキーは男性の読者が多いと思うんですけど、この映画を見るときは大事な人と見ていただくと、いいことがある気がするんです。恋人がいる方は恋人と、恋人じゃなくても仲のいいどなたかといらっしゃると、映画を見終わったあと、ご飯を食べているときとかにきっといいことがあると思われてならないんですよねー。レストランでオーダーするときも、ちょっと渋い声を出して、おおかみおとこっぽい声でオーダーしていただきたい。自分たちどうしの大切なことについて考えていただけると、いいことがあるんじゃないかな。
『おおかみこどもの雨と雪』
●公式サイト(外部リンク)
●7月21日(土)より全国東宝系にて公開
(C)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
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