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東京カレー日記ii by 遠藤諭

私は忘れない。「CPU黒歴史」本を読む

2012年07月10日 21時03分更新

 たぶん誰も三国志の時代の武将の1人でも会ったことはなくても、アーサー王や円卓の騎士の1人とお話をしたことなんかなくっても、歴史や物語というのは面白い。まさに、そんな感じで普通にPCを使っている人には、なんのことやらという感じなのだが、ほほ~そんなややこしい世界になってたんかいという歴史のアヤが堪能できるCPU本が出た。

私は忘れない。「CPU黒歴史」本を読む

※あらゆるものには“黒歴史”がある。だから明日も大丈夫だ!

 『忘れ去られたCPU黒歴史』(大原雄介著、アスキー・メディアワークス刊)である。歴史はコントラストが強いから当たり前なのだが、PCの心臓部に入っているあの黒灰色のカケラ、あの何万円もしたりする石コロの歴史の“暗部”というものがエグリ出される。私のようなバリバリにハードウェア系でない人が読んでも、この記号と数値と開発コードとスペックと諸事情の話は、心地よいリズムで脳に響いてくる。

 ということで、私も対抗上、昔の写真を引っ張りだしてきてみました。かなり前の写真で、まずは私が若いというのが目にとまりますが、手に持っているのは「CPU白歴史」ともいうべきラインナップ。どれがどれか、分かりますかね? どれも歴史的ベストセラーばかり。右手に持っているのは世界最初のプロセッサっていわれる「4004」です。

私は忘れない。「CPU黒歴史」本を読む

※この本とはまったく逆の「CPU白歴史」のラインナップくんたち。

 しかし、やっぱりなぜか「白歴史」よりも「黒歴史」のほうがジンとくるのかもしれない。帯に「低性能! 高望み! 発売延期!」ってあるけど・・・だからこそこの業界は楽しい? たぶん「忘れ去られた」という書名を見て「私は忘れない」と心の中でつぶやいている人も多いはず。実は、編集担当のKくんに頼まれてこの本の“前書き”を書かせてもらったので、私のCPUとその黒歴史についての思いをそのまま引用させていただくことにする。

「本当のコンピュータの歴史がここにある」

 いま世界を動かしているあらゆる電子機器には泥(シリコン)から作られたCPUというものが埋め込まれていて、そのほとんどが誰にも読めないような呪文(プログラム)で動いている。いまから30年ほど前、映画『巨人ゴーレム』を見たときに、「これって、コンピュータそのものじゃないか!」と思った。あの古いサイレント映画を見た人ならご存知のとおり、ゴーレムは、カバラの呪文を胸のスロットに入れて動き出し、その小さく丸められた羊皮紙を子供に抜き取られてパタリと止まるのだ。それとまったく同じようにして動くものが作りだされ、たかだか50年前の人たちにすら信じられないようなことを可能にしているその根幹にある、現在の「秘術」がCPUの世界である。

 1965年に、インテルの創設者の1人であるゴードン・ムーアが、米『エレクトロニクス』誌に「ムーアの法則」と後に呼ばれるようになった文章を寄稿した。この本の読者にはなんの説明も必要ないと思うが、その後、チップの集積化は頭打ちになりそうになるが製造技術がそれをブレークスルー(日本のステッパーメーカーの役割が大きいとされる)。一方、1974年には、世界最初のマイクロプロセッサとされる「4004」が誕生する。

 それ以降、人類の歴史の中でも最も飛躍的に“複雑化”をとげたものの1つだがCPUに違いない。4004の論理設計をした嶋正利さんにインタビューさせていただいたときに、「チップの設計はね、頭の中に論理回路をまるごと残しておかなきゃだめなんですよ。(中略)ところが、土曜や日曜に思いっきり遊んだり、酒を飲んだりすると、確実に論理を忘れるんですね」(『計算機屋かく戦えり』アスキー刊)と言われたのは印象的だった。要するに、人間技では不可能なほど複雑化するのだが、やがてチップの設計自体がコンピュータの助けを大いに利用するようになる。

 1990年頃、私のいる会社には2つのCPU開発プロジェクトがあったが、ミーティングで隣り合わせた担当者は、そうした設計ツールの賢さが勝負になると教えてくれた。膨大なトランジスタを搭載したチップの回路シミュレーションや自動設計のことだ。彼は、「コンピュータはコンピュータ自身を設計しはじめている」という意味のこともいった。ゴーレムが、ゴーレムを作りはじめたのだ。

 本書に登場するCPUたちは、まさにカバラの導師たち(この表現はCPU業界にいる人たちの文化的背景まで考えるとあまり適切ではないかもしれないが、コンピュータの世界ではしばしば《グル》という言葉は使われるし、私の体験も最初に述べたようなことなのでお許しいただきたい)すらやらなかった領域に突入してしまったCPU業界が放ったスパークなのだ。

 登場するCPUは、1980年代の終わりから2000年代のはじめまでのものがほとんどなので、私が『月刊アスキー』を編集していた時代と重なっている。ハードウェア専門の編集担当が詳しい部分だが、私が見ても懐かしい言葉がポンポンと飛び出してくる。RISC特集でお話をうかがった「i860」は「駄作」の烙印を押されてしまっている。このCPUが大ヒットしたら日本の電力事情が危ないという今ならシャレにならないジョーク(? )もあった「Prescott」。私はiPhoneはこの流れをくむチップを積んだのかと思った「XScale」--。

 読みどころは、「秘術」はボンっと煙とともに生じるわけではない。その前段階としてトリカブト、ベラドンナ、トカゲのしっぽといった材料と、それを鍋に入れるタイミングや火加減、それを誰がやるかが重要だということだ。記録されるべき人類の歴史の1つが本になった。

(アスキー総合研究所 所長 遠藤諭)

【筆者近況】
遠藤諭(えんどう さとし)
アスキー総合研究所所長。同研究所の「メディア&コンテンツサーベイ」の2012年版の販売を開始。その調査結果をもとに書いた「戦後最大のメディアの椅子取りゲームが始まっている」が業界で話題になっている。2012年4月よりTOKYO MXの「チェックタイム」(朝7:00~8:00)で「東京ITニュース」のコメンテータをつとめている。
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