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電王戦観戦記 ほかではあまり語られない舞台裏

2012年01月15日 09時00分更新

 1月14日に行なわれた米長永世棋聖vs.ボンクラーズの将棋対決『電王戦』は、ボンクラーズの先手▲7六歩に対して△6二玉を指した米長永世棋聖が、序盤は作戦通り手堅くかつ慎重に進んでいったが、中盤の駆け引き以降、徐々にボンクラーズが優勢に進めていき、113手まででボンクラーズの勝利となった。米長永世棋聖にはぜひ勝ってほしかったと思っていた方も多いと思うが(私もそのひとり)、今回の熱き戦いを取材してほかのメディアではあまりとりあげないであろう舞台裏を中心に観戦記をお届けする。

※400越えの評価値について加筆しました。

米長永世棋聖
電王戦観戦記
開始直後の様子。序盤は優位に進めていたと思うのだが……。
中村太地五段
電王戦観戦記
ボンクラーズの手を実際に指した中村太地五段。イケメンの声高し。
伊藤氏が操作したノートPC
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対局室の脇でボンクラーズに米長永世棋聖の指し手を入力していた。
山崎バニラさんも観戦
電王戦観戦記
次回コンピューターと戦う船江恒平四段に局面の話を伺う山崎バニラさん。
コンピュータ将棋協会 瀧澤武信会長
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37年前からコンピューター将棋の研究をしてきて、約20年かけてアマ初段の水準になった。クラスター接続は以前からやっていたけれど、ボナンザのソースが公開されてから、マシン性能の向上もあるが、飛躍的に進歩している。

■ボンクラーズの心臓部はこれだ!!

 今回、ブレードサーバーを特別対局室近くの部屋に設置し、対戦に臨んだボンクラーズ。対局室の片隅で、開発者である伊藤氏が差し手を入力し、その結果は記録係のディスプレーに表示。それを読み上げて中村太地五段が実際に指すという形式で行なわれた。
 さて、そのブレードサーバーは富士通の『PRIMERGY BX400 S1』のシャーシを使用。サーバーブレードが最大8枚利用できるが、今回は2800Wという電力制限(将棋会館の許容量として)があったため、6枚に抑えられた。サーバーブレードは、CPUが2つ載せられる『BX922 S2』を使用。CPUはXeon X5680(6コア/3.33GHz)、メモリーは24GB、64GBのSSDが搭載されている。この構成で1秒間に約1800万手読む性能だ。
 ちなみに、CPUはHyper-Threading対応なのだが、並列処理の場合、CPUのキャッシュが少なく、Hyper-Threadingを利用するとかえって負荷が多くて遅くなってしまうため、切っているという。
 対局は10時開始の予定だったが、15分ほど遅れての開始になった。実はうまくドライブがマウントできなかったため、エンジニアの方が対処していたとのこと。そのとき伊藤氏はドキドキしていたのかと思いきやそうでもなく、前日に試験をして動作していたのですぐに対応できるだろうと考えていたそうだ。
 対局中はブレードサーバーが動作しているところを私は見なかったのだが、関係者によるとボンクラーズが考え始めるとファンが一斉に回り出してうなり声を上げるという。フル回転して考えるその姿は、「おっ、がんばっているな」とちょっと応援したい気分になるかも!?

 

今回使用したブレードサーバー
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『PRIMERGY BX400 S1』のシャーシに『BX922 S2』を6つ挿して利用している。
畳の上に置かれたブレードサーバー
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重さは100キロ程度あるそうで、下には金属の板が敷かれていた。
サーバーブレード
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CPUはXeon X5680(6コア/3.33GHz)、メモリーは24GB、64GBのSSDを搭載。

■ボンクラーズの評価どおりに進んでいく

 控え室には、対局室の映像のほかに、ボンクラーズが実際にどう考えているのか、評価した数値が見られるディスプレーが設置されていた。評価の数値は、数が大きいほど自分自身が有利と評価している。Linuxの画面なので単なる文字情報なのだが、中盤の競り合いのときは2桁だった数値が、ある指し手(※)を境に一気に400程度の数値まで跳ね上がった。

 (※)1月16日追記 ある指し手とは、79手目の▲6六歩打ちから△6六同歩、▲6六同角、△4四歩の時点。83手目の▲7六歩打ちが一気に400越えの評価に変わった。▲6六同角に対し△6六同角の角交換だったらここまで一気に差は広がらなかったかも。

 このとき控え室もどよめいたが、「評価は自分に優しい」などと自分たちを落ち着かせるかのような発言も聞こえた。しかし、その後徐々に数値は上がっていき、大盤解説でも控え室でも米長永世棋聖が劣勢だと認識しだしてからは、1000を越え、最終的には32000を越えた。コンピューター的には32000越えたら無限大を意味しているようで、つまりもう詰みが見えたということだ。
 コンピューターと戦う際、この評価が1000を越えたらもう大差がある状態だそうで、人間側としてはいかにこの数値が2桁以下に収まるように指していくかが勝敗の鍵になるのだろう。
 ちなみに、伊藤氏はこの評価の数値は対局中見ておらず、通常の盤面だけを見ていた。伊藤氏曰く「数値を見ているとドキドキしてしまうから」

ボンクラーズの評価
電王戦観戦記
数値が大きいほど、自分が有利になる判断をしている。2桁の時もあったが一気に400へ。
最終的には32000以上に
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終局直前の評価数値。最終的には32594になった。

■ボンクラーズを鍛え上げた将棋倶楽部24

 将棋倶楽部24では数ヵ月間ボンクラーズと対戦できるようになっていた。結果は強さを示す数値・レーティングが3300を越え(プロ棋士レベルは2800以上と言われている)、8割以上勝利しているが、実際に対人間で戦うことによって、いろいろな弱点が見えてきたため、改善にやくだったと伊藤氏は言う。
 ボンクラーズを強くするため、改良を施すたびに強くなったのかどうかを判断するにはどうするのかというと、改善前のボンクラーズと戦わせてどのくらい勝つのかで判断しているそうだ。ただ、コンピューターの指し手と人間の指し手は違う。人間は、弱点を突こうとしてくる。だから、将棋倶楽部24で人間とたくさん戦ったデータは貴重なのだ。

■伊藤氏に今回の対局について伺った

聞き手はもちろん山崎バニラさん。

山崎 今回の対局を振り返っていかがでしたか?
伊藤 千日手になりはしないかと心配しました。千日手になったときのルールも決めていなかったのもありますが、観戦している方もおもしろくないと思っていたので。
山崎 次回のコンピュータ将棋選手権に向けてプレッシャーとかありますか?
伊藤 実はまだあまり考えていないのですが、これからぼちぼち考えていきたいと思ってます。しばらく前から新バージョンの開発に取りかかってますので、それの延長になると思います。
山崎 伊藤さんおひとりで開発してこられましたが、今回このように勝利したことで、富士通さんでチームを組んでいくということはあるのでしょうか?
伊藤 今回の電王戦は時間がなかったため、新たなことをしてバグがでても大変なのであえてひとりで開発してきました。次回の将棋選手権も実は時間がないので、どうなるか分からないのですが、周りの研究者にはいっしょにやりたいと言っている人もいます。学習面だとかいろいろなアイデアをもってはいるのですが、やはり時間が限られていますのでどうなるかはわかりません。
山崎 今後ボンクラーズもソースを公開する予定がありますか?
伊藤 ひとりで開発していれば、もともとオープンソースであるボナンザ(Bonanza)を基につくられたモノですから、そのうち公開することもあると思います。ただ今後共同で開発していくとなると、いろいろと制約も生まれてくるので、現時点ではわかりません。

勝利したあとブレードサーバーと
電王戦観戦記
勝ったボンクラーズの心臓部ブレードサーバーといっしょに伊藤氏は満面の笑み。

■米長永世棋聖が選んだ△6二玉

 週アスのインタビューでも、プレ対戦後のインタビューでも指さないとおっしゃっていた対人間では指さない差し手。今回それを指したのは、研究した結果であったのだろう。そもそも、この△6二玉はボナンザ(Bonanza)の開発者・保木氏からの助言があったからだという。
「今回は残念ながら負けてしまいました。この△6二玉はボンクラーズの初手▲7六歩に対して最善手であり、決して奇をてらった手ではありません。序盤は完璧に指したのですが、残念ながら途中で見逃してしまいこういう結果になってしまいました。序盤は密集した状態で圧迫していくというのが研究結果です。ボンクラーズに対して、手を読むというよりは読ませない作戦ですね」
 事前に自宅へ設置されたボンクラーズは1秒間に170万手と今回の約10分の1程度。しかし、実際に指してみた感じは「ほとんど変わった感じはしなかった」そうだ。今回の勝負は深く読んでいても結果は変わらなかったということなのだろうか。

終局後、感想戦も
電王戦観戦記
終局したあと中村五段と感想戦を行なっていた。

■来年以降の対局を急遽変更に

 当初、今年から5年間、毎年コンピューターとプロ棋士が対局するとしていた電王戦だが、今回の対局後変更になった。第2回は5人のプロ棋士と5つの将棋ソフトが対決する。対局するプロ棋士は後日決めるが、すでに決まっていた船江恒平四段はそのまま対局する。詳細は後日発表される。

米長会長
電王戦観戦記
対局終了後、次回のコンピューターとの対決内容を一新することを発表した。

■終了後の記者会見でのコメント

開発者・伊藤英紀氏
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最初は苦しいかなと思ったのですが、なんとか勝利することができました。私一人で実現したわけではないので、富士通研究所の方々、ボンクラーズの原型であるボナンザを開発した方、チェスの探索技術を開発した方々、みなさんに感謝したいです。
ドワンゴ 川上会長
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コンピューター側にたっていいのか、人間側に立っていのかわからなかったが、米長会長に勝ってほしかったというのが正直な気持ちです。
中央公論新社 小林会長
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個人的には米長会長に勝ってほしかったのですが、残念です。米長会長とのインタビュー記事から生まれたこの企画ですが、今回の記録も活字として残したいと思います。
渡辺竜王
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非常に難しい神経戦でした。午後3時から4時ごろにぶつかり合ったのですが、そこからのボンクラーズの指し手はよどみなく、すばらしい指し方でした。最初は米長先生の作戦はうまくいっていましたが、その後の展開から、もはや作戦だけでは勝てなくなってきている。事前にわかっていたことだが、再認識したしだいです。
谷川専務理事
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プレ対戦と同じ初手を指すとは知らなかったが、コンピューター相手には良手。途中千日手の懸念もありましたし、飛車を行ったり来たりしていて、あいまいな局面ではコンピューターはあまり有効な手を出せないと思いました。しかし、有利になってからの勝ち手の早さはすばらしいものがありました。コンピューターにも人間にも長所短所があるので、それぞれカバーし合って友好的な関係を築いていけたらいい。
船江四段
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今回見ていて米長先生の序盤の戦いはすばらしく、このまま完勝するかと思いましたが、中盤での我慢強いコンピューターの指し手は、ある意味長所ととらえ、これからいろいろ勉強していきたい。ただ、コンピューター対策をするのも重要ですが、自分がすべての力を出し切れるようがんばりたい。

 

 ということで、私個人としては人間の考え方、コンピューター将棋の評価などいろいろなことがわかり、コンピューターの強さも実感してとてもおもしろい対局でした。あと、終局後、人間どうしならあり得ない拍手がわき起こり、コンピューターの戦いを称えたのが印象的。ニコ生での中継には30万人ほどが訪れたようで、注目の高さも伺える。次回もドワンゴが主催し、中継もされるので、人間vs.コンピューターの戦いをぜひじっくり観戦してほしい。

■関連サイト
日本将棋連盟
将棋倶楽部24
『米長邦雄永世棋聖 vs ボンクラーズ』 将棋電王戦公式サイト
米長邦雄永世棋聖 vs ボンクラーズ 将棋電王戦

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