2010年08月05日14時00分

もしドラ担当編集者加藤貞顕氏ロングインタビュー

『もしドラ』100万部の裏側:デジタル時代のミリオンセラーはいかにしてつくられたか?(ツイッター編)

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 2010年7月、日本の出版史上で初めて、電子書籍の部数を含んだミリオンセラーが誕生した。正式タイトルの『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』よりも、略称『もしドラ』のほうが有名だろう。

 ドラッカーのマネジメント論をわかりやすく説き、社会現象になった『もしドラ』。その舞台裏には、2010年のデジタルシーンを代表する“ツイッター”と“電子書籍”という2つのテーマを垣間見ることができる。もしドラ100万部達成の裏側で、ツイッターと電子書籍はどんな役割を果たしたのか。担当編集者の加藤貞顕氏にお話を伺った。

『もしドラ』100万部の裏側(ツイッター編)

 同タイミングだった、もしドラとツイッター

―加藤さんがツイッターを始めたきっかけは?

 2007年頃でしたか、ツイッターがネット上で最初に話題になりましたよね。その時に一応アカウント( @sadaaki )だけはとっていたんですよ。でも当時はまだ面白さがよくわからず、少しだけやって放置していました。
 その後、昨年になって再びツイッターが世間的にもブームになりましたよね。2009年の何時でしたっけ。

―夏過ぎから秋頃でしょうか。

 そのくらいから、僕もまたやりはじめたんです。人も増えてきて、続けていくうちに「ああ、こういうものなのか」と。なんとなく雰囲気がわかりはじめました。
 ちょうどそんなころに、『もしドラ』が発売になりました。2009年12月です。

―国内発の類似サービスも出てきて、ツイッターが大きく注目された時期と重なってますね。

 たまたまなんですが、もしドラの発売と非常にタイミングがあいましたね。「発売しました」とか「売れ行きがこんなふうです」とか、「重版しました」とか。当時は、それほど深い考えがあったわけではなかったのですが、ちょこちょことツイートしていました。

 そうすると、読者の方から反響があります。「ご意見ありがとうございます。担当編集者です。これは、これこれこういう意図があって……」とか、「おもしろかった」という感想にはお礼を書いてみたり、あとは製作の裏話も書いたりしましたね。とにかく、いろいろなコミュニケーションを試していたわけです。担当した本が世の中に出た直後で、読者の感想を知りたい時期でしたし、疑問やご意見があるかたにはこちらから説明したいというのもありました。

 最初の頃は本当に細々と、読者のみなさんとのコミュニケーションの一環としてツイッターをやっていました。また同時に、感想を知るためにつぶやきを検索するようにもなりました。

―“もしドラ”で検索していたんですか?

 いや、当時は“ドラッカー”で検索していました。今でこそ、読者の方をはじめ、メディアでも“もしドラ”という略称が使われています。でも、発売当初は「なんだこのドラッカー本は(笑)」とか、「ドラッカーでこの萌え絵は……」といったツッコミ的なツイートが多かったんですね。そのため“ドラッカー”で検索しないと、読者のツイートを拾えなかったんです(笑)。

 

 ツイッターで定着させた“もしドラ”

―最初から“もしドラ”で世間に認知されていたわけではなかったと。

 そもそも、この略称は最初に僕自身が必要だったんです。制作していると、発売前から社内でこの本のタイトルを言う必要がありますよね。例えば営業担当とやりとりするときなどに、いちいち『もし高校野球の女子マネージャーが……』なんて言ってられない。それで“もしドラ”と言い始めました。最初の頃は人によって“女子ドラ”とか“もしドラッカー”とか、みんな勝手にバラバラな略称で呼んでいましたね。

―もしドラに慣れているとニセモノみたいです(笑)

 このタイトルでは略称が欲しくなりますよね(笑)。それに長いタイトルはツイッターとの相性もよくない。それで、社内で正式な略称を決めようという流れになったんです。早い段階から“もしドラ”を公式の略称として、長い正式タイトルと一緒に広めていこう、と。

―ツイッターは140字ルールがありますからね。

 そうです。そして“もしドラ”という略称を認知させるため、まずはツイッター上での定着から狙っていきました。これは意識的にやったことです。

―意識的にというと?

 タイトルの長さについては、ツイッター上でツッコミを見かけることが頻繁にあったんですね。そもそも、長すぎてタイトルを覚えてもらうのもたいへんでしたし。なので、そうしたツイートを見つけるたびに、

「公式略称は『もしドラ』です!」

と、地道な声かけを続けました。

 そうしたツイートを、僕のフォロワーの方がリツイートしてくれることもありました。あるいは、読者の方が「公式の略称なんてあるんだ!」と話題にしてくれたり、時には僕の代わりに「いやいや、“もしドラ”という呼び方があって……」と答えてくれる方も現われたりして。ありがたいことだと思います。

 そんなふうに、皆さんがツイートしあってくれて、徐々に“もしドラ”という略称は広まっていきました。僕がやったのは最初のきっかけをつくっただけで、”もしドラ”という言葉がここまで広がったのは、ツイッターユーザーのみなさんのおかげだと思っています。

 

現場が一丸となってツイッターで連携

―しかし、加藤さんひとりでツイッターで活動するのは負担が大きかったのでは。

 ひとりというわけではないんですよ。ダイヤモンド社は僕だけなく、書籍編集局のアカウント( @diamond_books )もありますし、個人で使っているひとも多くて、互いに連携したりしてます。でもたしかに、個人アカウントの限界もあるんですよ。自分のアカウントでもしドラのことばかりつぶやいているわけにはいかないですし、部数が伸びるにつれて反響もさらに多くなり、全てに個人アカウントで答えるのもきつくなってきました。

 ちょうどそのころ、部数が10万部を超えたころで、もしドラの販促を社内プロジェクトでやろうという動きになったんですね。年明け後、1~2月頃だったでしょうか。営業・宣伝・編集、みんなで「100万部売るぞ!」と“もしドラ100万部プロジェクトチーム”というのを結成しました。

 そのなかで、もしドラ公式アカウント( @moshidora )を会社でつくろうというアイデアが出たんです。その結果、営業部の若手社員に中の人になってもらい、春にもしドラ公式アカウントがスタートします。

『もしドラ』100万部の裏側(ツイッター編)
もしドラ公式アカウント。読者との交流や関連情報を中心にツイートする。

 

―1~2月というと、企業のツイッター利用で炎上やトラブルが目立ってきた時期です。会社や上司から「ツイッターは怖いからやめなさい」といった指摘はありませんでしたか?

 それは全くなかったですね。基本的に現場の自由にやらせてくれる社風なんです。なので、編集部の公式アカウント( @diamond_books )でもしドラを盛り上げたり、プロジェクトチームのメンバーもそれぞれのアカウントで協力してくれました。

 また、週刊ダイヤモンド編集部( @diamondweekly )もツイートでもしドラのPRを手伝ってくれましたね。部署の垣根を超えて、現場は全社一丸となってツイッターでの販促に取り組みました。

―現場が自由に動けたのが良かったんでしょうね。

 とにかく「PRになることは全部やろう!」と、その一環でツイッターを使ってみたわけです。もちろん、最初はどのくらい効果があるのか? なんて、全くわかりませんでしたから。「なんだか流行ってるし面白そうだから試してみよう」と。

 

リプライを返すように宣伝広告を

―試した結果、うまくいったと。

 そうですね。それで、ツイッター自体の盛り上がりともしドラの盛り上がりをリンクさせていこうと。次にやったのは、ツイッター上で常にもしドラが話題になるように、語るネタを切らさない工夫をプロジェクトチームで考えました。

 たとえば、この電車の扉に貼るステッカー広告は通常の「宣伝」という目的以外にも、ツイッターで話題にしてもらうこともある程度はねらっています。“ドラッカー”の文字とかわいい萌え系イラストが電車の中に貼ってあったら、違和感があって目を引くだろうと。今では見慣れた感じになってきましたが(笑)

『もしドラ』100万部の裏側(ツイッター編)
左上が一番最初のステッカー広告で、右下が最新のもの。下2つには、ツイッターで寄せられた感想と一緒に、ハッシュタグ(#moshidora)が印刷されている。

 

―なるほど。確かに、電車の中でツイッターをやるシーンは多いです。

 そうですね。電車の中でヒマなときにこれを見たらつぶやきたくなるよね、とプロジェクトチームの会議で盛り上がったのを覚えてます。そして実際に、「電車でこんなの見つけた!」と写メの投稿があったりして、効果を実感しました。

―このステッカー広告はそれぞれデザインが異なりますが?

 予想以上にツイッターで盛り上がったことを受けて、ツイッター上でもしドラの感想ツイートを募集したんです。ステッカーや新聞での宣伝広告に使わせてもらう許諾もあわせていただいて、それを反映させています。

『もしドラ』100万部の裏側(ツイッター編)
ダイヤモンド社書籍編集局の公式アカウント。ひとつのアカウントを3つある編集部の各編集長が共有して、積極的にツイートしている。

 

―応募状況はどうでしたか。

 おかげさまでたくさんの感想をいただきました。そのなかのいくつかを、次のステッカー広告や新聞広告、YouTubeにアップロードしている公式PVなどに掲載させていただいてます。

 そして、これを見た人がまた感想をツイートしやすいようにハッシュタグや公式アカウントも記載しておく。すると、それを見てまたツイートされて……、という具合に、ツイッター上のコミュニケーション結果を反映して次々と違うデザインのモノをつくっていきました。広告宣伝も、ツイッターを組み合わせたコミュニケーションの一部として位置づけたんですね。もらったツイートにリプライを返すように、宣伝広告づくりもインタラクティブにやっています。

YouTubeで公開中のもしドラの公式プロモーションビデオ。読者から寄せられた感想ツイートを動画内に登場させている。

 

 ツイッターと相性が良かったもしドラ

  そもそも、もしドラはツイッターと相性がいいんですよ。

―どういう意味でしょう?

 ひとことで言うと「ツッコミどころが多い」。表紙やタイトル、“女子高生とドラッカー”の組み合わせなど、いろいろなギャップや違和感に満ちているので、読んだ人、手にとった人が何かしら言いたくなる。まあ僕は最初からそこまで深く考えていたわけではないんですけど(笑) たぶん著者の岩崎先生は考えていたんだと思いますよ。

『もしドラ』100万部の裏側(ツイッター編)

 

―今までのビジネス書にはない表紙です。

 ビジネス書の売り場に置かれると相当目立ちますよね。ライトノベルの売り場にあったらそこまでは目立たないかもですが(笑) 書店の店員さんもおもしろがっていい位置に本を並べてくださったり、POPをつくってくださったりしたのがありがたかったです。たとえば有楽町三省堂書店さん( @yrakch_sanseido )のように、それをきっかけにして交流が始まったこともあります。店員さんが、もしドラを書店員としての自分にあてはめて考えるという大作POPを作ってくださったんですよ。うれしくてお礼を言いにお店まで行きました。

―ツイッターをきっかけに、現実でもつながりができたんですね。

 ええ。そうしたコミュニケーションが次々と生まれていきました。これはツイッターのおかげですね。

 

ツイッターが可視化したもの

 ツイッター上だけじゃなくて、読者のみなさんからハガキでもたくさん感想をいただいています。ハガキだと、お年寄りや主婦、中高生といったツイッターではめぐりあいにくい方々の声が届きます。いただく感想でとくに多いのは、「感動した」「自分に置き換えて考えてみた」「ほかの人に薦めた」というものですね。

―ツイッター上で見かけるのと似てますね。

 そう。実はほとんど一緒なんですよ。要するに、ツイッターって人々の営みを可視化するツールなんですよね。僕らには見えないだけで、ツイッターで起きているのと同じようなことが、実は現実でもいたるところで起きている。いただいた読者ハガキを読んでいるとそれが実感できます。

―ツイッターやネットのコミュニケーションに限らず、自分の感動した作品を人にすすめることは日常でもよくあります。

 はい。本当に、人と人との日常的なコミュニケーションのなかで広がっていったんだなと実感しました。ツイッターを活用して、それだけで売れたというわけではなく、広がっていく手助けのひとつとして働いたんだろうなと思います。まず最初に本そのものの力があって、そしてもしドラを読んでくれた皆さんが広めてくれたと。

―ツイッターだけではなかったと。

 ツイッターで得られた効果は相当あるんですよ。口コミが可視化されるメリットは相当大きい。でもそれだけではなく、やっぱりリアルと両方なんですよ。モノをつくって売る側として、消費者や販売に関わってくる人々とどうコミュニケーションをとるのか。ツイッターを通じてそのことの大切さに改めて気付かされました。

『もしドラ』100万部の裏側(ツイッター編)
書店配布用の販促グッズにもツイッターのバズを誘うしかけがある。左の印刷物は、主人公“川島みなみ”のイラストと一緒にツイッターの公式アカウントとハッシュタグを記載した“もしドラしおり”のサンプル。

 

―ツイッターに限らず、顧客とのコミュニケーションそのものをどうするかという話になってきますね。

 近頃よく、これからはソーシャルコミュニケーション能力が重要になるとか言われてますよね。実際にいろいろやってみて、もしかして、実は普通のコミュニケーション能力とそれほど変わらないのかもしれないなと思いました。

 例えば、実社会でこうして2人で話してるときに、自慢話ばかりするような人や悪口ばかり言う人は、周囲の人々から距離を置かれますよね。あるいは、面白い話で場が盛り上がったら、自分も何か楽しいこと言おうとする。ツイッターも同じですよね。

 ただし、ツイッターの場合は、ちょっと公な場所でそれをやっている。その“ちょっと公”という違いがけっこう大きいわけですけど。

―みんなに見られている、という状況ですか。

 そう。大勢の前でも恥ずかしくない“普通の”コミュニケーションっていうんですかね。こういう能力は、とくにメディアにかかわるひとは、身につけなければいけなくなるのかもしれませんね。

 その意味で、ツイッターというツールは優れているなと思います。リアルでは消えていってしまうコミュニケーションの過程が、テキストで常に可視化される。テキスト化されていれば、あとで学習することもできますから。僕の場合、こうやって実際に本を売りながらこういう体験ができるのは本当にラッキーだと思っています。

 

コミュニケーションが積み上げた100万部

 インターネット後、マスメディアの力は相対的に弱まりましたよね。一昔前のように、マスコミが上から消費者に情報を落として、みんながわーっと買うという時代ではなくなってしまった。「この本すごいです!重版出来!」なんて広告はもう効きません。

―マスメディアをめぐる環境は大きく変わりました。

 現在の状況は、マスコミュニケーションがセグメントに解体されていく過程だと思うんですよ。そんな時代なので、マスだけではない小さなセグメントに合わせた、もう少し小さなコミュニケーションが必要なのかなと。ツイッターはそれに非常に向いているメディアだと思います。ツイッターを自分でやってみて、そういうコミュニケーションそのものが実体験できたのはよかったですね。

―小さなセグメントとは個人の対話でしょうか?

 ちょっと違います。たしかに、マスの対極は一対一の個人同士の対話です。でも、マスと個人の間に、もやっとした部分がある。企業、何かの団体、興味関心のそろったある一定の人々の集団、友人、家族、恋人同士、……といった小さなセグメントがグラデーションのようにたくさんあるんですね。今の時代、モノを売るならそうしたセグメントのひとつひとつを意識しなくてはいけない。どのセグメント、どのターゲットに届けたいのか、そして、そこにはどうやって届ければいいのかということですね。

 今回この本は、最初にツイッターを積極的に使っているような20代~30代くらいの情報感度の高い人々のセグメントに届けることができて、そこから、さらにほかのセグメントにも伝わっていったのかなと。ちなみに現在は、年齢の幅は9歳~90歳、男女比も半々とかなり広範に広がっています。

―マスと個人の隙間を埋めたのがツイッターでのコミュニケーションだったと。

 ツイッターで盛り上がることってだいたい半日くらいで消えていきますよね。でも、“もしドラ”で検索すると、いまだに本当にたくさんツイートされています。「もしドラに感動した!」「もしドラって何?」「こういう本で……」といったふうに。そういうツイートがこの半年間ずっと続いています。もちろん、書店の店頭に長く置いていただいているというのもありますし、やっぱりそれを支えているのはコミュニケーションです。

 読者の皆さんや書店の店員さんとの交流、販促用の広告、どれも同じ“コミュニケーション”の積み重ねだと思うので、ひとつひとつを大切に積み上げていこうと考えていろいろやっているんですよ。

―ありがとうございました。引き続き電子書籍についてお伺いします。

 
 “『もしドラ』100万部の裏側:デジタル時代のミリオンセラーはいかにしてつくられたか?(電子書籍編)”に続く。

【関連サイト】
もしドラ公式サイト
もしドラ公式ツイッターアカウント

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